失敗作
大坑道にある大空洞、そこで宴会した後、アーデル達は一泊した。
時間は魔道具で分かるが、太陽の光が差し込まない場所なので感覚が鈍い。完全には目が覚めていないような感覚のまま皆は朝食のパンをかじっていた。
そこへ興奮した感じのパペットがやってきた。朝食を食べる必要がないパペットは周辺を見回っていたのだ。
「奥に作りかけのゴーレムがあったのですが、あれはグラスドの作品ですか?」
「よくあれがゴーレムじゃと気付いたな? まだ半分もできていないはずじゃが」
「作りかけでも構造は分かります。アダマンタイトをふんだんに使ったゴーレム。素晴らしいロマンです」
アーデル達が驚いている中、グラスドは何かを思い出したような顔になってパペットを見つめた。
「そう言えばお主、年中無休でゴーレムをやっておるとか言っておったが何の話じゃ? ゴーレムだけを作成する人間がいるとかは聞いたことがあるが、そういうことかのう?」
「確かにゴーレム専門で作ってますが、私もゴーレムです。控えめに言って最高傑作」
オフィーリアも自分の料理をたまにそう評価するのでそれがうつったのだろう。控えめに言わないとどうなるのかという疑問はともかく、それを聞いたグラスドはパペットを頭からつま先まで時間をかけて見てから首を傾げた。
「私もゴーレムってどういう意味じゃ?」
「意味も何もそれ以上に説明する言葉がないのですが」
そのやり取りを聞いていたコンスタンツはハンカチで口元を拭くと「ああ、そういうことですか」と言った。
全員の視線が集まってからコンスタンツは笑みを浮かべる。
「パペットさんの見た目は人間ですが、まぎれもなくゴーレムですわ。私も最初にお会いした時は普通の人間と勘違いしたほどです」
「なんじゃと!?」
「情報量は変わっていませんがそういうことです。ちょっと最高傑作なだけでまぎれもなくゴーレムです」
そう言うとパペットはグラスドの前で両手を上げてバンザイをした。
パペットの指があらぬ方向へ曲がり、そこからパンと音がして紙吹雪が舞う。
「どうですか? 村でフロストさんと精霊さんに見せるとすごく喜んでくれます。ゴーレムの鉄板芸と言ってもいいでしょう」
全員が芸なんだと思っていると、グラスドは驚きの顔でパペットに近づく。そしてパペットの周りをぐるりと一周してから見上げた。
「し、信じられん。お主がゴーレムとは……そういえば、人間の国には高名なゴーレムの作成者がいると聞いたことはあったが」
「それはたぶん、私のご主人です。もう亡くなりましたが」
「なんと……一度くらいお会いしたかったのう。ところで、その皮膚は人工物か……?」
「はい、樹皮や樹液を使ったものです。防御力を上げるためにいつかエルフの国にある世界樹の物と交換したいと思ってます」
「骨格は?」
「魔力伝導率の高いミスリルですが一部はオリハルコンやアダマンタイトも使っています。いつか全身をアダマンタイトの骨格にするつもりです。なのでここでの採掘は必須。あるだけください」
「メインコアはどうなっておるんじゃ?」
「レッサードラゴンの魔核を使ってます。それを三重に。予備もありまして、無理をすれば通常の出力以上を出すことも可能です」
「すごいもんじゃ。自らの思考を持ち、進化し続けるゴーレム。儂が作ろうとしてたいものをここまで再現しているとは世界は広いのう」
グラスドは腕を組み、うんうんと頷いている。
それをパンを食べながら見ていたアーデルは「あ」と声を出した。
「この奥にあるのはパペットが言った通り、ゴーレムなのかい?」
「うむ。まだ作りかけじゃがな。今だと作りかけの鎧のようにしか見えんと思うが、あれをゴーレムだと当てるのはさすが本職……ゴーレムは本職でよいのかのう?」
そんなどうでもいい疑問にグラスドは首をひねっていたが、それで周囲は納得した。
クリムドアが名工の遺品と言っていたものはゴーレム。それが作りかけだったので鎧に見えたのだろう。
「なぜ、こんな場所でゴーレムを作っているんです? 確かにアダマンタイトは使い放題ですが」
パペットの言葉にグラスドはアーデルの方へちらりと視線を向けた。
「アーデルへの対抗策として作っておったのじゃよ。思いのほか早く来てしまったようじゃがのう」
