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草薙加恋の妄想<アルストロメリア>

作者: 悪乃流歌

今日も私、草薙加恋は授業中に妄想にふける。

今日はどの話の続きを見ようか。

国語の時間、教室の中で皆が羅生門の門をくぐろうとする中で、私は一人妄想という物語の扉を開くのだ。

そうだ、あの話の続きを見ようか。



私の名前は神宮司鏡花22歳、絶賛就職活動中の大学生だ。

就職活動は実に大変である。

とりえのない私という人間をろ過し、濾し取った「長所」を再びエントリーシートという名の溶液でかさ増しし薄っぺらな「私」を書き起こさなければならないのだ。

そうして書き起こしたエントリーシート上の私は面接という工程で再びろ過され、私のちっぽけな正体が露見してしまうのだ。


先ほど届いた、私の今後の活躍をお祈りする連絡。俗にいうお祈りメールを見て私は落胆する。

これまでに何回「お祈り」されてきたのだろうか。

確かに私は神宮司という神様に仕えていそうな苗字をしているが、残念ながら神は信じていない。本当に神がいるのならば私は既に就職活動を終えているし、世界中に貧困で喘ぐ者はいないし、地球温暖化という言葉すら生まれようがないのだ。いや、そもそも就職活動すら始める必要がないのだ。この現状を見ても神を信じるものがいるのならば、こう言ってやりたい。

お前の信じる神は職務怠慢であると。


夜の帳が降りて、少しずつ人の数が増えてきたように思う。

自然の照明から、人口の照明へときり変わった街をしばらく闊歩する。

私は周りからはどのように見えているのだろうか。

スーツに身を包んだ私は周りから定時上がりの社会人のようにみえているのだろうかなどと、歩きなれていないはずのヒールだということを忘れてその場で小躍りしてしまいそうな気分だ。いや、既に舞踏会は開かれようとしていた。演奏中止がアナウンスされるまでは。

「あれ。花っぺ??」

舞踏会の中止をアナウンスしたのは、舞踏会の奏者ではなく、ましてやボクシングの審判でもなくかつての親友、吉岡和彦であった。多分。



「あれ、もしかして和くん?」

私は恐る恐る尋ねる。それはそうだ、もしかしたらルンルンの私を見られたのかもしれないのだ。私の記憶が正しければ脳内に舞踏会のイントロが流れていただけで踊りは始まっていなかったはずだ。しかし、気は抜けない。いや、既に気を抜こうが抜かまいが勝負は決しているわけではあるが。


「やっぱり、花っぺか。久しぶり!」

相も変わらず和君の声はでかい。喉にスピーカーでもついているのではないだろうか。

あれ、和君ももしかして就職活動中?そう聞こうとした矢先

「花っぺも内定者懇親会だったのか!」

ガハハハと唾がこちらに飛ぶかと思うほどの大声でそう聞いてきた。

一方私は、「あ、うん。へへ」と乾いた笑いを浮かべていた。

急激な気温の変化を感じ始めた、この九月の半ばに就職活動を終えることができていない者など私の他にいるはずがないのかもしれない。


旧友との再会で盛り上がった私たちの足は自然と大衆居酒屋へと向かっていた。

小学生の頃は私よりも一回りも小さくて顔のまるかった和君は、シャープな顔立ちになり、身長は私よりも二回りほど大きくなっていた。あれほど白かったはずの和君の顔は日焼けしておりスポーツに邁進してきたことが伺えた。

向こうから声をかけてもらえなければ私は今の和君を私は「吉岡和彦」本人であると認識できなかっただろう。

しかし、変わらずに私を「花っぺ」と呼んでくれたのは素直に嬉しかった。私をそう呼ぶのは後にも先にも和君だけなのだ。


大衆居酒屋につき、私はさっと周囲を見渡した。

周りは大学生だろうか。19時にもなろうかというときに私服姿で騒いでいるのだから社会人ではないのだろう。細かいところまでは清掃が行き届いておらず、多くの大学生と学生アルバイトたちで賑わう空間は学生たちのユートピアのようであった。

