活気あふれる村
アーデルは魔の森の近くにある「アーデル村」に帰ってきた。
結局、アルバッハが持ってきた魔道具に関しては特に問題なく触れることができた。戦闘になるかもと色々準備していたが、ほぼ無駄になった。
それはそれとしてアーデル達は驚いている。ほんの一ヶ月ほど留守にしていただけなのだが、村はその時よりも活気があり、さらには人も多くなっていた。
多くの獣人たちと一緒に帰ってきたこともあって多少は驚かれたが、そのあたりはコンスタンツが領主としてしっかり説明した。
というよりも「獣人だからと言って迫害なんかしたら魔法をぶち込みますわ!」と言ったので、裁判なしでコンスタンツが裁くという話が広まっている。
貴族の横暴、そんな風にとれなくはないが、村にいるときは率先して噴水の周りを掃除したり、村人の話を聞いたりと、意外と慕われているので不満はでなかった。
また獣人たちにも「村の住人と喧嘩なんかしたら、次は私が相手をしてやりますわ!」と言っており、獣人たちは震えながらコクコクと頷いていた。
獣人たちは傭兵だったはずと不思議に思ったが、コンスタンツの実力をしっかり見極めている証拠だろうとアーデルは勝手に納得した。
獣人たちの住む場所や魔の森での狩りなどやるべきことや教えるべきことは多いが、それもコンスタンツが面倒を見ることになっている。そこまでお金に余裕があるわけではないのでブラッドからお金を借りるとのことだが、利子に関して色々と交渉をするとブラッドと共に店の方へと向かった。
パペットは村を見回っているゴーレム達の確認をしてから工房へ行くと言って別れ、アーデルとクリムドア、そしてオフィーリアとグラスドは村長に挨拶をしてからサリファ教の教会へ向かった。
教会だけは前に見た通りに質素なものだが、周囲の花壇には華やかに花が咲いており、掃除も行き届いているようで立派に見える。
オフィーリアが先に進み、教会の正面ドアを開いた。
「ただいま戻りましたー!」
「あらあら、騒がしいと思ったらアーデルちゃん達だったのね。おかえりさない」
笑顔で出迎えたのはメイディー。自ら掃除をしているのか、女神像をタオルで拭いている最中のようだった。
オフィーリアは「私がやりますよ」と、メイディーからタオルを奪うようにして女神像を拭き始めた。鼻歌交じりに女神像を拭くのは問題ないのかと思いつつも、アーデルはメイディーに近づく。
「えっと、ただいま」
「はい、おかえりなさい。あら? そちらはもしかしてグラスド?」
メイディーが目を細めながらグラスドを見ると、グラスドはニカッと笑った。
「久しぶりじゃのう!」
知り合いなのか聞くと、二人とも頷く。
魔族の王を討伐する際にサリファ教で祝福を授ける儀式があり、そのときアーデル達を祝福してくれたのがメイディーだった。魔族の王を倒した後も王都でメイディーには色々と世話になったとグラスドは笑いながら語っている。
「実はアーデルとウォルスの墓参りをしようかと思ってな」
「まあ、それは二人とも喜ぶわ! でも、今日は旅の疲れをとりなさいな。久々に料理をご馳走しちゃうから、明日みんなで行きましょう」
「それは楽しみじゃ。メイディーの作る飯は美味いからのう……あまり酒を飲ませてくれんのが玉に瑕だが」
「お酒を飲みすぎたら味が分からないでしょう? せめて先に食べてからお酒にしなさい。とっておきのお酒を出してあげるから」
「それは楽しみじゃな!」
「アーデルちゃんもそれでいいかしら? お墓参りは明日ってことで」
「そうだね、パペットの馬車ならすぐに行けるだろうけど、今日くらいは屋根のある場所のベッドで寝たいからね」
今の時間から向かうと帰りは夜になる。今日はここに泊まって、明日早く出た方がいいと結論を出した。
そう思った直後、教会の正面ドアが勢いよく開く。
「アーデルお姉ちゃん!」
フロストがそう言って笑顔で駆け寄ってくる。そして思い切りアーデルに抱き着いた。
「おかえりなさい!」
「ああ、ただいま。いい子にしてたかい?」
「百点満点中、百二十点くらい、いい子にしてた」
その答えにアーデルは笑うが、いい子にしてたのは間違いないだろうとフロストをほめながら頭をなでる。
ふと気づくと、フロストの後ろには執事とメイドがいる。それだけなら問題はないのだが、なぜか水の精霊と小型のゴーレムが一体ずついた。
