約束
アーデル達は大坑道から外へ出た。
日差しはまぶしいが、帰ってきたという安心感からか全員が深呼吸をして外の空気を味わう。一緒に外へ出たドワーフのグラスドも同じように深呼吸をしている。
あの後、グラスドは時の守護者について根掘り葉掘り聞いてきた。あの形になる前の粘着性がありそうな黒い液体のことに興味があるようだった。
なんでも魔族の王との戦いであの黒い液体を見た気がすると言っているのだ。
ならば一度外に出て宿で話さないかということになり、一緒に外へ出ることになった。それにアダマンタイトの譲渡もしたいのでちょうどいいとトントン拍子で話が進んだ。
また、外で時の守護者が出てきても困るということで、魔道具は坑道内で回収した。かなり警戒していたがアーデルが魔道具に触っても特に変化はなく、時の守護者は出てこなかった。
そんなこともあって外へ出てきたわけだが何やら騒がしい。
話を聞いてみると、地面が揺れたとか地震かもしれないと警戒しているようだった。
パペットのハンマー攻撃が軽い地震を引き起こしたのだが、説明するのも面倒なので巻き込まれないようにと口を閉ざす。
そしてパペットとグラスドは坑道内でアダマンタイトを譲渡したという証明書を炭鉱夫ギルドへ出してくると言って、しばらく別行動になった。
アーデル達はブラッドが用意してくれた宿へ向かい、手続きを済ませてから部屋に入った。
部屋に入るとオフィーリアはすぐさまベッドにダイブした。そしてベッドで両手を広げうつぶせになり改めて深呼吸をする。
「はー、ベッドっていいですねぇ。アーデルさんの亜空間のおかげで野宿でも毛布で寝れますから別に不満はないんですけど、家の中のベッドって落ち着きます……」
それを見ていたコンスタンツは少しだけ優雅にベッドへダイブした。そして同じように両手を広げて深呼吸をする。
「これはなかなかいいですわね!」
「コニーは徐々に庶民化しているが大丈夫なのか? その、貴族として」
クリムドアの心配そうな声にコンスタンツは不思議そうな顔をする。
「別に皆さんの前だけなら問題ありませんわ。さすがに人目があるところではやりませんので」
それほど仲良くない人の前でベッドにダイブするシチュエーションはない。それは当然のことなのだが、誰も見てないところでも貴族っぽく振る舞っていそうなコンスタンツの発言とは思えない。
「いつでもどこでも貴族っぽく振る舞うと思ってたんだけどね」
「時と場合によりますわ。皆さんの前なら何をしても問題ないと思っていますので。むしろ庶民の方が何をしているのかをフィーさんを通して実行しております。庶民を知らずして貴族を名乗るのはよくありません。これも貴族がやるべきことですわ!」
「物は言いようだね。まあ、夕食までは時間があるし、そのまま寝ちまっても問題ないから好きにしな。ブラッドも……たぶん仕事中だろうし、詳しい話は夜だね」
すでに半分は寝ている感じのオフィーリアから「ふぁーい」と返事があったあと、コンスタンツもそれを真似する。そして二人とも静かになった。
アーデルはその様子を確認してから備え付けの椅子に座り、クリムドアを手招きする。
「ん? どうした?」
「未来のことを聞きたいんだがいいかい?」
アーデルがオフィーリア達を気にしながら小声でクリムドアに尋ねた。
クリムドアはアーデルに近寄り、顔を近づけ同じように小声で返す。
「未来の? 何を聞きたいんだ?」
「私がホムンクルスってことを聞きたいんだけど、それは未来でも知られていない話なのかい?」
クリムドアは「ああ」と言ってから頷く。
「未来でもアーデルがホムンクルスだったという話はない。というよりもホムンクルスのこと自体を俺は知らない。エルフの秘術だというし、外に出るような話ではないのだろう」
「そうか……ばあさんは何のために私を作ったんだと思う?」
アーデルは自分が何者であろうと「アーデルはアーデルだ」とオフィーリアが言ったことで色々なことが吹っ切れている。たとえどんな魂だったとしても関係はない。それはそれとして、自分が何者なのかを知っておきたい。
推測はいくつかある。
グラスドが言っていたように、魔女アーデルが魂を移すための新たな体だったという推測。
そしてもう一つ。魔女アーデルは魔道具を作って世界を滅ぼそうとしていた。なら自分は世界を滅ぼすために作られたホムンクルスではないかという推測だ。
アーデルはそれを説明すると、クリムドアは前足を組んでから唸る。
