魂のない体
ホムンクルスとは魔法の秘術で作り出された人造人間。
グラスドはアーデルがホムンクルスの可能性があると説明したのだが、当のアーデルは良く分かっていなかった。
それは当然でアーデルはつい最近まで魔の森から外に出たことはなかった。魔女アーデルから聞いた話と家にある本の知識だけで、それ以外の常識的なことを知らない。
人造人間を作るために使った魔道具はグラスドが道具を作り、魔女アーデルが魔道具化した。人生の大半をその魔道具の中で過ごしたアーデルは人間やドワーフ、エルフに関しても同じだと思っていたのだ。
そんな状況でオフィーリアが何かに気付いた顔になった。
「そ、そういえば、フロストちゃんのことも年齢の割に大きいとか小さいとかドワーフなのかとか言ってましたっけ……?」
「私が八歳のころはもっと小さかったからね。あの魔道具の外に出た瞬間に体が大きくなったから、フロストもそうなのかと思い直したけど、ずいぶんと早く外に出したなとは思ったね」
「五十センチの魔道具に入っていたなら小さいに決まってますよ! そ、そうだ! 村の村長さん達がアーデルさんの家に魔道具を借りに行った時、アーデルさんはいなかったらしいですけど、その場にいたって言ってませんでしたか……?」
「いたよ。その魔道具の中で会話も聞いてたさ。村長は気付かなかったみたいだけど」
「ガラスの筒に入っているアーデルさんに気付くわけないでしょう!」
「何をそんなに興奮してるんだい?」
興奮するオフィーリア、驚愕の顔になっているクリムドアとコンスタンツ、そして驚いているか分からないパペット。そんな中、アーデルだけが普通だ。
「いいですか、アーデルさん、人は魔力で生まれないし、培養液とかの中で育ちません」
「そうなのかい。じゃあ、どうやって生まれるんだい? というか子供を作るってどうするんだい?」
ここでそれを説明するには抵抗があるのか、オフィーリアは後で教えると言い、問題はそこじゃないと言い出す。
「あの、アーデルさんが人間じゃないことは理解してくれてます?」
「そう聞いたね。人間じゃなくてホムンクルスという種族らしいが」
「……なんでそんなに落ち着いているんです? 普通、もっと慌てるとかあると思うんですけど……ショックじゃないんですか?」
「人間でないことはショックなことなのかい?」
「え? いや、えーと、どうでしょう?」
「ばあさんは私のことを何も言ってくれなかったけど、大事に育ててくれたとは思うよ。それに今はフィーたちと楽しくやってるから別にショックなことは何もないね。それに――」
アーデルはクリムドアとパペットにそれぞれ視線を向けた。
「クリムは竜だし、パペットはゴーレムじゃないか。ホムンクルスとかいう種族だとしても別に困ったことはないよ」
「そうだな、俺は竜だが別に困ってない。美味い物を食えるし」
「私も元気にゴーレムをやってます。年中無休で」
クリムドアはそう言って笑い、パペットは勢いよく右腕を前に出して親指を立てた。
アーデルはその二人に微笑むと、オフィーリアの方へ視線を戻す。
「ほらね? ああ、でもよく知らないんだが、ホムンクルスというのは忌み嫌われるようなものなのかい? 人間に敵対しているとか、特定の種族に嫌われているとか」
今度はグラスドの方へ視線を向ける。
グラスドは首を横に振った。
「そんなことはない」
「ならなんの問題も――」
「そもそもホムンクルスの生成に成功した例なんてないんじゃ」
「なんだって?」
「ホムンクルスの生成はエルフの秘術じゃ。だが、リンエールはそれが完全な形で成功した歴史はないと言っておった」
「それじゃ、私が最初の成功例ってことか」
「成功例? そんな言葉で言い表せるものか。神の奇跡と言えるほどのことじゃぞ。それに――」
「それに?」
「ホムンクルスというのは魔力で肉体を構築するだけの魔法にすぎないと言っておった。その肉体も数日しか持たんらしい」
「肉体を構築するだけ……? いや、でも私には……」
