村の存在理由
村長はアーデルを見つめている。
年齢が倍以上違うのだが、明らかに力関係はアーデルの方が上。そのアーデルが聞きたいことがあると言ってからは部屋の緊張感が増していた。
クリムドアは冷静に椅子に座っているが、オフィーリアは村長とアーデルを交互に見ながらオロオロしている。
「なに、別に難しい話をしようってことじゃないんだ。正直に答えてくれればいい」
「……分かりました。それで、聞きたいことというのは?」
「なんで期限が切れても返しに来なかったんだい?」
「アーデル様が住んでいる森の奥まで行けないのです。護衛を雇うお金もなく、この村にいるのはほとんどが年寄りです。一番若い者がオフィーリアで、それ以外の者は五十を超えた者ばかりでして」
一度は村の者だけで魔の森の奥へ行こうとしたが、魔物に襲われて逃げかえってきたことがあるという。それを証明することはできないが、少なくとも延長をお願いしに行こうとはしたらしい。
「その後、アーデル様の家へ行った方から亡くなっていたと聞きました。なので期限が過ぎても借りたままに」
「なるほどね。まあ、理由としては妥当だよ」
「でしたら――」
「でも、よく分からないね。以前来たときは冒険者だとか傭兵に護衛を頼めたんだろう? その時の金はどこから出たんだい?」
「そ、それは――」
なぜか村長は慌てている。特に暑くもないのにかなりの汗をかいており、先ほどから手で汗をぬぐっていた。
そして話の流れがよく分からないクリムドアとオフィーリアは首を傾げている。理由を聞いて終わりのはずが、なぜか護衛のお金のことを聞きだしたアーデルの考えがよく分からないのだ。
「正直に言いな。だいたい予想はついているけどちゃんと聞いておきたいんだ」
アーデルがそう言うと村長は観念したように首を縦に振った。
「この村には役目がありました。最初は国からの援助で護衛を雇い魔の森の奥までいけたのです。ですが、期間の延長をする必要はないと援助してもらえませんでした」
「その役目というのを聞きたいんだがね」
「……この村はアーデル様を監視する目的で作られたのです。アーデル様が王都へいくならここは必ず通る。それを王都へ知らせるための村なのです」
その言葉に驚いたのはクリムドアとオフィーリアだ。
アーデルは予想がついていたのか、特に驚くこともなく村長を見つめていた。ただ、その目に感情はない。
さらに詳しく聞くと、川の水が使えなくなったのは本当で、それを国に相談したところ、アーデルの状況確認と魔道具の作製依頼をするようにと指示があったという。
その後、アーデルが亡くなり、村の役目も終わったのだが一部の住人はここに残ることにした。
「そんなことだろうと思ったよ。数十年前からばあさんが魔の森から出てこないか見張っていたわけだ。ろくなことをしないね、この国は」
アーデルはぶっきらぼうにそう言うと、椅子に体重を預けるように座った。行儀の良い座り方はやめ、今は椅子を斜めに傾けながら座っている。
そんな状態のアーデルに村長は勢い良く頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。国からの命令とは言え、ずっとこんなことを――」
「止めなよ。私はばあさんじゃないんだ。謝られたってどうしようもないんだよ。私が許すとか許さないとかの話じゃないからね」
「しかし、貴方はアーデル様のご家族では……?」
「違うよ。私もよく知らないが、一番近い関係は弟子さ――まさかとは思うが、家族じゃないなら魔道具を返さないって話かい?」
村長は首を横に振って否定した。
「アーデル様はおっしゃっていました。もし返しに来れないようなら自分に似た者が魔道具を回収に行くと。昨日は慌ててそんな記憶も忘れていたのですが、夜に思い出しましたので」
「ばあさんがそんなことを言ったのかい? 覚えがないけどね……?」
「そもそもアーデルさんはあの場にいらっしゃらなかったと思いますが?」
「ばあさんの部屋にいたよ。まあ、あの頃は小さかったし、部屋の隅っこにいたから、気づかなかったんじゃないかい?」
「え? そうでしたか……? ああ、でもそういう事なら知らなくて当然です。さきほどの言葉は見送りのために外へ出た時におっしゃっていたことですので。さすがに外まで一緒に出てくれば私も気づきましたから」
「ああ、外での話か。それなら私が知らなくてもおかしくないね。本当にそう言っていたのかは分からないが信じようじゃないか。でも、それならそれで別の疑問が湧くね」
「疑問とは?」
「なんでこの村に残っているんだい? 行く当てがないと言ってもここよりはマシだろう?」
ここは魔の森のそば。オフィーリアの話ではほとんど魔物は現れないとのことだが、今日無事だといっても明日無事だとは限らない。いつだって命の危険はある。
アーデルが亡くなったと聞いたのなら、魔道具はあっても川が使えないような場所に残る理由がない。
