英雄の遺作
ビッグロックに着いた日の翌日、アーデル達は大坑道を奥へと進んでいた。
ブラッドが準備しておいてくれた入坑許可と採掘許可、その証明書を大坑道の入り口で見せるとすぐに中に入れた。
ただ、採掘許可はミスリルまでで、オリハルコンやアダマンタイトを採掘した場合は渡さなくてはならない。もちろん無料ではなく、買い取るという形だ。その買取価格まで許可証には記載されている。
パペットはがっかりしていたが、そもそも採掘のために来たわけではない。アーデルと一緒に魔王を倒した四英雄の一人、グラスドに会うためなのでパペット以外は特になんとも思っていなかった。
「せっかく採掘用ゴーレムを大量生産したのに、がーん、です。暴れていいですか?」
「ダメだろ。買い取ってくれると言ってるんだから掘るだけ掘ったらどうだい?」
「買い取るとは言ってもお酒になるだけです。お酒で私の体はパワーアップできません」
ドワーフの国に硬貨はない。鉱石や金属そのものがお金の代わりのようになっており、大体は物々交換になる。ブラッドも食料と鉱石を交換して自国へ戻ったらお金に換えるという形だ。
そして今回は発掘したオリハルコンやアダマンタイトはお酒になるという契約だ。ドワーフたちが作る酒はアルコール度数が高く、人間の国でもかなり重宝されている。金銭的な価値はかなりあるのだが、パペットには意味がない。
人間の国で金銭に変えて向こうで鉱石を買うということもできるが、明らかに値段が釣り合わないのでここで採掘したものをそのまま使用する方が効率的だ。
「ここはドワーフの皆さんに内緒で私のボディに金属を使ってしまうしかないかと。証拠隠滅です」
「怒られるからやめときな」
「ばれなければ何とかなると思います。人生はいつだってチャレンジ」
「ゴーレムが何言ってんだい。それに契約書に魔法が掛かっているって言ってただろ? ここにブラッドがサインしている時点でそんなことをしたらばれるんだよ。それにブラッドがオリハルコンを少しだけ買っておくって言ってたじゃないか。それに期待しな」
「残念ですが分かりました。ならアダマンタイトよりも硬そうな金属を探しましょう。それなら契約にないので採り放題です。では採掘隊、希少な金属を狙って採掘開始です。あと魔物がいたらすぐに撃破」
一メートルほどの人型ゴーレムが五体、パペットの命令に対して敬礼のポーズをとると、つるはしを肩にかけてから奥へと向かった。なぜか「えっほ、えっほ」と掛け声もかけている
口もないのにどうやって声を出しているんだと不思議に思っているとパペットが胸を反らした。
「あの掛け声は昨日ドワーフさん達に教わりました。伝統ある掛け声だそうです」
「いや、そうじゃなくてどうやって声を出しているのかと思ってね」
「ゴーレムの口付近に声を出す魔法陣を仕込んであります。注入した魔力が切れるまでは言い続けますよ」
「私はそのために魔力を注入したのかい?」
アーデルは朝からパペットにたたき起こされてゴーレムに魔力を注入したのだが、そんな使われ方をするのは不本意である。
「まあまあ、いいじゃないですか。声を出さずに採掘しているゴーレムがいたら、大坑道にいるドワーフさん達も驚きますよ。魔物扱いされないためにも声を出すのは必要じゃないですか」
オフィーリアの説明にアーデルはそれもそうかと納得した。納得した後に本当にそうかと疑ったが。
「それと注意事項ですが、コニーさん、ここではお得意の炎魔法は使っちゃだめですよ」
「それくらい心得ておりますわ。空気が薄くなるということでしょう? ほかにも可燃性のガスが出る場所があるとかないとか。わたくしをただ燃やすだけの女だとは思わない方がいいですわ!」
「別に燃やすだけの女だとは思ってませんけどね」
「それにしても、坑道とは埃っぽいですわね。後学のために来たのですが、せっかくのドレスが台無しですわ!」
「言おう言おうと思ってましたけど、なんでドレスを着てるんですか?」
「服はこれしかありませんから仕方ありませんわ」
「それは仕方ないですね。でも、後学ってなんです? みんなで行こうと言ったのは私ですけど、コニーさんにはここへ来る理由があったんですか?」
「魔の森には採掘できるような場所もあるとアーデルさんが言ってましたので、事前に鉱山とはどういうところなのか確認しておこうかと思いまして。ドレスで来てはいけないことが分かりましたので、坑道用の服を準備した方がいいでしょう。どこかの町から裁縫師を連れてこなくてはなりません。勉強になりますわ」
