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魔女の本

 

 アーデル村にあるサリファ教の教会、その一室でアーデルは唸っていた。


 部屋のテーブルには本が乱雑に置かれており、メモ帳代わりの紙にはびっしりと文字が描き込まれている。アーデルは本を読むのも早く、本当に読んでいるのか疑いたくなるほど。


 そんな状況を同じ部屋でメイディーに勉強を教えてもらっているフロストはやや引き気味に見ていた。


「アーデルお姉ちゃん、大丈夫?」


「ん? ああ、もちろん大丈夫さ。それにしてもばあさんはすごいね、何をどう考えたらこんな理論を思いつくのか分からないよ。三次元の立体魔法陣を作るための魔力にさらに魔法陣を描き込むって……しかも表裏別だよ?」


「何を言っているかよく分からないけど、すごいということだけは分かった」


 複雑そうな顔をしているフロスト。どんなことでも一定の知識がなければそのすごさは分からない。フロストはその域に達してはいないが、アーデルの表情からそう判断したのだろう。


 アーデルはそれに気づき、とくに説明することなくフロストの邪魔をしないようにまた本を読み進めた。


 村に戻ってきてから二週間、アーデルは魔女アーデルが残した本を読み漁っている。


 魔女アーデルが亡くなって一人になってからある程度は本を読んでいたが、まったく手付かずの本もあった。それらをじっくりと読んでいるのだが、読むたびに驚きがある。


 そのほとんどは魔女アーデルが書いたもので一般的に知られている内容ではない。魔法陣の体系、術式、そして魔力の根幹、あらゆるものが理論的に説明されており、「なんとなくそういうもの」と思われているものまで説明がされていた。


 ここにある本を世間に公開した時点で称賛を浴びることができる。ただ、その理論をしっかりと理解できるかどうかはまた別の話。魔術師ギルドから異端審問にかけられる可能性もありそうな内容だとメイディーはアーデルに説明していた。


 アーデルとしてはホムンクルスや魂についての内容を知りたいのだが、魔法使いとしてのアーデルはこれらの内容を無視できない。


 今や本当に必要な情報を探す息抜きに魔女アーデルの本を読むほどだ。


 メイディーもアーデルと同じように本を読んでいたが、部屋にある置き時計を見てから丁寧に閉じた。


「少し休憩にしましょうか。クッキーと紅茶を用意しますから机の上を片付けましょうね」


 フロストは嬉々として片付けているが、アーデルとしては休憩しなくてもいいと思っている。だが、メイディーを怒らせるわけにはいかないと、しぶしぶではあるが片付けを始めた。


 メイディーは出来立てのクッキーと、湯気の立つカップをトレイに載せて持ってきた。それらをアーデルとフロストの前に置き、最後は自分の前にも置く。


 準備が終わってから「いただきます」と言い、アーデルはクッキーに手を付けた。


 アーデルは一般的よりもややワイルドな食べ方だが、フロストは貴族ではないものの、お嬢様ということで優雅にクッキーを食べている。


 フロストの護衛として一緒にいる水の精霊も一緒に勉強していた褒美なのかフロストからクッキーを渡されて食べていた。護衛の小さなゴーレムの方は食べられないが、クッキーはなくとも毎日タオルで拭くだけで満足しているらしい。


 クッキーと紅茶を楽しんでいると、メイディーがアーデルに微笑みかけた。


「アーデルちゃんの方はどう? 目的のものは見つかった?」


「いや、まだ見つかっていないよ。そもそも残っているかどうかも分からないから無駄骨かもしれないね」


 アーデルは魔女アーデルが一部の本を「もういらないね」と言いながら燃やしたのを見ている。もしかしたらそれが自分が求めている内容が書かれていた本ではないかと考えている。


 内容が分からない以上、なぜ「もういらない」と言ったのかは分からない。ただ、ホムンクルスとして生まれた自分に魂が宿っているために、もういらないとなったのではとアーデルは推測している。


 何の手掛かりもないという話ではない。少なくとも魔女アーデルは魂の浄化、そして魂を別の体に移す方法を調べていたことが分かった。なので、魂の浄化をする必要がなくなったという推測もしていた。


(ばあさんは私といることで世界を滅ぼすことを止めた。だから、魂の浄化はもう不要だと考えた……それだったら嬉しいんだけど推測の域を出ない。他の理由であった可能性だってある。燃やした本とか資料は何だったんだろうね……)


