第11話 後宮の眠り姫
「まさか本当に毒が入っていたとは。春鈴様、なぜ毒が入っていることが分かったのですか?」
泰然は演技がかったような口調で、永蘭を心配そう見ていた春鈴に声をかけていた。
もちろん、泰然は全てを知っている。
それなのに、そのことを知らない朱蓮と侍女たちは、春鈴の言葉を固唾を呑んで待っているようだった。
そんな周囲の反応に気まずさを覚えながら、春鈴は口を開いた。
「えっと、夢で見たからです」
「なるほど、夢で予知したということですか」
えらく神妙な表情で小さく頷いていた泰然は、頬に垂れた汗をそのままに言葉を続けた。
「まさか、眠り姫の異名がここまでだったとは……」
泰然が怪談でも話すかのような声でそんなことを言ったせいか、その言葉を聞いた侍女たちは、小さく脅え始めていた。
そして、誰かが小さく疑問混じりの言葉を発した。
「ね、眠り姫?」
「ん? 君たちは眠り姫のことを知らないのですか?」
待っていましたと言わんばかりにその声に食いついた泰然は、侍女がこくんと頷いたのを見てから言葉を続けた。
「春鈴様は夢の中で人々の未来を予知して、数多くの悪事を阻止してきたお方です。夢で未来を予知することから、眠り姫という名がついたとか」
泰然から春鈴の説明を受けた朱蓮と侍女たちは、春鈴に恐れるような目を向けていた。
それからやって来た医官が永蘭の状態を見た後、連れてきた宦官たちと共に永蘭を部屋から連れ出していった。
その後、泰然は運び出された永蘭の方を見つめていた視線を春鈴に戻して言葉を続けた。
「春鈴様は、後宮で起こる悪事は全て見通されているのでしょう。今回の事件の犯人についても、すでに見当は付いているのでしょうね」
「ええ、大体は」
おそらく、犯人は他の侍女と比べて顔色が悪い侍女だろう。
永蘭の命令によるものだとは思うので、計画犯は永蘭だとは思うけど。
そんなことを考えた春鈴は、深く考えることなく泰然の言葉に頷いていた。
しかし、泰然の言葉もあって、今の春鈴の言葉が全てを見通しているかのように聞こえてしまっていたのだが、春鈴はまだ気づいていなかった。
そして、春鈴がまだ気づいていないことをいいことに、泰然はもう少し話を盛っておこうと少し悪ふざけをすることにした。
「眠り姫の異名を知らない者が仕込んだのでしょう。未来を全て見通す眠り姫に手をかけようとするとは、命知らずにもほどがある。毒を仕込んだ本人だけでなく、一族も危険にさらしたことになりますからね」
「ん? え、あのっ」
何か話が壮大になり過ぎてない?
春鈴がそう気づいた時にはすでに遅く、泰然は仰々しいような態度で言葉を続けた。
「『後宮の眠り姫』の誕生だ。これからは、眠り姫様がこの後宮を平穏なものに変えてくれることでしょう」
「た、泰然様?」
「今後とも後宮のためにお力添えのほどお願いいたします」
春鈴にだけ分かるように笑みを見せた泰然は、そのまま口元を隠すように少し深めに頭を下げた。
そんな泰然の態度を見て、朱蓮と他の侍女たちの顔は真っ青なモノに変わっていた。
関わってはいけない怪談に触れてしまったかのような目は、生身の人間に向けるようなものではない。
……なんか、凄い怖がられている?
誤解を解こうとした春鈴が侍女たちに手を伸ばすと、小さく悲鳴のような声が上がってしまった。
もしかして、平穏な後宮になるように力を貸してくれって、私が恐怖の対象になることでみんなが大人しくなるってこと?
泰然の作戦にようやく気づいた春鈴だったが、時はすでに遅すぎたようだった。