居酒屋とはディズニーランドなのかもしれないと思った。

居酒屋程度で何をと思うかもしれないが、私、神宮司鏡花は本日が初の居酒屋なのだ。


席に着き、お通しが提供されると同時に和君は慣れた様子で生を1つ注文し、私にも注文を促した。この一連の流れで和君の大学生活が私とはかけ離れたものであると感じた。

「あ、私も生一つで」私は店員ではなくメニューを見ながら口だけでそう答えた。

「ビール飲めるんだ。珍しいね!もしかして、結構いける口?」

和君はにやにやしながらそう聞いた。

「まあね、あ、和君荷物こっちで預かるよ。スーツも先にかけちゃおうよ」

我ながらうまく会話をそらしたと思う。

さすがというべきか私の腰かけていたのはソファシートの方であったのだ。流れるように誘導され、そのことに気づいたのはほんのついさっきのことだ。

いける口かどうかなど私は知らない。ビール以外の酒を知らないだけだ。どのくらい飲めるのかという話題になれば、そのうち初の居酒屋であることが露見する。この話題は早急に切り上げて話をシフトするべきだと。私は和君の前ではどうしても見栄を張りたくなるのだ。どうしてかって?どうしてなのだろう。


アルコールのせいなのだろうか、それともかつての親友だからなのだろうか。私は和君との会話が楽しくて仕方がなかった。

私と和君は小学生の二年生からの仲だ。

小学校二年生の時に和君は私の住むマンションの隣の部屋へと引っ越してきたのだ。

引っ越し作業中の吉岡家の前を小学校帰りの私が通り過ぎたのを見た和君が、私の肩をちょんちょんと叩き、「吉岡和彦です!今日隣に引っ越してきました。7歳!友達になろ!」と私に声をかけてくれたのを今でも鮮明に思い出せる。

それから私たちは家族ぐるみの付き合いを4年間続けのち、小学校卒業と同時に吉岡家はまた他の地域へと引っ越してしまったのだ。


そういえば和君はどこに引っ越したのだろうか。気になって聞いてみた

「和君はさ、小学校の終わりに引っ越したじゃん?どこに引っ越したの?」

「ああ、おれさ、カナダに引っ越してたんだよ。」

「え?カナダ?」驚いて声が大きくなってしまった。

「そうそう、うちってもとから引っ越しが多くてさ、お父さんがカナダの転勤が、俺が小学校卒業する少し前に決まってさ。それで急遽カナダに。英語なんて全く分からなかったから苦労したよ、でもそのおかげで今の自分もあるのかなって最近は思うようになったんだ」

「へーすごいね。てっきり日本かと思ってた。じゃあ英語とかもすごいんだ。」

「まあまあかな、少しだけならしゃべれるけど、ぺらぺらではないねー。いうてもずっとあっちにいたってわけじゃなくて、高校生の時にはこっちに帰ってきてたんだよ。前のマンションではないけど、一軒家を新しく買ってそこに住んで、高校通ってた。だから今は厚木に住んでるんだ」

「え、じゃあ高校はどこ行ってたの?私厚木高校通ってからさ、もしかしたら駅とかで私達会ってたかもしれないね」

「ん、ああ俺は海老名高校だよ」

海老名高校というと文化祭や体育祭などの学生行事に力を入れている学校だ。なんとなく和君に合っている気がした。

「そうそう、俺3年の時には体育祭の団長やってたんだぜ。」

ほらと和君はスマートフォンの写真を見せてくれた。

そこには赤いハチマキに団長と左胸に書かれた赤色の服を着ている和君がいた。

「花っぺはなんか高校のときやってなかったの?」

「私は和君みたいなことはしてなかったかな。私、実はあんまり高校とかなじめなくてね、まあ今もそうなんだけど。」

自分でも驚いた。なぜ私はこんなことを言ったのだろうかと口にしてから気づいた。

先ほどまで和君には失望されたくないと見栄を張ろうとしていたのに。

「あ、そうなの。そういう高校時代もアリだよな」

和君は気にも留めていない様子だったが、いったい何が「アリ」なのだろうか。

「いやいや、実は俺も大学ではそんな感じなのよ。もっぱら飲みに行ったりプライベートで遊ぶのは高校の時の友達だけでさ。小学校はまあこっちにいたけどさ、中学校はカナダにいたし、ちゃんと一つの学校で入学から卒業までしたのが高校だけだからね。」

