05
「え...」
急に言われたものだから、戸惑ってしまった。
誰だ?この人。
見た目からして、明らかにやばそうである。
普通ならば、こういう人には近づかないほうが賢明というものだが、今回ばかりは様子が違う。
さっきこの人、なんといった?
明らかに、僕を知っている言い方をしていたが。
本来僕はここにいないのか?
まあ、普通の僕ならこんな街にはいないと思う。
このような胡散臭い町。
まあ実際そうかどうか、この目で見た記憶はないのでわからないのだが。
と、ここで彼が語り始めた。
「...『え?』とはこっちのセリフだ。お前は....」
この瞬間、彼は何かを察したらしい。
「なるほど、お前は何も覚えていないらしいな」
と、まるで知っていたかのような表情で語る。
本当に何者なのだろうか。
しかし、話し方からしてわかる。
この人は、僕のいきさつをすべて知っている。
彼と会ってここまで数分、ほとんど会話すらしていない状況だが、何となくそんな気がする。
僕は一体、何者なのだろうか。
「あの、」
僕の言葉が発する前に、あの女の人の声が聞こえてきた。
「もう!何やってるんですか!」
リンドウさんだ。
「おお、誰かと思ったら奴さんじゃねえか」
「どこに行ってるかと思ったら患者さんにちょっかい出して!」
「すまんすまん、というかこの病院建物が複雑すぎて意味わからん」
ずいぶんと仲がいいようだ。
「大丈夫ですか?この人にあることないこと言われてません?」
「おい失礼な、まるでぼくがあることないこと言うようなやつみたいじゃないか」
「あなたならやりかねません」
「ええ...」
「え、あの、この人は...?」
「この人は金藤さん。一応この病院の薬剤師をやってもらってます」
聞いた話によると、この人はこの病院の古参であり、ここにもよく来るのだそう。
そのため、リンドウさんとも知り合いで、よくこのようなコントじみたことをしているのだそうだ。
さっきの重々しい雰囲気はどこへやら、ノリノリのおっさんみたいになっている。
ただ、よく来ているのであれば病院内の地図ぐらい知っていそうだが。
まあ、それぐらいこの病院の構造が複雑ということなのだろう。
...うん?
「ところでその患者、自分の病室知ってんのか?」
「あ」
そうだった。
長年行き来しているこの人がそうなのだから、僕がわかるわけがない。
そういえば部屋番号すら覚えてない。
どうしようか...
と、悩んでいたその時である。
「わからねえようだな。じゃあ奴さん、私は少々この男と話がある。ちょっと貸してくれねえか」
「えぇ...」
『さっき言ったじゃん』という顔をするリンドウさん。
もちろん。彼女は普通に「患者をこんな危ない人のそばにはおいておけない」という考えなのだろう。
彼女みたいに善意で動く人は、本当に珍しい。
ここでは、自分自身のことを優先する人が多い。
別にそれが大人げないとかみっともないとか言われる世界ではない。
正確にいえば、周りを見る余裕というものがこの地域には存在しない。
皆が皆、自分自身のことで精いっぱいなのだ。
「そんな顔すんなって。悪いようにはしないから」
「信用なりませんね...」
「...僕は構いません」
「え?」
「ちょっとこの人と話してみたいんです」
あの時の彼の眼は真剣だった。
嘘をついているようには到底見えない。
この人なら僕のことを何か知ってるはず。
ここでの常識が最低限覚えられているだけで、僕が誰であるかは全く知らない。
というか逆にその常識が覚えられているだけ運がよかったと思う。
しかし、このまま無知のままでいるとどんな危険に襲われるかわからない。
知識というものは自分を守る武器になってくれる。
ここはひとつ、情報を得たい。
「まあ、そういうなら...でも、気を付けてくださいね」
つくづく、彼女はいい人だなと思った。
そして、僕は外に出た。
日差しがまぶしい。今はちょうど昼時だろうか。
そうして入り口をでた僕の目に飛び込んできたのは、
死体だった。