大坑道
アーデル達は夜になる前にビッグロックへ到着した。
巨大な岩が観光名所になっているほどの場所だが、それよりも有名なのはかなり深いところまで掘り進めた坑道の方だった。
銅、鉄、銀などの鉱石も見つかるが、希少な金属であるミスリルやオリハルコンなどもある。ここ数年はないがアダマンタイトという世界でも発見例が少ない鉱石なども見つかる。
希少な金属は自然の金属が何らかの理由で魔力を持つことで変化する。深ければ深いほど魔力の影響を受ける可能性が高いので、アリの巣のように掘り進めた結果、世界でも有数の大坑道になった。
いまだに枯渇することなく鉱石が掘れることもあって、ドワーフたちは生まれると一度はここに来ると言われているほどだった。
そんな話をアーデル達は宿泊している宿の女主人から聞いている。
ドワーフは話し好きなのか、特に聞かなくとも色々教えてくれた。問題はなかなか本題に入ってくれないことだが。
「色々と分かったけどグラスドはどこにいるんだい?」
「ああ、そんな話だったね! グラスド様なら今は大坑道の中だよ。四英雄と言われているんだからもう危険な場所に行く必要はないのに、生涯現役とか言っていまだに自分で掘ってるのさ」
「へぇ」
「というのは半分建前なんだけどねぇ」
「建前?」
「グラスド様が作る物は武具でもなんでも出来がいいんだよ。いまだにお偉いさんからあれこれ作ってくれと言われて嫌になっちまったのさ。だから坑道にこもって忙しい振りをしているんだよ」
それを教えていいのかと尋ねると、「皆知ってる事さ」と言って女主人は笑った。
その後、宿の主人は「ごゆっくり」と言ってテーブルから離れていく。
周囲ではドワーフたちが酒を飲みながら歌っている。うるさいと言えばその通りではあるが、陽気でテンポの良い歌は聞いているだけで元気になる気がするため、それに文句をつける者はいない。
アーデル達も特に苦にしておらず、そんな喧騒の中、普通に話をしていた。
「それじゃ明日はその大坑道とやらに行ってみようかね」
「でも、坑道のどこ辺りにいるのかは分かりませんよ?」
オフィーリアの疑問はもっともだが、アーデルには考えがある。
「ばあさんが作った魔道具だけど、私には大体の場所が分かるんだよ。それに位置を示す魔法もある。ばあさんは回収のためにそういう魔法を残してくれたのさ。だからちゃちゃっと行ってくるよ」
「ちゃちゃっと? まさか一人で行くわけじゃないですよね?」
「そのつもりだけど?」
「だーめーでーすーよー! なんで一人で行こうとしてるんですか! みんなで行きましょう!」
「でも、坑道は危険だって言ってたじゃないか。崩れる可能性だってあるし、場所によっては魔物がいるとも言ってただろう?」
たまに巨大なモグラやミミズの魔物が出ることもあって、浅いところならともかく最深部はかなりの危険度だという。それだけ希少な鉱石が採れることもあるので危険を冒していく者もいるが、命を落とす可能性もあるとのことだった。
「私一人なら何とかなるからね。だからみんなはここで――」
「却下です」
オフィーリアがアーデルの言葉を食い気味に否定する。猫が威嚇するような感じではあるが、アーデルを案じてのことなので強くは否定できない。それに神殿に行った時もか無理を通しているのでここでダメとも言いづらい。
さてどうしたものかと思っていると、コンスタンツが扇子を開いて口元を隠した。
「こうなったフィーさんを説得するのは時間の無駄ですわ。皆で行きましょう」
その言葉にオフィーリアにうんうんと頷く。
「すまないが俺は残るぞ。今後の旅費を稼がなくてはいけないし、戦えない俺は足手まといだからな。それにこういう場所ではパペットが活躍できるんだろう?」
ブラッドの言葉にパペットはクワッと目を開く。
「よくぞ言ってくれました。坑道探索用ゴーレムを大量に製造しましたので大活躍間違いなしです。褒めても――いえ、褒めましょう」
パペットは両手を上げると、指先から紙吹雪が飛び出して周囲に舞った。
それを見たドワーフたちは大喜びで騒ぎ、パペットを有無を言わさず連れて行く。そしてパペットの周りで踊りだした。
あっという間にその状況になったのでアーデル達は誰も止められなかったが、パペット自身は気にしていないらしい。
そしてパペットも見様見真似でドワーフたちと踊りだす。無表情でぎこちない踊りだが、ノリがいいということで大盛り上がりだ。
「なんだかねぇ」
アーデル達も踊りを誘われたが断った。楽しい雰囲気は嫌いじゃないが、あれに混ざるのはやや勇気がいるのだ。
歌と踊りで盛り上がっているパペットは放っておいて、アーデルはクリムドアを見た。
「クリムはどうするんだい?」
アーデルは話を戻す。ブラッドはともかく、すでに皆で行くことになっているので最後にクリムドアの意見を聞いた。
「行くに決まっているだろう」
「決まっていたのかい」
「戦いの役には立たないが気になることがあるんでな」
「気になること?」
「キュリアス様の話だ。ここへ来る間にアーデルが聞いた話を教えてくれただろう?」
アーデルはキュリアスとの会話の内容を馬車の中で全員に話した。また、クリムドアが持っていた結界を張る魔道具に関しても、自分が作った可能性が高いとも話している。
それに関してはクリムドアがかなり驚いていたが否定はしていない。どの内容も半信半疑ではあるが、基本的にはそれが本当のことだとして受け入れているようであった。
「俺の思い過ごしかもしれないが、アーデルとは一緒に行動した方がいいと思ってな」
「なんだいそりゃ? 何を気にしてるんだい?」
クリムドアはアーデルを見つめる。その後、首を横に振った。
「さっき言った通り俺の思い過ごしかもしれん。確信に変わるまで話すのは控えたいと思う――間違っていたら恥ずかしいからな」
最後は冗談っぽく言ったがクリムドアの目は真剣だった。
アーデルとしては納得できないが、まあいいかと聞くのは諦めた。
「仕方ないね。一人の方が楽なんだけど、なら皆で行こうか。ブラッドはこっちで商売の方を頼むよ」
「任せてくれ。そうだ、坑道で何か良い鉱石を見つけたら確保しておいてくれよ。売るから」
「勝手に持って帰っていいのかは分からないけど、見つけたら手に入れておくよ。さて、それじゃ明日のためにも美味いもんを食っておこうか。塩辛い物ばっかりなんだけどね」
「どう見てもお酒のつまみですよね……ここは私が本気を出しますか!」
オフィーリアはそう言ってフライパンを取り出す。店で食事を勝手に作るのはよくないが、宿の女主人は「うちの料理人とやる気かい!? 受けて立つよ!」と言い出して、なぜか料理対決も始まった。
陽気でノリが良すぎるドワーフの宿は遅くまで盛り上がるのだった。