「意外だなぁ、和君、大学でも人気者なのかなって思っちゃった。和君がすごい人になっててさ、私なんか遠い存在になちゃったなって少し思ってたんだ。」

「少し花っぺの前だから見栄張ったかも。おれは変わらないよ。今も思うんだけど花っぺと話してると気を使わないし、心の底から楽しいなって思えるし色々思い出すわ。」

少しドキっとした。体が火照るのはアルコールのせいだろうか和君のせいだろうか。

「ああああ!」

唐突に和君が声を上げた。街中やレストランで急に声を上げたら悪目立ちするものだが、ここはユートピア。この程度では他の客も気にしない。

「え?どうしたの和君?」

「タイムカプセルだよ!タイムカプセル!」

タイムカプセルとい言葉がキーワードのように私の中で蓋がされていた古い記憶の扉を開錠した。

「懐かしい、そっかタイムカプセルか!あれだよね?大人になったら絶対開けようって言ってたやつ。あれどっちが持ってるんだっけ?」

「確か、カギは俺が持ってるはず。前の引っ越しの時にも鍵見つけて思い出してさ、開けてえってなったけど中身を花っぺが持ってるんだったってなったことあるもん」

そうなのだ、小学校の卒業式の少し前のこと、和君から引っ越しを知らされた私は二人だけのタイムカプセルを作ろうと提案したのだ。

当時小学校のクラスでは、タイムカプセルを作るのが流行っていたのだ。開封時期は各々異なるが、二十歳や10年後に開けるのは一般的ではないだろうか。当時の友達とは一生仲良くできると疑いもしなかったものだ。かつて友達同士共に作ったタイムカプセルをかわらない間柄で開かれたタイムカプセルというものはどれほどあるのだろうか。

「あれ何入れたんだっけな、俺はなんかおもちゃとか入れてた気がするわ。」

「いやいや、手紙だよ。大きくなった自分に向けてと、お互いに向けてでそれぞれ書いたじゃん。何書いたっけなぁ」

「ああ手紙か。やべー、めっちゃ見たくなってきたわ。」

「私も家帰ったら絶対探す」

「探さないとないのかよ、もっと大事にしとけよ」

和君が笑う。

「あ、じゃあさじゃあさsns交換しとこうぜ、次会うとき俺鍵持ってくるから、花っぺは箱持ってきてよ。」

「いいねいいね。次いつあいてるの?」


私は帰りの電車に揺られながら、また和君と来週も会えることが楽しみで仕方がなかった。

数時間前に志望していた企業から不合格を言い渡されてことなどどうでもよくなっていた。

今の私には甘酸っぱい何かが始まるのではないかなど、浮かれた気分でいた。


「ただいまあ。お母さん、今日和君にあったよ」

就職活動がうまくいかずに両親とは少しギクシャクしていたが、和君のおかげで久々にお母さんと楽しく会話することができた。

お母さんは「今度うちに誘っておいでよ。ママも久々に会いたいわ」などと言っていた。


家に帰ると私はタイムカプセル探しではなく、床についた。

異常なまでの眠気が襲ってきたのだ。揺れる地面と足が接着されたまま、地面がぐわんぐわん波打つような感覚を楽しみながら眠りについた。


翌朝、思い浮かべたのは和君のことだ。二日酔いなどと話には聞いていたが今日の私には無縁なことのようだ。記憶の中の和君はとても輝いていた。率直に惚れ直したといえる。

10年ぶりに10年前の恋心が再加熱されたのだ。だからこそ私は和君の前では見栄を張りたかったのだ。

「写真でもとっておけばよかったな」と小さくつぶやく。

よし、次会ったら絶対に写真を撮ろう、それまでは和君のsnsのプロフィール写真で我慢だと自分に言い聞かせ、タイムカプセル探しを始める。


実のところある程度の場所の検討はついているのだ。

普段目にせずに使いもしない物の所在など知れているものだ。

あったあったと、私は押入れの下の方に積まれたダンボールの中から、件のタイムカプセルを取り出す。

10年ぶりのタイムカプセルとの邂逅は私の興味を引くには十分すぎた。まるで、目の前に大きなリボンと包装材に包まれたクリスマスプレゼントを前にした子供が開けるのを我慢できないというように、私もタイムカプセル振ってみたり、隙間からなんとかのぞけないものかと試行錯誤していた。


