ホムンクルス
アーデル達はグラスドが住み家にしているという場所へやってきた。
金属でできた家――と言えるほどではなく、鉄の板に囲まれた寝床と言った感じでグラスド一人しか入れないような場所だった。
当然、アーデル達はそこに入れるわけではなく、その前にある広場に座ることになったのだが、椅子などもなく地面に直接座る形なのを貴族であるコンスタンツは少々嫌がった。
なのでアーデル達は野営用の机や椅子などを取り出す。グラスドは驚きながらも興味深そうにそれらを見てから笑顔で椅子に座った。足が届かないのは愛嬌と言えるだろう。
オフィーリアが飲み物を用意すると、パペット以外がそれを飲み、一息ついた。
アーデルがなにから話すべきかと考えていると、コンスタンツが口を開いた。
「英雄で名工とも言われるグラスド様がこんな場所に住んでいるのですか?」
「英雄も名工も他人がそう言っておるだけじゃ。儂はただの武器職人。たまたまアーデル達と魔族の王を倒したにすぎん」
グラスドはそう言ってニカッと笑う。
「辛く苦しい戦いであったが、アーデル達と戦った日々は忘れられない儂の青春ともいえるな。名誉や栄光よりもあの時の思い出が儂の宝じゃ」
「それなのに私を見てばあさんが殺しに来たって何だい?」
かなり不満げな顔をしているアーデルにオフィーリアがそっとクッキーを差し出した。何も言わずにアーデルはそれをボリボリと食べる。
「そうじゃな、何から話したものか……まず、ウォルスの手紙にはお主のことが書いてあった。間違いなくアーデルではなく別人だと書いてあったの」
「魔力の形かい?」
「うむ。儂には見えんが、ウォルスは魔力を見ることができた。お主は間違いなくアーデルではないとのことじゃ」
「誤解が解けたなら何よりさ。で、ばあさんがアンタを殺す理由があるのかい?」
「そうじゃな。アーデルなら儂らを脅威に思うじゃろう」
「儂ら? 脅威?」
「ウォルス、リンエール、そして儂。魔族の王を共に倒した儂らのことじゃよ。アーデルが対抗できるなら儂らだけだと思ったはずじゃ」
アーデルは眉間にしわが寄る。
その話では魔女アーデルがそもそもグラスド達に敵対しているということだからだ。
愛情をもって育ててくれた魔女アーデルが理由もなく誰かと敵対するわけがないとアーデルは確信している。
そもそも敵対視していたのは周囲の人間。魔女アーデルはウォルスに迷惑をかけられないと自ら魔の森へ向かうほどの人物だ。
ただ、元創造神のキュリアスが言っていた言葉も気になる。この世界の魔女アーデルも最初は世界を滅ぼすつもりだったと。
「ばあさんはなんでアンタ達を脅威だと思うんだい?」
「アーデルは魔族の王との戦いで黒い靄に捕まり呪われたという話を知っておるか?」
「ウォルスがそんなことを言ってたね。ばあさんが魔力を汚されたって言ってたらしいけど」
「儂には見えんが、ウォルスには見えていたんじゃろう。アーデルの魔力がどす黒いものになったと泣きそうな顔でそう言いおった。儂はそう言うのに疎いのでな、サリファ教の教会で浄化してもらえばいい程度に思っておったんじゃよ。だが、そんな生易しいものではなかったらしい」
「呪いじゃないってことかい?」
「儂も詳しくは知らん。だが、魔法に長けたエルフのリンエールはずっとそのことを気にしていて色々調べていたそうじゃ。そして数年前、事情が分かった」
グラスドは飲み物が入ったカップを飲み干すとテーブルに置く。
「あれは魂を汚染するという力だそうじゃ」
「魂を汚染……」
「これはリンエールが言っておったことじゃが、魔族の王であったクリムドア、この者も何らかの理由で魂が汚染されたから世界を支配するという暴挙に出たのではないかと言っておった。それまでは賢王と呼ばれるほどの人物だったらしいからの」