「アーデルお姉ちゃん、最高のクッキーを食べているのに眉間にしわを寄せて上の空なのは良くない。私のも食べる? 断腸の思いだけど渡してもいいよ?」


 考え事に集中してしまったのか、いつの間にかアーデルの分のクッキーは無くなっていた。味わうこともなく知らぬ間に食べてしまったのだろうとアーデルは反省する。


「いや、それはフロストの分なんだから自分で食べな。メイディーも悪かったね、ちょっと考え事をしちまってたよ」


「アーデルちゃんも色々あるから仕方ないわ。でも、焦っちゃだめよ? しばらくは村にいるんだから、たまにはゆっくりしないと」


 アーデルは頷く。


 今度はエルフの国へ行くことになっているが、それはブラッドが準備をしている。また船に乗って海を渡る必要があるが、現在エルフの国と国交があるのは国は限られており、残念ながらアルデガロー王国はない。


 世間的には魔女アーデルが関係しているとも言われているが、実際には国が色々やらかした結果だ。メイディーは「アーデルが動くわけないから脅しが通じずに断交されたのね」と怖い笑みを浮かべながらそう言っていた。


 アーデルとしてはこの国は大丈夫なのかと思っているが、メイディー曰く、魔族の侵攻により、どの国も似たようなものだったと言う。


 当時はどの国も疲弊しており、悪いことでもしなければ国を保てない、そんな理由から国の強みを最大限利用するのは仕方ないことだった。お互いに戦争をする余力もなかったので険悪になった国同士はあったが、今ではそのような危機もなくなり、それなりに平和は戻ってきているという。


「じゃあ、今日は勉強は終わりにして散歩に行こう。ずっと家で勉強していると、こう、色々体に良くない、と思う」


 メイディーの「たまにはゆっくりしないと」という言葉に反応したのか、フロストはそう言いながら期待した目でアーデルの顔を覗く。


 アーデルとしては本を読んでいたいところだが、確かに最近外へ行っていないと考える。


「フロストの勉強は大丈夫なのかい?」


 アーデルはフロストではなく、メイディーに向かってそう尋ねた。


「フロストちゃんは優秀だから大丈夫よ。今日はアーデルちゃんも村の様子をじっくり見てきたらどうかしら? もう少し息抜きをした方がいいわよ」


「なら、そうしようかね。フロスト、執事やメイドにちゃんと伝えてお出かけの準備をしておきな。少ししたら出かけようじゃないか」


「うん。最高の準備をしておく」


 フロストはそう言うと、クッキーを紅茶を急いで口に入れてから、二人の護衛と共に部屋を出て行った。


「あらあら、お嬢様らしからぬ行為ね?」


「たまにはいいじゃないか。堅苦しいだけじゃ食べた気もしないさ」


「あれも食べた気にはならないと思うけど、子供は元気ならなんでもいいわね……ところでアーデルちゃん、私にも色々教えてくれてありがとう」


 いきなりメイディーに頭を下げられてアーデルは慌てた。


「なんだい、いきなり?」


「クリムちゃんが未来から来た竜だとか、アーデルが作った魔道具が世界を滅ぼすとか説明してくれたでしょ?」


 オフィーリアやコンスタンツにはともかく、メイディーには詳しい事情を説明していなかった。


 ただ、今回、魔女アーデルが残した本を調べるためにメイディーの力も借りている。なので事情を話した。ドワーフのグラスドも時の守護者を見たことで事情を説明してあるのだが、それも影響している。


「こっちとしてはあんな荒唐無稽な話を疑うことなく信じた方がびっくりしたけどね」


 基本的に証明のしようがない話だ。時の守護者を見ているなら事情も納得しやすいだろうが、メイディーは全て口頭で事情を伝えただけ。なので信用してもらえないとも思っていた。


 メイディーは柔らかく微笑む。


「アーデルちゃん達がそんなことで嘘をつくわけがないでしょう?」


「あー、まあ、そう言ってもらえると助かるよ」


「でも、残念だわ」


「残念?」


 メイディーは右頬に右手を当てながら、本当に残念そうに頷いた。


「あと十歳若かったら私もアーデルちゃんに付いていって暴れたんだけどねぇ」


「暴れているわけじゃないんだけどね。というか十歳若いだけでいいのかい?」


 魔女アーデルに勝てると言われたほどのメイディー。魔女アーデルが書いた本を読める知識といい、フロストへの指導の的確さといい、全盛期はどれほどだったんだとアーデルは少しだけ恐怖を感じたのだった。


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