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「出海さん、あの、ちょっと時間いいかな?」
ネット通販のサイトでオラクルカードを注文したところだった出海ことみは、ケータイの画面から目を逸らし、声の主を見た。
小柄で、髪をふたつに分けてみつあみにした、ワンピースの女の子だ。しゃれたショールを羽織っている。
ことみは曖昧な微笑みをうかべ、小首を傾げる。
「えーと……?」
「あ、ごめんなさい。初対面よね。わたし、王子絢。経済学部の二年で……」
王子絢、となのった女の子は、もごもごと言葉を続けたが、ことみには聴きとれなかった。
二年ということは、ことみと同い年か、浪人や留年があったら歳上だ。だが、絢は中学生くらいに見える。化粧をしていないし、小柄で起伏に乏しい体型にゆったりしたワンピースなので、余計に子どもっぽい。
ことみはケータイの電源を落とし、鞄へしまう。どことなく絢に見覚えがあったので、記憶を掘りおこそうとしていた。たしか……。
「梶原先生の授業、うけてる?」
「え」
絢はきょとんとしたが、すぐに数回頷いた。ことみはちょっと笑う。
「経済学部のひとが?」
「わたし、梶原先生の本、大好きで」
絢ははにかんだみたいに笑った。梶原は民俗学の准教授だ。呪術に関する本を数冊上梓している。
ことみが受講した時に、絢が隅のほうの席で、真剣な表情でノートをとっていたことがある。随分熱心な割に、毎回居る訳ではないので、なんとなく印象に残っていた。
ことみが隣の椅子を示すと、絢はワンピースの裾を気にしながら腰掛けた。「なんか、飲む?」
「え?」
「わたし、今からご飯だから、ついでに飲みもの買ってくるよ。おごるのは無理だけど」
「あ……じゃあ、コーヒー……あの、カフェラテで」
「ん。ちょっと待ってて」
ことみは立ち上がり、鞄を肩にかけて、カウンタへ向かった。
ここは、霧上大学の、食堂だ。ことみは午前の授業を受け終えて、午后に備える為に休息をとっていた。二時くらいまでは自由時間なので、食事をとりながらオラクルカードを注文したり、日課の占いサイト巡りをしようと目論んでいた。
が、とりあえず新作を急いで注文しようと、椅子に座ってポチポチしていたら、絢がやってきたのだ。
時間いい、というのだから、なにか話があるのだろう。友好的な様子だったし、梶原先生のファンだと云っていたから、サークルのことかしら? それとも、恋愛相談かな。
ことみが昼食のお握りと酢豚、それに絢用のカフェラテをトレイにのせて戻ると、絢は俯いて、膝の上で拳を握りしめていた。
「お待たせ」
「あ……ありがとう。これ、お代」
「ん」
カフェラテの代金を律儀にトレイにのせ、絢はカップをとって、ふうふうとさます。ことみは手を合わせて戴きますと云ってから、酢豚を食べはじめた。ここの酢豚は味がそこそこだし、栄養バランスがとれていて、お弁当をつくれない時はこればかり食べている。
お握りについているたくあんをぽりぽり嚙んでいると、カフェラテを半分くらい飲んだ絢が、おずおずと云った。
「あの。出海さん」
「ことみでいいよ」
「……えっと。ことみさんは、スピリチュアルなことにくわしいって聴いて」
「ちょっと、訂正したいな」ことみは苦笑いになった。「わたしがくわしいのは、スピリチュアルって云うより、オカルト。なんていうかわたし、秘密とか隠された物事を暴きたいタイプなんだよね」
絢がふと、不安げな顔になる。ことみはお握りをぱくついた。
スピリチュアルは、神秘的で、どちらかというと華やか、清らかなイメージをうける。だからことみは、「スピリチュアリスト」ではなく「オカルティスト」だと自称している。まあ、そんなこと云えるほどくわしくないんだけど、気分よね。
ことみはお握りをのみこみ、ペットボトルのお茶を飲んだ。
「くわしくないひとは、違いがわからなくても困らないと思うよ。わたしも響きが気にいってるからオカルトをつかってるだけ。で、オカルティストことみに、なにか相談? 占いは、マルセイユタロットと、ジオマンシーと、ダウジングなら、それなりにあたるよ。断易は修行中」
ことみがオカルト好きなことは、それなりの学生が知っている。彼女は霧上大超能力開発研究会というサークルに所属していて、文化祭の時には占いのブースを出しているし、演劇サークルの幕間に透視の実験をしたこともあった。肝腎の演劇(霧上大の演劇サークルは古風な人間が多く、上演されたのはからさわぎだった)よりも盛り上がってしまって、演劇サークルから絶縁状を突きつけられたものである。
ことみの占いは「それなりに」あたると、そこそこの評判だ。
占ってほしい人間というのは、要するに話を聴いてほしいのであって、明確な解決法は要らない。それどころか当人のなかではもう結果が出ていて、その補強材料に占いをつかいたいという場合もある。なかには、すでに結果が出ている物事について占わせ、外れたら占いそのものをばかにするという、見料千円をドブに捨てようとするかわった人間も居た。
だが、ことみは「研究」として占いをしている。雑談に無駄に付き合うつもりはない。だから、名前と生年月日、相談内容を聴いたらすぐに占ってしまう。
結果が出ているのに結果はどうなるかを聴きに来る阿呆は、この手段で退けていた。ことみは「すでに確定した物事であるかどうか」だけは、ほぼ確実にあてることができるのだ。おかげで占いのブースでは、いんちきだと暴れる客が出て、騒動にもなった。
絢が恋愛相談で占ってほしいのだと思い、ことみはウェットティッシュで手を拭った。「まだあんまり仲好くなってないオラクルカードの被験者になってくれるなら、見料はただでいいよ」
「あの、そうじゃないの」
「うん?」
今しも、つい一週間前に手にいれたオラクルカードを鞄からとりだそうとしていたことみは、手を停めた。
絢は目を潤ませている。「なに、どうしたの、王子さん?」
「あの……わたし、なにかに呪われてるんじゃないかって思って、それで、お祓いしてもらえないかなって……」