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エルフの国へ

 

 アーデルの家から本を回収して一ヶ月ほど経ったある日、教会の食堂で朝食を食べていると、ブラッドが連絡用に使っている鳥ゴーレムがやってきた。


 準備が整ったので来て欲しいと鳥ゴーレムが持ってきた手紙にはそう書かれていた。


 ただ、その場所が隣の国、ジーベイン王国の王都。そこからエルフの国へ行く船が出ており、さらにはエルフの国への入国許可も貰っているとのことだ。


 相場以上の金がかかったが、時間を優先したので致し方ない。その補填をするためにも村の店から売れそうなものを色々持ってきて欲しいとも書いてあった。


 パペットが右手を上げながら「なら私が見繕います」と言った。食事をしないパペットは暇なのだろうとアーデルは頼むことにする。


 パペットを見送ったあと、オフィーリアはパンをかじり牛乳で流し込むと「むう」と唸った。


「つい最近まで戦争していた国へ行っても大丈夫なんですかね?」


「国同士の戦争だったんだから、私達は関係ないだろ?」


「アーデルさんはめちゃくちゃ当事者だと思います」


 防衛中の砦でアーデルは広範囲殲滅魔法を披露した。あくまでも脅しの手段だが、効果てきめん。それがジーベイン王国との戦争を一時的に休戦状態にさせた。


 相手国の宮廷魔術師であるベリフェスは最初こそ余裕の態度であったが、その魔法を見て相手国の国王に直談判したという話もある。


 アーデルがこの国のために戦争を仕掛けることなどないが、相手はそこまでの関係性を知らないので、相当びびったという状況だ。


「むしろアーデルちゃんだけジーベインの王都に入れないってことはないかしら?」


 メイディーが紅茶を飲みながらそう言うと、今度はアーデル達がうなった。


「可能性はあるかもしれないね。でも、私を止められるかい?」


「いえ、アーデルさん、そういう物理的なことを言ってるんじゃなくてですね。下手したらまた戦争になっちゃうかもしれないじゃないですか。向こうだって王都を崩壊させるレベルの魔法を使える人を送り込むなんて、なにしてくれてんだって思いますよ」


 不敵そうに言ったアーデルに対して、オフィーリアはちょっと呆れた感じの表情で答える。


「そんなつもりはさらさらないんだけど、相手はそうなるかもって思ってんのかい? 面倒だねぇ」


「ブラッドさんならそのあたりもちゃんとやってくれていそうですけど、手紙には何も書いてないですね?」


 オフィーリアは手紙を裏返しにしたり、光に照らしたりしているが、内容は変わらなかった。


「とりあえず行ってみようか。入れなかったら空を飛んで出航した船に乗り込むから構わないよ。何だったら、私だけエルフの国まで飛んでっても構わないし」


「それは却下です。アーデルさんは悪くないんだから正々堂々ジーベイン王国の王都に行けばいいんです」


「さっき戦争がどうとか言ってじゃないか……」


「それでもです。アーデルさんは胸を張ってむこうの王都へ行きましょう。それで戦争になったらその時はその時です」


 なぜかこういうことに関してオフィーリアは頑固になる。正義や悪という概念ではなく「悪いことをしてないのにアーデルが被害を被るのはお門違い」という思いがあるのか、アーデルが遠慮することを嫌っているのだ。


「ならここはサリファ様のお力を借りましょう」


 メイディーがパンと手を合わせながら嬉しそうにそう言った。


「女神の力?」


「サリファ教がアーデルちゃんを保証するって宣言をすれば大丈夫だと思うわ。それならその国もフリーパスよ」


「別に女神を嫌いじゃないけど、サリファ教に入るつもりはないよ?」


「もちろん勝手に入れるなんてことはしないわ。単にサリファ教が保証するってだけのことだから。サリファ様はこう言いました。必要なら王だろうと神だろうと便利に使えと」


 オフィーリアがコクコクと頷いているところを見るとその教えはちゃんとあるのだろう。サリファ教は大丈夫なのか、そもそも女神サリファ自体が大丈夫なのかとアーデルは何度も思っていたが、今日もその回数が増えた。


 それはそれとして、サリファ教は多くの国で信仰されている宗教でもある。そのサリファ教がアーデルを保証するというなら、国としても無下にはできないとのことだった。しかもオフィーリアという聖女がいるので安心安全だという話だ。