悪いことは続けて起こるものだ。そして逆も然り良いこともまた、続けて起こるものだ。数日前に受けた企業から二次選考にも来てほしいとの連絡が来たのだ。

これまで悪いことが続いてきたのだからこれからは良いことばかり起きるに違いない。今の自分なら何でもできるような気がして、和君と合うのが一層楽しみになった。





「おおい、草薙。草薙」

体がびくっとした。気づくとクラスメイトは私の方を見て少し笑っていた。

国語教師は少し心配そうに

「大丈夫か?気分が悪いなら保健室に行くか?」と問う。

私は少し顔を赤らめながら

大丈夫です。寝不足で少しぼうっとしてましたと答える。

「そうかそうか、じゃあ121ページの第二段落の終わりまで音読な」

と詳細に私にすべきことを伝える。

空想の世界から現実の世界へと無理やり連れ戻された私は音読を遂行しながら、ちらっと時計に目をやると授業の終わりまでの残り時間がわずかであると気づく。

大変だ。早急に音読を終わらせ、神宮司鏡花の物語の結末を見届けなければ。

次の授業時間に見る物語はもう決まっているのだから。と脳内の妄想番組表を思い浮かべる。ではでは、ここからは少し巻きで物語を進めようか。

そうだな、和君と再会したところから見ようか。

妄想の中の物語は自由だ。ぶっちゃけ世界観や登場人物の詳細などどうでもよいのだ、これは私の妄想。誰に見せるわけでもなく、私だけが理解していればよいのだ。

たとえ今読んでいる羅生門のこの第二段落に書かれた内容を見てしまえば、あとはその前に書かれたことなど適当に辻褄が合うように補完すればよいのだ。妄想もまた同様。

では、お待たせしました。

神宮司鏡花の、物語の終盤戦へいこうか。



今日の私は早起きだ。これから和君との約束である17時までたっぷり10時間かけて身だしなみを整えることができる。和君はどんな服が好きなのだろうか。先週の私は就職活動のためにおでこを出したTHE就活生ですといった服装であった。あれは私ではない。普段の私はもっとかわいいのだ。というか、和君はよくアレが私だとわかったな。和君の中の私ってあのレベルってことかな。

少し落胆。

でも今日の私は私史上一番かわいい恰好をしよう。

かわいい服とは私に自信を与えるのだ。プリキュアやセーラームーンで彼女たちがいかにも非戦闘向きの服装にわざわざ変身するのは敵から身を守るためではないのだ。内からひしひしと湧き出る力を我が物とし、自信を得ることができるからなのだ。実際そうなのかは知らないがきっとそうだ。

床に服を広げ、それぞれ上下で数々の組み合わせを試行錯誤し、見事パリコレクションならぬワタシコレクションの優勝に輝いたドレスを手に取る。ベージュのもこもこのついたフェザーニットとキャメル色の長めのフェイクスエードのスカートだ。

パンツ類は残念ながら総じて予選落ちだ。男はスカートが好きなのだ。パンツなど負け戦に行くようなものだ。カバンは黒の小物が入るショルダーバックにしよう。上部にファスナーがついており側面にはどこかのブランドのロゴが印字したるやつだ。どこのブランドかはわからないが私はこれが大変気に入っている。武器は使い慣れたものをともいうので、こいつに決めた。