「一つはアーデル様への謝罪でしょうか」
「ばあさんへの謝罪?」
「私達はアーデル様を恐れながら生きてきました。その気になればこの村どころか国ごと破壊できるほどの方です。そんな方がいつこの村に攻め込んでくるか、それに怯えながら生きてきたのです」
村長はそこで言葉を切り、紅茶を飲む。そして息を吐きだしてから続けた。
「ですが、この五十年、そんなことはなかった。昨日は突然のことで恐怖を感じてしまいましたが、アーデル様は恐ろしい力を持っていてもその力を使って害をなすような方ではなかったのではと思っております。それに村のために快く魔道具を貸してくれました。そんな方をまるで悪魔の様に思っていた謝罪です」
「村に残ることが謝罪になるのかい?」
「分かりません。ただ、アーデル様が亡くなったからと言って村を放棄するのはあまりにも不義理かと思いまして。ここに骨を埋めるべきかと考えました」
「ふぅん。で、他にも理由があるんだね? 一つはって言ってたようだけど」
「もう一つは個人的な理由です。家族の墓が近くにありますので。他の者達も同じ理由で残りました」
「……そうかい」
アーデルはそれだけ言って紅茶を飲んだ。
そしてクリムドアとオフィーリアはそれを見守る。アーデルがどういう決断をするのか待っているのだ。
「悪いが魔道具は回収するよ」
アーデルがそれを口にすると、村長は目をつぶって頷いた。
「お、おい、アーデル」
「アーデルさん……」
クリムドアとオフィーリアは何かを訴えようとしたが、村長が「いえ」と口にした。
「仕方ありません。世界を救い、村のために魔道具を貸してくださったアーデル様に感謝するどころか忌み嫌っていたのです。アーデル様がいるせいで私達もこの村に縛られていると思ったこともあります。決して許されることでは――」
「待ちな。私は魔道具を回収すると言っただけだよ」
この部屋にいるアーデル以外が首を傾げた。
「湖にいるという魔物を倒して来てやるよ。それなら魔道具がなくてもこの村で生きていけるだろう?」
「で、ですが、湖の魔物はヒュドラと言って凶暴な魔物なのですが……」
「毒を持ってる多頭蛇か。遭ったことはないが、本で見たことがあるよ。そんなのが湖にいるんじゃ、そこから流れ出す川の水なんか飲めたもんじゃないね。まあ、安心しな。ばあさんほどじゃないが私も強い方だ。竜だって倒せるほどだからね」
アーデルはそう言ってクリムドアの方をニヤニヤと見る。
「その竜って俺の事か?」
「クリム以外の竜なんて見たことないよ」
そう言ってアーデルはさらに笑う。
「アーデルさんならそう言ってくれるって信じてました!」
「さっきまで世界の終りのような顔をしていたじゃないか。オフィーリアは本当に調子いいね」
アーデルはやや呆れた顔をしているが、当のオフィーリアはニコニコと笑顔だ。
「すぐ行くのか?」
クリムドアがそう言うとアーデルは頷いた。
「そうだね。でも、クリムはここにいな。私だけなら湖まで飛んでいける。湖の浄化も必要だろうから時間は掛かるが、今日中には終わるさ。それじゃすぐに準備をしようかね」
アーデルがそう言って椅子から立ち上がると、同じように村長も立ち上がった。そしてすぐに片膝を床に就けるようにして跪く。
「ありがとうございます、アーデル様」
「さっきも言ったろう。私はばあさんじゃない。様なんていらないよ」
「いえ、そう言わせてください。村の者にもそう言わせます。ですが一つだけ聞かせてください。なぜ助けてくださるのですか?」
先代のアーデルに対して監視をしていたという不愉快な話があったにもかかわらずアーデルは村のためにヒュドラを倒すと言った。それは村長だけでなく、クリムドアやオフィーリアも不思議に思う内容ではある。
「別に大した理由はないよ」
アーデルがそう言っても村長は引き下がらないようで、跪いたまま真剣な目で見つめている。
「……家族の墓が近くにあるんだろう? ならしっかり弔ってやるべきじゃないか」
「え?」
「この村に住めなくなったら誰が墓の面倒をみるんだい。ちゃんと面倒を見てやるんだね……ほら、話は終わりだから立ちな。それに私はこれから忙しいんだ。オフィーリア、昼飯用に何かつくってくれないかい、向こうで食べるからさ」
「え、あ、はい! 最高の料理を用意しますよ!」
アーデルはオフィーリアを連れて家を出て行った。
家に残ったのはクリムドアと村長だ。
「村長殿」
「は、はい」
「アーデルは口が悪いし、態度も悪い、そして人嫌いな上に強大な魔力を有している。だが、決して悪じゃない。恐怖を感じる必要はないとだけ言っておく。まあ、俺も出会って数日なんだが、それだけは間違いないと確信している」
「……はい」
「村の者にもそれを伝えておくといい。では、俺もなにか手伝えないか確認してくる」
村長は何も言わずに頭を下げる。
それを見たクリムドアは頷いてから村長の家を出た。