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第9話  二人と一人


 次の夏期講習日、時間ギリギリまで待っても、オミは待ち合わせの階段にこなかった。どうしたのかとメッセージを入れても既読にならない。仕方なく電話をかける。


『もしもし』

「あ、オミ? 今日塾だよ?」

『悪い、今日は行けない』

「え」

『つか、たぶんもう行かない。勉強なら奏多に教えてもらうから大丈夫』


 時が止まったように感じた。


「……なんで?」


 かろうじて声を絞り出す。


『あんなことのあとだし、ほっとけないだろ。あれから奏多、あんま体調も良くないんだよ。誰もいないときに発作起きたら怖いし』

「じゃあ、俺もやめる。二人と一緒に勉強するよ」


 食いつくような言い方になってしまい、慌てて「そのほうが楽しいし」と付け加えた。オミはすぐに答えず、沈黙が流れる。


 ──やばい。不自然だったかな。


 楽しいというのは不謹慎だったかもしれない。とにかく直接会おうと動いたとき、


『優李さ、男同士って、どう思う?』


 と、オミが呟いた。


「──え?」


 意味を取りあぐねて訊き返すと、オミはまたしばらく黙った。

 心臓が変な音を立てている。訊いておいてなんだが、おそらく「男同士の恋愛をどう思うか」という質問だったのだとわかっている。だけどどうして、急にそんなことを?

 とにかくなにか返事をしなくてはと駆られ、


「……別にいいと思うけど」


 と、やたら素っ気なく返してしまった。肯定の言葉ではあるけれど、思いきり他人事のような言い方になった。すると、小さな吐息が聞こえた。


『俺、奏多と付き合うことにした』


 ──ああ。


 一瞬だけ思考が停止して、すぐに再稼働した。何事もなかったかのように、言われたことをきちんと脳内処理する。驚きはなかった。

 きっとそれが自然だ。そうなるべきだったのだ。単純にそう思った。


『なんていうか、今は付き合い始めたばかりだから……あ、優李が邪魔とかじゃないぞ。ただまあ、そういうことだから……』


 そういうことだから、なんだ? ……いや、わかっている。

 暗に遠慮しろと言っているのだ。オミは普段、回りくどい言い方なんてしないけれど、恋は人を狂わせる。電話の向こう側のオミを想像した。きっと照れ臭そうにはにかんでいるのだろう。


「おめでとう。男同士とか、今時気にしなくていいだろ。俺は応援するよ」


 嘘と本音を混ぜた。すると胸のうちが黒く汚れた。膝から力が抜けて、その場で座り込む。朝早いので、階段のコンクリートはまだ熱くない。


『……ありがとな』

「じゃあ、邪魔者は大人しく塾で勉強します」

『ちょ、おい。邪魔者じゃねーって』


 慌てるオミに嘘だよと笑い、通話を終えた。

 そのまま塾に行く気にはなれず、ふらふらと当てもなく歩いた。ふと、いつかの公園が目に止まる。小六の夏、オミと二人で寝転んだ山型遊具。当時は大きくて怖いと思っていたけれど、今ではやけにちゃちに見える。

 あの日と同じように、てっぺんに座ってリュックを下ろした。空を見上げてみるけれど、日差しが強すぎてすぐに俯く。あのときは夕暮れだったから平気だったのだ。朝の輝く太陽を前にすれば、空なんて直視できたものではない。

 横向きに寝転がってリュックを抱く。中で弁当箱が倒れる音がした。慌てて立て直し確認すると、ふたつの弁当箱は両方とも蓋が開いてしまい、袋の中におかずが散らばっていた。

 今日のおかずはチーズハンバーグだった。奏多のことで心中穏やかじゃないだろうと思い、少しでも元気が出ればと作ったのだ。


 ──なんてね。


 嘘だ。二人が抱きしめ合っているのを見て、優李の中は重々しい感情でいっぱいになった。オミの好物を作ったのは、自分を見てほしかったからだ。あんな目に遭った奏多より、少し片頬が腫れている程度の自分を見てほしいなんて、あまりに自分が厚かましくて笑ってしまう。


 ──俺って、こんなに性格悪かったんだなあ。


 弁当箱が入った袋を持ち上げると、リュックの底のほうで紙ゴミがぐちゃぐちゃになっていた。拾って開いてみると『安室くんへ』とある。手紙だ。すぐにミナのものだと気づいた。

 誰かを失恋させるのは平気なくせに、自分の失恋にはこんなに動揺している。


 ──あ。


 失恋、と意識してしまった。

 オミへの気持ちが恋だったと、はじめて認めてしまった。


「あーあ」


 もう一度ごろんと寝転がった。せっかく整えた髪が乱れる。弁当も手紙も心も、なにもかもがぐちゃぐちゃだ。

 三角形がほろほろ崩れていく。

 取り残された優李は、美しかった残像に縋るしかない。

 これからは三人ではなく、二人と一人だ。

 こんな日はやはり、清々しいほどの晴天だった。


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