今頃和君はどうしているのだろうか、私を思って服を選んでいるのだろうか。

和君から何か連絡は来ていないかとsnsを開く。

メッセージのやり取りは和くんからカギ見つかったと写真と共に送信されたものに私が「私もタイムカプセル見つけたよ。これで開けられるね!」と返したところから始まり、

昨日、待ち合わせ場所と時間が和君から送信されたものに私が「了解」と返信したとこで終わっている。

そこで私は気づく。

「ああ、このバッグ、タイムカプセル入らないじゃん。」

タイムカプセルは思いの他大きかったのだ、これを持ち運ぶにはリュックサックが適切である。しかし、今日の私にリュックサックは「かわいくない」。

例えるのならば、ドラえもんの好物がどら焼きではなく、カレーやラーメンであった時のような微妙なかわいくなさだ。

仕方がないので紙袋にでもいれて手で持っていくか。


夕暮れ時に私は家を出る。最後に手鏡で最終チェックだ。

手鏡にはメイクで数段かわいくなった私が写っていた。

うん、これは鏡に映る花、鏡花の名に恥じぬビジュアルだと感心した。


和君との待ち合わせは横浜だ。

互いにもっと近い場所はあるのだが、和君は横浜を指定してきた。

その意図をくみ取れない私ではない。

これは「何か」あるに違いないのだ。


電車で40分ほど揺られて、横浜につく。

待ち合わせの30分前。普段5分遅れ行動の私でも今日は違う。

「花っぺ」

うしろから声がかかる。和君だ。

和君は今どきの大学生といった服装で緑のカーディガンにシャツ、そして黒のジーンズと黒い合皮の手提げカバンだった。

「いやあ、ちょうど学校終わったところなんだよね、腹減ったな。早く店行こうぜ」

ん?あれと思った。

「和君大学だったの?」

「そうそう、と言ってももう授業はゼミだけなんだけどね」

横浜に指定した理由の「何か」とは、私の期待した何かではなかったようだ。


歩を進め、予約してるという居酒屋につく。

待ち合わせよりも早い集合となったため、少しより持ちをしながらの到着であったため待つことなく席に座ることができた。

通された席は個室とまではいかなくとも、両隣とはカーテンで仕切られており、前回の居酒屋よりかはプライベートが維持されているようだった。

和君はさっそく生二つと私の分も含めて注文をすまし、そこからおつまみを一通り頼んだ。

注文した料理がそろい、アルコールも程よく回ってきたタイミングで

「そろそろ、開けるか?」

にかっと和君が笑った。

「待ってました、料理そろうの持ってたんだよね。私ずっと手元にあったからさ開けたくて開けたくてしょうがなかったよ」

和君はおもちゃのカギをカバンから取り出す。

私も紙袋からタイムカプセルを取り出す

「いくぞ。あけるぞ」

「うん」

ごくっと唾を飲み込んだ

カギを回し、開錠音が聞こえたような気がした。もっともおもちゃの箱と鍵ではそんな豪華な演出はないのだが。

二人で箱の両脇に触れ、「せーの」の掛け声で開ける。

開けると同時にタイムカプセルからは黄金色の光があふれだしてきたように思えた。


タイムカプセルから最初に現れたのは、四つの手紙であった。

私が大人の私に向けて書いた手紙と大人の和君に向けて書いたもの、そして同様に和君が大人の自分に向けて書いたものと大人の私へ向けて書いたものだ。

大人になった自分への手紙を書いたことは何となく覚えていたが、互いに向けて手紙を書いていたことには驚いた。


「どうする?」と和君

私は「とりあえず自分に向けた手紙をお互いに読もうかと」

「だな」と返答がくる。


私は小学生の時に習った定番の折り方のされた手紙を開け、中を見る。

中には大人になった私へと大きな文字と色とりどりにデコレーションされた文字が並んでいた。はやる気持ちを抑えて、上からゆっくりと読む。


大人になった私へ

大人になった私へ、元気ですか。

今の私はかなしいです。

それは大好きなかず君が引っ越してしまうからです。

私は和君が大好きです。でもこの気持ちを今かず君に伝えることはできなさそうです。

だからおねがいします。

大きくなった私がかず君に告白してください。

その時にいっしょに入っている、かずくんへのプロポーズの手紙をわたしてください。

これはけっこん式のお金に使ってください。

おうえんしています。

きょう花より


手紙の最後には千円札が張り付けてあった。

どうやら私の今夜の飲み代が少し浮いたようだ。

そして私が和君へ書いた手紙の内容のおおよその検討がついた。

和君と目が合う。ちょうど和君も読み終えたようだ。

どうだったと私が尋ねると和君は大きな声で笑いながら

「俺、麻耶のことがすきっだたんだってよ、小学生の時」

カカカと笑いながら言う。

「え?麻耶って誰だっけ」

記憶にない名前に混乱する。誰だそいつは。

「いやあ、俺もいまいち思い出せないんだけど多分小6の時のクラスが一緒だった子だわ。」

なるほど、10年前の私はお別れを前に告白して振られるという挫折イベントは回避していたようだ。

「ああ、なんかおもいだしてきたわ、麻耶ちゃんか。俺昔からああいうふわっとした子が好きみたいだわ」

「花っぺはどんなこと書いてあったのよ。なんかおもろいことかいてあったか?」

「私のは、和君とのお別れが寂しいって書かれてて今の私に向けたメッセージ見たいのは、なかったかな。」

「俺はあと、カナダに行くのが楽しみだって書いてあったな。この先の苦労とか何にも考えてないんだろうなぁ」

「ほかになんか書いてあった?」

「いや、こんなもんかな。あとは夢のパイロットになれましたか?ってさ。すまんな10年前の俺、お前は来年から平凡なサラリーマンだ。」

ここまで私の話題が出てこないことに胸が痛んだ。かつての和君にとって私は親友ではなく、ただの友達の中の一人だったのかもしれない。そしてパイロットではなく、平凡なサラリーマンを自嘲気味にいう彼は、私がその「平凡」を望み、「平凡」になれずにいることなど夢にも思っていないのだろう。

