大空洞
大坑道の最下層に到着したアーデル達はその光景に驚いていた。
最下層は元々あった地下の空洞を掘り当てた場所だ。途中までは確かに人の手が入った道であったが、最下層は違う。天然の大空洞なのだ。
そして光が一切入らない場所にもかかわらず大空洞の中は明るい。それはむき出しの水晶が魔力に反応して自ら輝いているためだ。星が輝く夜空のような場所、それが大坑道の最下層だった。
ここまで来る途中、採掘しているドワーフ達に会うことはあったが、ここに近づくほどその数は減り、最下層へ続く坑道を守っていた門番のドワーフを最後に一時間は誰も見ていない。
ドワーフ達もここまでくると本能的に怖さも感じるのでなかなか近寄らないのだが、アーデル達は誰も怖がってはいなかった。綺麗な場所を見ることができて興奮しているくらいだ。
「綺麗な場所ですわね! うちの領地にも欲しいですわ!」
「欲しいと言っても貰えるわけじゃありませんからね?」
「フィーさんは夢がありませんわね。こういう場所があれば観光客がたくさん来るのですよ? フィーさん風に言うと、がっぽがっぽですわ」
「お金目的かー」
「お金は大事ですわよ? いくらあっても困らないもの、それがお金です」
そんな会話をしている二人から離れてアーデルとパペットはむき出しの水晶を見ている。
「魔力は持っているけど特別な水晶ではないね。大きさはかなりのものだけど、どこでも採れるようなものか」
「それが大事です。大きければ大きいほど魔力を貯めておけますから、巨大ゴーレムを作るなら必須かもしれません。ちなみにドリルと合体と変形は必須」
「知らないけど作るなら頑張んな。言っておくけど、最下層のものは鉱石も水晶も、持ち出し禁止なのは分かっているだろうね?」
「少しの間、目をつぶったりしませんか? 手で目を塞いでも可。もしくは見て見ぬふり」
「だから止めなって言ってるだろ」
パペットは無表情のまま両手で頭を抱えて「がーん」と言っている。
「おい、誰か来るぞ」
クリムドアが皆にそう伝える。
大空洞でこれだけ騒げば、同じ場所にいる相手には遠くでも伝わるだろう。全員が口を閉ざすと、周囲には天井から落ちる水滴の音と、誰かの足音だけが聞こえるようになった。
その足音の主が現れる。
地面に付きそうな白く長いあごひげ、しわだらけの顔なのにその眼光は鋭い。薄暗い場所でもがっしりしているのが分かる体つき、そして異様なほど魔力を放出しているつるはしを担いだドワーフがランタンを片手にアーデル達を見ている。
「お主ら、人間か? よくもまあ、こんなところまで――」
そこまで言ったところでドワーフは目を見開いた。
「アーデル……」
アーデルを見てそうつぶやいたドワーフ。アーデルの顔、それも若い頃のアーデルを知っているのはグラスド以外にはない。
アーデルはそう思ったが、返事をするのを少し待つ。
クリムドアが言っていた通り、グラスドがアーデルに対してどう思っているのか分からないからだ。敵対的な話はなく、魔道具を製作したり、魔道具を貸したりしている仲なので大丈夫だとは思ったが、それでも試すべきだろうと考えた結果だ。
そのグラスドは大きく息を吐くと、アーデルを見つめた。
「儂を殺しに来たか……」
「なんだって?」
「覚悟はできておる。だが、老いたとはいえ儂はアーデル達と魔王クリムドアを倒した戦士じゃ! ただでは死なんぞ!」
グラスドはそう言うと奥へと向かって走り出した。
全員がぽかんとしていると、オフィーリアが慌てた。
「よ、よくわかりませんけど、追いかけましょう!」
その言葉に我に返った全員がグラスドを追って奥へと向かう。
歩幅の違いもあってグラスドにはすぐに追いついた。そしてパペットがグラスドを捕まえる。
「ぬお! 離さんか!」
「これは内緒ですが、アダマンタイトと交換で見逃します」
「よし、取引成立じゃ!」
「ダメに決まってんだろう」
後から追い付いてきたアーデルがパペットにそう言ってからグラスドを見た。
そのグラスドはアーデルを睨むように見ている。
「私がアンタを殺しに来たってなんだい?」
「何をとぼけておる! あの時は気付かなかったが、貴様は魔王クリムドアじゃろう! ならばもう一度お主を倒す! 覚悟せい!」
「何を言っているのか分からないけどね、私は魔王じゃないよ。ばあさんがアンタに貸してた魔道具を回収しに来ただけさ」
「ばあさん……?」
「私はアンタと一緒に魔族の王を倒した魔女アーデルの弟子だよ。ばあさん本人じゃない。名前はアーデルを名乗っているけどね」
「なんじゃと……? いや、だまされんぞ! 大体、その姿がすべてを物語っておる!」
背後からパペットの両腕に拘束されているグラスドは何とか逃げ出そうとしているが、足も地面に届いていないのでうまく力を出すことができずもがいている。
アーデルは自分が魔女アーデルではないと証明したいのだが、どうすればいいのか分からない。自分は違うと言っても名前も見た目も格好も魔女アーデルなのだ。
そして疑問がある。なぜアーデルの若い頃の姿が魔王クリムドアなのかが理解できない。ウォルスは竜のクリムドアを見て魔王と言ったが、グラスドはアーデルを見て魔王と言っているのだ。
「あ! そういえば、ウォルス様の手紙があるとか言ってませんでしたっけ? 何が書かれているのかは分かりませんけど、アーデルさんの証明になるのでは?」
オフィーリアの言葉でアーデルも思い出した。
ウォルスが亡くなる前にアーデルは色々な話をしていたが、その時にグラスド宛の手紙を預かっていたのだ。
「ウォルスからアンタへの紹介状と手紙を預かってる。それを渡すから暴れるのを止めな」
「ウォルスの奴はすでに亡くなっているはずじゃ!」
「それは知ってるんだね。ウォルスが亡くなる前に預かったものだよ。中身は見ていないけど手紙を偽物だとか言わないだろうね?」
「……見せてみろ。アイツの字はお世辞でも上手いとは言えん。見ればわかる」
偉そうなドワーフだなと思いつつもパペットに持ち上げられている姿はやや滑稽だ。アーデルは呆れながらもゆっくりした動作で亜空間から手紙を取り出し、それをグラスドに渡した。
グラスドはパペットに持ち上げられたままその手紙を読む。
それを読み終えると、グラスドは「ふー」と息を吐きだした。
「降ろしてくれ。もう戦おうとは思っておらん」
パペットがアーデルに視線を向けると、アーデルは頷いた。
グラスドは地面に足をつけると、すぐに背中を向けた。
「こっちじゃ。向こうに儂が住みかとしている家がある。そこで色々聞かせてくれ」
そう言うとグラスドは歩き出す。
アーデル達は黙ってそれについていくのだった。