「どうだろうな。グラスドの話ではホムンクルスに魂は宿らないとの話だった。魔女アーデルが自分の代わりに世界を滅ぼすアーデルを作ったという仮説は難しいと思う。アーデルが入っていたという円すい型の魔道具だって一つだけだろう? あまりにも偶然を期待しすぎだ」
「そう言われればそうだね。確実に魂を作る方法なんてなかっただろうし――いや、あったかもしれないね。もう一度、ばあさんの家を調べないとだめかもしれない……そういえば破棄した研究資料もあったから、あれがそうだったかもしれない。今から調べるのは難しいか……」
「もしかして、いつか自分が世界を滅ぼすかもしれないと思っているのか?」
アーデルは眉間にしわを寄せてから頷いた。
「今はそんなつもりはないと胸を張って言えるけど、以前は世界なんか滅んでも構わないとは思っていたね。ばあさんに対する仕打ちにむかついていたし、むしろ人間なんか滅んじまえと思っていたよ。もしかしたらそういう感情がそもそも埋め込まれていたと考えてもおかしくないだろう?」
「俺がいた未来でそんな話はなかった。それにフィー達がいる限り、アーデルはそんなことをしないさ。村に戻ればフロスト達もいる。フロストを泣かせたくないだろ?」
「まあ、そうだね。だから、もし……」
「もし?」
「もし私が世界を滅ぼそうとしちまったなら、殺してでも止めると約束してくれないかい?」
クリムドアは目を見開いてアーデルを見つめる。
そんなクリムドアの状況を分かっているが、アーデルはそのまま続けた。
「私は自分が何者なのか分からない。感情も絶対にコントロールできるとは言えない。何らかの理由で私が自分を忘れて滅亡へと向かう様なら、私を殺してでも止めて欲しいのさ。フィー達じゃ躊躇するかもしれないからね」
「……俺なら躊躇なくやれると?」
「強さはともかく、世界を滅亡から守ろうとしているクリムならやれるだろう?」
「馬鹿言うな」
今までに聞いたことがないような重い声がクリムドアから発せられた。
「初めて会った時は確かに殺そうとした。それに出会って一年も経っていない程度の関係だ。それでも俺はアーデルを知っている。それに友達だろ? あの頃とは何もかも違うんだ。いまさらお前を殺せと言われても殺せるわけがない」
「世界が滅亡しちまってもかい?」
「……それをお前がやってしまうなら、この次元ではそれが正しい歴史なんだろう」
「おぁ……?」
「なんだ、その顔?」
クリムドアが初めて見るアーデルの変な顔。一言では言い表せない複雑な感情の顔と言える。
「いや、そこまで言われると逆にびっくりしたと言うか。クリムはずいぶんと変わったね」
「アーデルほどじゃないと思うが。それに何らかの理由でお前が世界を滅亡させようというなら、俺もフィー達も全力でそれを止めてやる。もちろん殺さずにな。それだったら約束してやる」
アーデルは驚きの表情を見せてから、口角を少し上げた。
「ああ、それでもいいよ。約束だ……しかし、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。クリムが人間だったら惚れてたね」
「誰かに惚れたこともないくせによく言う……それとも初恋か?」
「……一気に冷めたよ。でも、殺さずに止めてやると言われたのは本当に嬉しかったよ。実際に止められるように早く出会った頃の強さを取り戻しな」
「そうしたいが、まだかなり時間がかかりそうだ。まあ、俺は無理でもフィー達なら大丈夫だと思うぞ。今日の戦いも相当なものだった。なんせアーデルはほとんど攻撃せずに勝てたからな」
「確かに。パペットもコニーもかなりの強さだったね。フィーの結界もかなりの強度だったと思う。まあ、私ほどじゃないが」
「一対一ならお前には誰も勝てないだろう。だが、皆がいれば止められるから安心しろ」
「他力本願の癖に強気だね。頼むから皆の足手まといにならないでおくれよ?」
「ぐぬ。だが、その通りだ。そのためには美味い物をたらふく食べないとな!」
「今日は私もなんだかたくさん食べたい気分だよ。ブラッドが稼いでくれているだろうし、腹いっぱい食べようかね」
「それはいいな。よし、パペットやブラッドが戻ってきたらすぐにでも美味い物を食べるか!」
クリムドアの大きな声にオフィーリアとコンスタンツが飛び起きたが、早めの夕食にしようという提案には賛成した。
その後、パペットとグラスド、そしてブラッドが戻ってくると、すぐに宿の食堂へ向かい、大量の料理を注文するのだった。