「互いに書いた手紙はどうするよ?」

和君は今にも手紙を開けたそうに、私にそう尋ねた。

私の手紙はきっと10年前の私の和君への思いを綴ったものだろう。それを目の前で開封されるのは少し気恥ずかしくて

「私も何書いたのか気になるけどさ、目の前で手紙読まれるのもお互いに恥ずかしいし家帰ってから見ようよ」と答えた。


「そうか?今読みたくないか?今日そのために集まったんだしさ。」


そのひとことで私に芽生え始めたイベリスの花が急速に枯れていくのを感じた。私はタイムカプセルのことを気にはなっていたが、それだけではない。和君に会いたかったのだ。今日という日を楽しみにしていたのだ。今にして思えば和君は私の服装に何か言うわけでもなく自然な流れで居酒屋まで歩を進めた。何かを言ってほしかったわけではない、それでも何らかの形で私が和君を思って費やした時間や思いが報われてほしかったのだ。今目下のおもちゃの箱に入った、10年前の私から今の和君へ宛てた手紙にはどれほどの思いが込められているのだろうか。

ごめんね10年前の私、イベリスの花はもう枯れてたみたい。


「やっぱり、今開けよっか!そうだよね、そのために集まったのに開けないなんて持っていないよね。」

よし来たと和君は私に「花っぺへ」と見覚えのある和君の字で書かれた手紙をわたす。

私は和君の手紙を開け、手紙を読む。


じんぐうじ きょう花 ちゃんへ


大人になった花っぺ

これを開けているということは大人になっても俺たちは変わらずに友達ってことだよな。

うれしいぜ。

俺はカナダに行くことになったけどさ、こうしてまた花っぺといっしょにタイムカプセル開けれているのすげーうれしいと思う。

これからもずっと友達でいてくれよ。

吉岡和彦より


「どうだった?和君」

柔らかい口調を意識しながら今度は私から尋ねる。

和君は

「おう、花っぺ俺のこと好きだったんだな」

と相変わらずの大きな声で笑いながらそう言う。

「私ね、和君のこと好きだったんだよ。初恋だった。」

しばしの沈黙。

もう読み終えた和君からの手紙を映しながら口だけを動かしている私には和君の表情は読み取れない。

「ああ、勿論今も好きってわけではないんだよ。でもなんか久しぶりにドキドキしたよ、ありがとう和君。私ねいま少しうまくいってないことがあるんだ。でもこうやって和君とあってさ昔の私の思いに触れたらさ、今辛いことあっても10年後には懐かしいなとかで辛い思い出がいい思い出になるんだなって思った。それに気づけたから今少し辛いけど、頑張れそうな気がした。」


和君と分かれて電車に乗ると、カバンからペンと小さなノートを取り出した。

手始めに今日の気持ちと10年後の私に向けたメッセージを書こうかな。

10年後の私はこのことを覚えているのだろうか、また忘れてしまうのだろうか。

それでもと、私は最寄り駅の少し手前で書き終えた手紙をタイムカプセルにつめた。

出発した時とは違う思いが詰まった箱舟は未来の私に何を教えてくれるのだろうか。


「明日は二次選考の対策進めるか―――」

なんだか今日の私はとても前向きだ。

ありがとう10年前の私。

頑張れ今の私。

笑え10年後の私。


キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン


ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

今回の物語はこういう結末だったか。

鏡花ちゃんはどんな手紙を和彦に書いたんだろうね。

でも鏡花ちゃんが、タイムカプセルを開けたことで前向きになれてよかったかな。

うーん、この話にタイトルをつけるのならば何だろう。

「アルストロメリア」とかどうだろう。


「加恋――――。まだ寝ぼけてんのか?次移動教室だぞ。先行くぞ?」

おっと、次は移動教室だったか。

「いまいく――――」

次の授業ではどんな物語を見ようかな。

あれなんかどうだろうか。


私事ですが、来年から社会人です。

私はよくノベルゲームなんかをプレイするのですけど、いつか自分も何か書いてみたいなって思うようになりましたの。

でも、長編とかは飽き性だから無理そう...

でも書いてみたいなってことで短編なのかな?一つ書いてみました。

拙い文章ですけど読んでいただいたら嬉しいです。

これで、人生のやりたいことのうちの一つをやることができました。

ありがとうございます。

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