その言葉にアーデルとオフィーリアは少しだけ残念そうな視線を向けるが、やっていること自体は領民のためなのだろうと少しだけ感心する。
「さあ、さらに奥へ行きますわよ! ここでの経験を領地に反映させてこそ貴族! どんと来いですわ!」
「コニーさんは最近庶民の言葉をよく使いますよねー」
「それはフィーの影響じゃないのかい?」
そんな緊張感のない状況ではありつつもアーデル達は奥へと進むのだった。
鉱山は下へと進むほど希少な鉱石が採れるとされている。地下へ行くほど魔力が溜まりやすく、金属がその影響を受けやすいと言われているからだ。
グラスドがいる場所は大坑道でも最下層と言われる場所だった。
本来ならそこへ行く許可はなかなか出ないのだが、アーデルが道を塞いでいた岩を破壊したことや、パペットがドワーフたちに気に入られたこともあって許可が出たという経緯がある。
グラスドは面倒な依頼から逃げるためにそこにいるという話だったが、何かの贖罪だという情報もあった。
たまに食料や酒を買いに来るグラスドだが、普通の会話はするものの、大坑道で何をしているかは一切語らない。ただ、昔、かなり酔ったときにぽろっとこぼしたことがある。
「知らんかったとはいえ、儂は手を貸した。あれは許されない行為じゃろうな」
それだけ言うといびきをかいて寝てしまったらしい。
翌日、そのことについて尋ねても「なんのことじゃ?」と言って答えてはくれないという話だった。ドワーフたちは触れてはいけないことなのかとそれ以降は誰もそのことについて聞いていない。
「あの話が何か気になるのかい?」
アーデルは隣をゆっくり飛んでいるクリムドアに尋ねる。話を聞いてから何やら難しい顔をしていたのでアーデルは少し心配していたのだ。
「俺がいた未来の話だが、大坑道の奥でグラスドが作ったらしい魔道具が見つかった。英雄の遺作という名前で呼ばれているが、何のために作られたのかは分かっていない。ただ、一番支持されていた説が新たな魔王を倒すために残したのではないかと言われている」
「新たな魔王……?」
「気を悪くしてほしくないんだが、後の学者たちは魔族の王を倒した魔女アーデルが次の脅威になったときのために作っていたのではないかと言っていたな――いや、だから怒らないでくれ。未来の学者の推測なんて願望も入っているわけだから」
クリムドアがいた未来では世界の滅亡がアーデルが残した魔道具だと判明している。そのために滅亡の魔女と呼ばれていた。そのあたりから学者が推測した話だとクリムドアは懸命に説明している。
「ああもう、分かったよ。でも、怒ると分かってるなら言うんじゃないよ」
「言わないと話が進まないだろう? そんなわけでグラスドはこの坑道で何かを作っているはずなんだ。理由は単なる気まぐれなのかもしれないが、それが気になっている」
「なるほどね。で、それはどんなモノなんだい?」
「それが未完成でな。アダマンタイトで作られた鎧のようなモノとしか言えないんだ」
「鎧ね。でも魔道具というからには描き込まれた魔法陣があったんじゃないのかい?」
「そっちも未完成で結局なんだったのか分かっていないんだ。ただ、一部だけは解析が成功している。なんでも魔法を完全に防ぐ防具になっていただろうと言われていたな」
「そういやそんな鎧を見たことがあるよ」
アーデルは以前、クリムドアとオフィーリアがさらわれた砦で魔法を打ち消す鎧を着た兵士たちと戦った。ただ、魔法を無効化しても物理的な攻撃には強くないという弱点があるので、念動力で硬貨をぶつけるだけで勝てた。
「ああ、物理的な攻撃にも強くなるようにアダマンタイトを使っているという話かい?」
「可能性はあるが分からん。なにせ形状も魔法陣も未完成だったからな。それで、その……」
クリムドアがちらちらとアーデルを見ている。
「なんだい? 言いにくいことかい?」
「グラスドが魔女アーデルに対して敵対的な態度だったらどうする?」
「気にしているのはそれか。別になんとも思わないよ。ばあさんの悪口を言うもんならボコボコにしちまうだけださ」
「いや、なんとも思ってるだろう」
「大坑道にこもっているグラスドがばあさんが亡くなったことを知っているかどうか微妙だけどね、私の姿を見ればどう思っていたかはすぐわかるんじゃないのかい? その態度次第だよ」
「グラスドが魔女アーデルを嫌っていたという話は未来でもない。たのむから穏便にすませてくれよ?」
「約束はできないが努力はするよ」
アーデルはそう言って笑う。目は笑っていないが。
クリムドアはそれを見てオフィーリアに大量のクッキーをすぐに取り出せる準備しておいてほしいと頼むのだった。