魔道具の秘密
アーデル達はドワーフの国を離れ、人間の国へ戻った。
ドワーフの英雄でもあるグラスドが人間の国へ行くということで色々と悶着があって足止めされたが、アーデルが作った酒を冷やす魔道具を渡したことでドワーフの国王が喜び、許可を出したという経緯がある。
しばらくの間グラスドに教えを請えるということで一緒に付いてくるドワーフ達もいた。何人かはそのまま人間の国に住むつもりとのことで船の代金が助かるという打算も働いたようだった。
一つの船に人間、獣人、ドワーフが乗ったわけだが特に諍いはない。この辺りはコンスタンツが徹底しているようで、「問題を起こした人は海へ突き落としますわ!」と脅していた。
とはいっても、そもそも諍いを起こすような人はいない。十分な食料と温かい寝床、船なので苦労はあるが、全員が普段よりもいい生活を送れているので、この権利を放棄するなんてとんでもないという意識がある。
獣人たちは人間よりも身体能力が高い。船員たちは何人かこのまま雇いたいと言っているようで、ブラッドは獣人たちに希望を聞いているようだった。
そんな状況もありつつ、一週間ほどの海の旅を終えたアーデル達は人間の国の一つ、アルデガロー王国まで戻ってきた。
船員と一部の獣人たちはこのままここへ残る。定期的にドワーフの国と貿易を行うため、ここで食料を買い付け、またドワーフの国へ売りに行くのだ。
ドワーフたちの技術とアーデルの魔道具化で船はかなりの強度になった。船で海を渡る際にこれ以上の安全な船はないだろうと誰もが思うほどだ。
そしてアーデル達やドワーフ、獣人はこのまま魔の森の近くにある村「アーデル村」へ帰ることになった。
一部の獣人はこの港町に残るが、それでも村に行くのは全員で百人近くいる。ブラッドが事前に準備をしてくれていたが、それでも後一日ほどかかるようで、今日はここに留まることになった。
宿はブラッドが用意していたのだが、午後は予定が空いた。さてどうするかというところで、王城から宮廷魔術師のアルバッハがやってきた。
毎回余計なトラブルを持ってくるアルバッハを歓迎はしていないが、追い返すのもなんだということで部屋に迎え入れる。
パペットとブラッドは町へ買い出し、オフィーリアは教会への連絡や村へのお土産を買うと言うことで部屋にはいない。グラスド達や獣人たちも町を見たいと言って近くにはおらず、アルバッハを迎えたのはアーデルとクリムドア、そしてコンスタンツだけだ。
「余計なトラブルを持ち込むんじゃないよ」
「開口一番でそんなことを言わなくてもよいではないか。まあ、獣人たちのことは申し訳なく思うが、国に金がなくてな……」
「アンタらの自業自得だろうに。それで何の用だい? 弟子のコニーに会いに来たというわけでもないんだろう?」
アーデルがそう言うと、アルバッハはコンスタンツの方を見る。そのコンスタンツはなぜか得意げな顔でふんぞり返っていた。
「もうそろそろ師匠を越えるくらい強くなりましたわ! 来年には宮廷魔術師と言っても過言ではありませんわね!」
「領地持ちの貴族が宮廷魔術師をやれるわけないだろうに。この王都から出ることなどなく、王城での待機が仕事みたいなことをしたいのか? 今や魔法の研究をする時間すら無くなったが、それでもいいならすぐにでも代わってやるが」
宮廷魔術師という肩書が宰相を兼ねるという状況になっている。以前よりも白髪が増え、目には隈があり、ところどころにため息が混じる姿が痛々しい。
そんな状況を確認したコンスタンツは扇子を広げて口元を隠した。
「領地経営を頑張りますわ!」
「その方がいい。今、この国の王族や貴族は首の皮一枚でつながっているようなものだ。次に何かやらかしたらすぐに終わる。まあ、先々代の国王もアーデルをいいように利用したツケだと思って色々頑張っておられるから大丈夫だとは思うがな」
アーデルとしてはどうでもいいが、真面目にやってるなら何よりだと少しだけ評価を上げた。
「それで話が逸れたけど、何の用だい?」
「うむ。国内にある魔女アーデルが作った魔道具を回収したので、それを渡そうと思って持ってきた」
「それは助かるけど、ここじゃ受け取れないね。時の守護者が出てくる可能性がある」
「ああ、あの玉座の間に出た奴か。あまり持っていたくないのだが困ったな」
アーデルは少しだけ目を細める。
「困ったってどういう意味だい?」
「王宮には魔道具師や鑑定師などがいるのだが、危険なものかもしれないと回収した魔道具はそれなりに調べさせてもらった」
「まあ、そうだろうね」
「調べた結果、一部の魔道具に関しては本来の意図以外の付与がされていた。使用者以外への認識阻害は盗難対策なので問題はない。だが、時間が経つにつれ魔道具を手放したくないと思う付与――執着の魔法が付与されている。魔道具による魅了とも言えるな」
「魅了……?」
「魔道具を使い続けたい、手放したくない、そういう気持ちを増幅させると言えばいいか。回収に向かった際、返したくないと暴れた奴もいたそうだ。取り上げてしばらくしたら落ち着いたようだが」
「そんなことが……」
アーデルはその事実を初めて知った。自らの手で回収した魔道具はいくつかあるが、パペットには貸したままであるものの、他は回収できている。
水があふれる魔道具の回収に関しては色々あったが、村長は普通に手放した。魔族が持っていた姿を変える魔道具は本人の意思とは関係なく回収した。グラスドは鍛冶に使う火の魔道具が貸し出されていたが、それも普通に回収できたので気にしていなかった。
なので、魔道具にそんな魔法が付与されていたとは微塵も思っていなかった。
「言っておくがそこまで強力なものではない。強い意志があればすぐに手放せるし、魔道具を使い続けることもない」
「そうなのかい? でも、それならなんでそんなものが?」
「理由は分からん。ただ、魔道具師や鑑定師の話では、魔道具を使い続けると変容する可能性があるらしい。そのために執着の魔法が付与されているのではないかと言っていたな」
「変容?」
「魔道具自体が本来の用途とは別に魔力を吸収し、最終的には別の物に変わる。何に変わるかはまでは分からんが、魔力を貯め込む以上、おそらく危険なものになるとのことだ」
アーデルは一瞬だけ止まっていた息を大きく吐いた。
どんなものになるのかは分からないが、アーデルが世界を滅ぼそうとして魔道具をばらまいたというなら、危険なものになるという予測が正しいと思えた。
自分には優しかったばあさんがなぜそんなことをしたのかと思うとアーデルは心がざわつく。どう考えても世界を滅ぼす魔女とイメージが合わない。
(キュリアスは私がいたからばあさんは元に戻れたとか言ってたっけね。それに私がいない世界だとばあさんは……)
アーデルがいなかった世界での魔女アーデルは魔道具に頼らずとも一人で世界を滅ぼし、さらには滅亡の魔女を自分から名乗っていたという。
(もう一度キュリアスに会って詳しく話を聞くしかないね。とりあえずは魔道具の回収か)
「事情は分かったよ。ならすぐに受け取るから、暴れてもいいような場所に魔道具を置いてもらえるかい。時の守護者が暴れても何とかなるような場所で触れたいからね」
「分かった。準備をしておこう」
アーデルは時の守護者が出てきた時のためにオフィーリア達にも協力してもらおうとパペットの鳥ゴーレムを使って皆に連絡をするのだった。