「気付いたか。そう、魂の生成はその秘術に含まれておらん。過去のエルフたちはそれを目指したようじゃが、それはできないと諦めた。当然じゃな、魂の生成など神の御業。人でしかない我々にそんなことはできるわけもない」
「なら私は――」
「改めて聞こう。お主はアーデルではないのじゃな? アーデルは魂の研究、魔力の研究をしておった。肉体に魂を移す魔法を作り出した可能性がある。魔力の形は違う様じゃが、ならその体に入っている魂はどこの誰じゃ?」
アーデルの顔が徐々に青ざめる。
ホムンクルスだと言われても特に動じなかったアーデルだが、今は相当にうろたえていた。
そもそも自分は何のために生まれてきたのかという考えが浮かんだためだ。魔女アーデルは魂のない体だけを作る予定だったのではないか。そこに自身の魂を移すつもりだった可能性がある。
魔道具の中にいたころの記憶も今となっては曖昧なところがある。魔女アーデルから聞かされた話は、そのまま魔女アーデルの記憶なのではないか。
自分は忘れているだけで本当は魔女アーデルなのだろうかという疑念がアーデルの頭の中を支配する。
さらには飛躍した考えも浮かんだ。
王城で時の守護者に「存在しない魂」と言われたことを思い出したためだ。
アーデルの魂と混ざり合って何か別のものに変化したのではないか。あの時は何のことか分からなかったが、このことを指しているのではないかとも思える。
アーデルは視線をさまよわせながらもなんとか落ち着こうと目の前のクッキーに手を伸ばす。だが、震えた手がそのクッキーをテーブルの上に落とした。
「あ……」
慌てて拾おうとするが、オフィーリアが先にそのクッキーを手に取った。
オフィーリアはそのクッキーを自分の口に入れると、バリボリと音を立てて噛み砕く。そして用意してあった紅茶のカップを取って、ゴクゴクと必要以上に喉を鳴らして飲んだ。
全員が驚いていると、オフィーリアは丁寧にカップを戻してから、右手でテーブルを思いきり叩く。その衝撃でカップが音を立てるほどだ。
「アーデルさんはアーデルさんですよ! ぶっきらぼうで口が悪くて常識とか欠如してますけど、すごく強くて優しくて、ちょっとツンデレが入った良い人なんです! それ以外の何者だって言うんですか!」
オフィーリアは鼻息を荒くしてグラスドを威嚇している。
その言葉に乗るようにクリムドア達が頷いた。
「俺も同感だ。アーデルの魂がなんであれ、それはアーデルであって魔女アーデルではない。だいたい、自分の魂がなんなのかなんて答えを出せる奴なんていない。重要なのはどう生きるかだろう?」
「その通りですわ。貴族も生まれながらに貴族というわけではありません。常に貴族の矜持を胸に生きることであって魂は関係ありませんわ」
「私なんか魂がないのに最強のゴーレムになろうと日々努力してます。褒めても――いえ、ここは強気でいきます。褒めろ」
それらの言葉をアーデルとグラスドはぽかんとした顔で聞いていたが、アーデルが急に笑い出した。
そして大きく息を吐くと、グラスドへ微笑みかける。さっきまでの不安そうな雰囲気はなく、憑き物が落ちたようなさっぱりした顔だ。
「さっきの答えだけどね、私はアーデルだよ。ばあさんの――魔女アーデルの弟子で名前を受け継いだ最強の魔女、それ以外の何者でもないさ」
アーデルの言葉にグラスドは驚いた顔をしていたが、ニカっと笑った。
「そうか。お主の言葉よりもほかの者達の言葉でお主のことは良く分かった。つまらん質問をして悪かったの――いや、これはとっておきの酒を出さないと許されんな! よし、最高の肉と酒をごちそうしてやるぞ!」
「そんなものよりアダマンタイトください」
「うむ、好きなだけ持っていくといい!」
「何を勝手に話を進めてんだい。それにアンタは酒が飲みたいだけじゃないか……まあいいか、肉はフィーが料理しておくれよ」
「任せてください! 最強の肉料理を提供しますよ!」
その日、空洞の中ではその場に似つかわしくないほどの明るい声が宴のようにずっと続くのだった。