アーデルの顔を見ていたグラスドはニカッと笑う。
「じゃが、あれは必要ないようじゃな。パペットとかいったか、お主、アダマンタイトが欲しいならあれを持っていくと良い」
「分かりました。いただきます。あれだけあれば私のバージョンアップが可能です。パペット改として頑張っていこうかと。ちなみにロケットパンチとドリルも付けます。変形もしたい」
「お主はどこに向かっておるのかのう……じゃが、ロマンじゃな!」
意気投合しているパペットとグラスドを放っておいてアーデル達は食事を進める。
オフィーリアが食べていたパンを飲み込んだ後にアーデルへ尋ねた。
「ところで、グラスドさんから魔道具を回収するんですか?」
「もちろんさ。魔道具で世界が滅亡するというなら、そうさせないためにも回収はしておかないとね」
「ですよね。でも……」
「考えていることは分かるよ。さて、どうしたものかね」
魔道具の回収には問題がある。
アーデルが未来に影響するようなことをすれば時の守護者が現れる。絶対とは言えないが、魔道具を回収すればそうなる可能性が高い。戦いの準備が必要だろう。
ここは大坑道の最下層。ここで戦うのは構わないが誰も巻き込みたくないというのがアーデルの気持ちだ。
「どんな状況でアイツが出てくるのかは分からないけど、魔道具を受け取る時は私一人だけの方がいいね。たぶん、触った瞬間に出てくる可能性が高いから、魔道具を地面に置いてもらってから皆は大坑道から出て――」
「却下」
オフィーリアの冷たい声が響く。
アーデルは驚いているが、クリムドアやコンスタンツは頷いていた。
「危険だしアーデルさんが私達を守らなくてはいけないかもしれませんが、皆でいた方が色々と対策できるかもしれません。それにメイディー様の地獄の方がマシというような特訓で結界や治癒の魔法は威力が上がりましたので!」
「わたくしも魔の森で修行をいたしました。火力に特化した爆炎系の貴族として頑張りますわ!」
「ち、知識といえばクリムドアだぞ……?」
クリムドアだけは自信がなさそうだが、オフィーリアとコンスタンツは自信満々にそう告げる。
アーデルの顔は呆れていたが、徐々に嬉しそうな顔になった。
「分かったよ。なら手伝ってもらおうかね。でも、絶対に怪我なんかするんじゃないよ。それじゃ戦いの前にたらふく飯を食っておこう――」
アーデルの言葉が甲高い音でかき消される。
何度か聞いたことがある神経を逆なでするような音、空間が凍り付くような気配、時の守護者がやってくる合図だ。
「何が原因で……?」
時の守護者がやってくるときはいつもアーデルが行動を起こした時だ。だが、今回は朝食を食べているくらいで何もしていない。
考えていると、パペットがグラスドをわきに抱えて奥から走ってきた。
「作りかけのゴーレムに触ったら嫌な魔力の流れを感じました。危険な気配がしますが、こちらは大丈夫ですか?」
「パペットがゴーレムに触った……? もしかしてそのゴーレムが動いたのかい?」
「いえ、動いてはいません。ですが、これは以前工房で起きた時の状況と似ています。危険だと――」
パペットはそこまで言うと急に上を向いた。
またも不快な音が周囲に響き渡る。
すると天井付近の空間が裂けるように開き、そこから黒い液体が漏れるように地面へと落ちる。
全員がそれを見て構えると、ボコボコとうごめく黒い液体が徐々に形を作り始めた。
液体が変形を終えると、パペットが「驚きです」とつぶやいた。
足は蜘蛛のように八本、関節が多い腕が六本、背中には黒い翼、その全てがアダマンタイトでできているゴーレム。
問題は顔がパペットと同じであることだろう。
「私が以前目指していたゴーレムですね。まさか先に作られてしまうとは」
「なんだって?」
アーデルは驚きの声を出すが、パペットは「ですが」と口にする。
「あれは失敗作です。あんな姿じゃ村にいるフロストさんや精霊さん達が泣いてしまいます。今の私は戦闘力だけのゴーレムではなく、老若男女に愛されるゴーレムを目指していますので」
パペットはそう言うと亜空間から巨大なハンマーを取り出した。
「あんなのが私だと思われたら不愉快なのでボコボコにしてアダマンタイトを回収しましょう」