視線の先に気付いたフロストは「むふー」と鼻から息を出す。
「私の護衛さん。精霊ちゃんが新しい精霊ちゃんを呼んでくれて護衛をするようにお願いしてくれたの。あと、ゴーレムさん達が新しい小さなゴーレムさんを作ってくれた」
「へぇ……?」
アーデルは理解が追い付かない。フロストの説明通りなら、水の精霊が水の精霊を召喚したのだろうが、精霊の言うことを聞く精霊なんていたかなと不思議に思う。それにゴーレムを作れるゴーレムはパペットだけなのではと思ったが、色々と面倒そうなので考えるのを止めた。
「すごいじゃないか。精霊やゴーレムに好かれるなんてフロストは優秀だね」
フロストはさらに「むふー」と鼻から息を出し、得意げな顔になる。
「たぶん、噴水の掃除とゴーレムさんの掃除を頑張ったお礼だと思う。もうピカピカにしてあげた。毎日のルーティーン的に」
「ああ、そういうこと……か?」
それだけで精霊やゴーレムと仲良くなるなんて話は聞いたことがないが、フロストがやったのならそうなのだろうと無理矢理納得した。
「一日の初めは掃除からってメイディー先生が言ってたから頑張った。女神様の像も綺麗にしてお友達になってもらうつもり」
メイディーは微笑みながらウンウンと頷き、オフィーリアは「私が先に友達になるんです!」とタオルで女神像を懸命に磨き始める。そんな打算ありでやっていいのかと思わないでもないが、自分には関係ないかとアーデルは話を続ける。
「まあ、なんだっていいけどね。掃除もいいけどちゃんと魔法の勉強もしてるのかい?」
「うん、噴水の近くで精霊ちゃん達と頑張ってる」
フロストはそう言いながら正拳突きを放った。アーデルもメイディーから教わったことがある腰の入ったいいパンチだ。だが、今それをやる意味が分からない。
「それは魔法の勉強じゃないだろう? そういう勢いってことかい?」
正拳突きで魔法は覚えない。魔法陣の書き方や構築が魔法の勉強だ。
「メイディー先生が健全な体には健全な魔力が宿るって教えてくれた。サリファ様もそう言ってるって。最近は村の周りを走ったり、腕立て伏せも始めた。それと噴水前で正拳突きを毎日三十回。精霊ちゃん達と一緒に頑張ってる」
アーデルがフロストをよく見ると、少しだけふっくらしたというか、ちょっと大きくなったように思えた。顔も健康的になっていて、以前の病弱そうな姿はない。元気ハツラツだ。
執事とメイドが少しだけ顔を背け、オフィーリアは「まさか……」とつぶやく。
「何をするにもまずは体力ですよ。魔法もまたしかり。今の内から少しずつ体を鍛えていた方が、大きくなった時にやれることが増えますよ?」
メイディーが微笑みながらそう言うが、その微笑みからなぜか威圧を感じる。
「まあ、まだ小さいんだからほどほどにしなよ」
アーデルは何とかそれだけ言うと、フロストは「うん」と笑顔で頷いた。
「メイディーは相変わらずじゃのう。あの頃、アーデルに勝てそうな唯一の人間とか言われておったんじゃが、まさかお主自身も子供のころからそんなことをしておったのか?」
グラスドの言葉にアーデルが驚く。
(ばあさんを倒せそうな人がいたというだけでも驚きなのに、それがメイディーなのかい?)
アーデルの中では絶対的な強さを持っていた魔女アーデル。若い頃はさらに強かったはずなのにそれに匹敵する力を持っていたのなら、驚くなと言う方が無理だろう。
どちらかと言えば魔力を断ち切るほどの剣技を見せたウォルスの方がアーデルを倒せるようにも思える。
「あらあら、おばあちゃんをおだてても何もでませんよ?」
「これも誉め言葉になるのかのう? まあ、お主が討伐の旅に付いてきてくれとったらもっと楽だったんじゃがな」
「魔族と戦う兵士様たちの治療が必要でしたからね……まあ、そのあたりも含めて今日は昔の話をしましょう。さっきも言った通り、良いお酒も出すから」
「うむ、楽しみじゃ!」
昔の話、これにはアーデルも興味がある。
(ばあさんの若い頃の話か。もしかしたらメイディーはばあさんが何をしていたか知っているかもしれないね。あとで聞いてみるか)
アーデルはそんなことを考えながら、フロストにドワーフの国や王都で買ったお土産を渡すのだった。