オフィーリアがグラスドのカップにお茶を注ぐ。グラスドは礼を言うと、カップに口をつけてから大きく息を吐いた。
「ウォルスが生きているうちは何もしないとは思っておった。たとえどんな状況になろうともアーデルがウォルスを裏切ることはない。ウォルスはアーデルにとって脅威というよりも一種の楔じゃな。だが、そのウォルスが死んだと聞いてアーデルが動くと思っておったんじゃ」
「あの、グラスド様はアーデル様が亡くなったことを知らなかったんですか?」
オフィーリアの言葉に全員がそれを思いだす。
ウォルスが亡くなる前よりも先にアーデルは亡くなった。グラスドの心配はすでにない。
「もちろん知っておる」
「じゃあ、なんでばあさんが殺しに来たと思ったんだい?」
グラスドはアーデルから目を逸らす。だが、すぐにアーデルを見つめた。
「二十年ほど前だったが、アーデルがここへやってきた。魔の森という場所に引きこもっていることはウォルスからの手紙で知っておったから、あの時は驚いたものだったの」
急に何の話を始めたのか分からなかったが、何かあるのかと全員がそのまま聞いた。
「魔道具を作るので膨大な魔力に耐えられる物を作って欲しいと言われたんじゃ。お互いに歳をとったと笑いながらの話だったのでな、儂は鍛冶のために使う高熱を発生させる魔道具を貸してほしいと交換条件を出して引き受けた」
「膨大な魔力に耐えられる魔道具……?」
「アーデルはガラスでできた高さが五十センチほどの円柱の筒を持っておらんかったか?」
「あれはアンタが作ったのかい? その魔道具なら確かにあったね」
「……過去形か。なら、お主が壊したか?」
アーデルは驚きの顔になった。
なんでそれを知っているんだと不思議な視線でグラスドを見つめていたが、なぜか納得したような顔になった。
「ああ、そうか。でも、そういうこともあるんだろう? わざとじゃないんだよ」
「やはりお主が……」
そう言ってグラスドは黙る。二人だけが分かっているような会話にそれ以外は首を傾げた。
オフィーリアが見かねて口を開く。
「あの、その魔道具がどうしたんですか?」
「少し待ってくれ、これからすぐわかるはずじゃ。アーデルよ、子供がどう生まれるか知っておるか?」
訳の分からない質問に全員が不思議な顔をする。
「それはどういう意味だい?」
「単なる質問じゃ。人間でもドワーフでもエルフでも、どう生まれるのかを知っておるか?」
「もちろん知ってるさ」
「なら教えてくれ」
アーデルは首を傾げ目を細めてから口を開いた。
「培養液の中で生まれるんだろう? 特殊な培養液に魔力と血を混ぜることで生命が誕生するとばあさんの持っていた本に書いてあったよ」
「え?」
全員が驚いた顔でアーデルを見つめるが、アーデルはそれに気づかずに続ける。
「私はアンタが作った魔道具の中で育ったよ。時間をかけすぎたのか、外にでたら急に体が大きくなっちまってね、その時に壊しちまったけどさ」
「ア、アーデルさん……?」
「なんだい、皆、そんな驚いた顔をして……?」
「お主は自分が何者なのかを知っておるのか? いや、種族はなんじゃ?」
「さっきからなんなんだい? そんなの見れば分かるだろうに。人間じゃないか」
グラスドは首を横に振る。
「はっきりとしたことは言えんが、お主は人間ではない」
「なんだって?」
「おそらくお主はアーデルが魔法で作り出した人造人間――ホムンクルスじゃ」
「ばあさんが魔法で作り出した? でも、それのなにが人間と違うんだい? フィーたちだって同じだろう?」
いまだに何の違いがあるのか分からないアーデルは、驚いた顔のオフィーリア達を見て不思議そうにするのだった。