 なんとなく、本当になんとなくだが、抵抗があるもののアーデルはそれをお願いした。


「なら隣国の関所に着くまでには用意しておくわ。申請から承認まで大体五日くらいかしら? もし時間がかかりそうなら少しだけ自国にとどまって欲しいけど」


「それはいいけど、申請して承認が貰えるのかい?」


「それは大丈夫よ。聖女であるオフィーリアが同行してますからね。それに承認しないとか言い出したら時間はかかるけどちゃんとお話をしてくるから安心して」


 オフィーリアが聖女であることはいいとして、お話をしてくるだけで安心してほしいというのは、嫌なお話が展開されるのだろうなとアーデルはぼんやり考える。


「アーデルお姉ちゃんはもう行っちゃうの?」


 一緒に食事をしているフロストが眉を寄せている。


「一ヶ月近くいたからね。それにばあさんが残した本はほとんど読み終わったから、ちょっと行ってくるよ」


「どれくらいで帰ってこれそう?」


「そのあたりはよく分からないけど、一ヶ月くらいじゃないかね?」


 アーデルはジーベイン王国の王都までどれくらいとか、船でエルフの国までどれくらいかかるとかは良く知らない。地図もあるし場所も分かるが、馬車でどれくらいかかるかは分からないので適当に答えた。


「フロストちゃんはまた私とお勉強してましょうね? 立派なレディになってアーデルちゃん達が帰ってきたら驚かせましょう」


「それはすごくいい案。どこに出しても恥ずかしくない立派なレディになっておくから」


「楽しみにしてるよ。そんじゃ、今日は準備で明日の朝に出発しようかね。フィー達はそれでいいかい?」


 オフィーリアとコンスタンツ、そしてクリムドアも問題ないと頷く。パペットはここにいないが、何も言わなくても付いてくるに違いない。


「それじゃそれぞれ頼むよ」


 アーデルはそう言うとパンをスープをかき込むように食べる。


 そして食べながらこれまでのことを整理した。


 魔女アーデルが燃やしてしまった本の内容は分からないが、残された本の内容からある程度は予測がついている。


 残された本で研究中だった内容は三つ。


 ホムンクルスの創造、魂の移動、そして魂の浄化。


 魔女アーデルは自らの魂――黒く濁った魔力をどうにかして元に戻そうと色々な研究をしていた。


 ただ、それとは反対に世界を滅ぼすための魔道具も作っていた。


 推測に過ぎないが、魔女アーデルは黒い魔力によって精神を狂わされていた可能性がある。魂の浄化を行うことと世界を滅ぼす魔道具を作ることは相反するもの。世界を憎む気持ちと、そんなことはしたくないという気持ちだ。


 魂の浄化に関する研究は黒く濁った魔力をどうすれば元に戻せるかという内容だった。


 結局この研究は途中で終わっている。魂の浄化を行うには竜王の力を使わなくてはならず、さらには膨大な時間がかかる。その短縮化を研究していたが、その途中で終わっていた。


 ホムンクルスの創造と魂の移動に関しては動機の可能性がいくつもあるので絞れていない。


 ただ、おそらくこれも魂の浄化に関わることだとアーデルは考えている。魔力――魂の分離を考えていたのではないかという可能性だ。


 これらも研究が途中となっていた。途中に見えるのは本を燃やしたからそう見えるだけであって実際には完成していたかもしれないが、そんなことよりも問題が発生したからだ。


 ホムンクルスの体に本来はないはずの魂があった。それが今のアーデルなのだ。


(ばあさんは私という魂があることで魂の移動を諦めた。魂のある体に移動するのは、どうなるか分からないから止めたかもしれないけど、ばあさんは私に優しくしてくれたんだ。感情的な部分でやめてくれたはずだ)


 証のあることではなくアーデルの希望的観測。自分に優しかったアーデルのことを信じたいという気持ちだけしかない。それに、もしかしたら自分を娘のように思ってくれていた可能性がある。


 そこから考えると燃やした本はホムンクルスの創造と魂の移動に関することであり、悪用されないように対処したと考えるのが妥当だとアーデルは思っている。


 それらの事情を知っている可能性があるのがリンエールだ。


(リンエールなら何か知っているかもしれない。残されたメモにエルフの秘術をリンエールから教わったと書かれているし、研究成果の一部や魔道具を渡したという証拠が残ってる。話を聞きにいかないとね)


 口にしたり、態度に出したりはしていないが、最悪、アーデル自身が世界を滅ぼす魔道具ではないかとも疑っている。その疑惑を晴らすためにもエルフの国へ行き、リンエールに話を聞かなければならない。


 アーデルは残りの料理を急いで平らげると、しっかり準備をしていこうと気合を入れるのだった。


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