竜の神の恩人
アーデルは神殿の外へと向かっている。
キュリアスの話は「はい、そうですか」と言える内容ではない。さらには意味深なことを言われ、アーデルは混乱するだけだ。
ただ、不思議と嘘には思えなかった。
今日初めて会った相手を信頼するわけがない。さらには時渡りやクリムドアのことを知っている時点で怪しさだけは十分にある。敵だと言われた方がまだ納得できるだろう。
(私を見るあの目……胡散臭いとも思ったけど、あれはばあさんが私を見るときのような目だったね。何もかも違うのに安心できるような感じだ)
単純だとは思ったが、たったそれだけでアーデルはキュリアスを敵ではないと認識してしまっていた。普段なら絶対にありえないと思いつつも、昔から知っているような友人のように思える。
アーデルは神殿の外に出ると、両手を上げ体全体を伸ばした。
意外と緊張してしまっていたのだと思い、長めに息を吐く。そして改めて神殿を見ようと振り返った。
そこでアーデルは目を見開く。
あったはずの神殿が無くなっているのだ。
つい先ほどまで神殿の通路を歩いていたのに、そんなものは最初からなかったと言えるほど何もない。
(次元が交わる場所とか言ってたね。夢でも見ていたような気分だよ)
誰かが見せた夢なのか、それとも自分の妄想なのか。アーデルはそう思ったが、どちらでもいいと思えた。
世界の滅亡を防いでほしいなどと言われたが、そんなことはアーデルに関係ない。魔道具を回収するという仕事をいまさらやめるつもりはないのだ。その結果、世界を救うことになったところで、それもアーデルには関係がないこと。
ただ、魔女アーデルの評判は良いものに変わってきているが、魔道具がいつか世界を滅ぼすならそれは魔女アーデルがしでかしたことになる。はるか未来の話だとしてもそんな状況にはさせるつもりはない。
(それにクリムがうるさいからね……さて、時間前に帰らないとフィーもうるさいからすぐに帰ろうか)
アーデルは神殿があった場所をもう一度見てから、クリムドア達がいる場所へと飛ぶのだった。
オフィーリア達は飛んでくるアーデルを目視すると安心した様子で迎えた。
すでに道を塞いでいた岩の撤去は終わっており、昼食をとってからビッグロックへ向かうことに決まる。オフィーリアをはじめ、全員がアーデルの話を聞きたそうにしていたが、まずは食事の用意だと準備を進めた。
パンとシチューが全員にいきわたり、さあ食べようというなったところですぐにコンスタンツが口を開く。
「それでアーデルさん、あの山頂には何がありましたの?」
何となく言い出しにくいことでも躊躇しないのは貴族であるコンスタンツの特権なのか、それとも単刀直入に言ってしまうのは貴族としてはダメなのか微妙なところだ。とはいえ、全員がアーデルの言葉を聞きたがっているのでそれを指摘する者はいない。
アーデルにもそれが分かっているのか、パンを口でかじり取ってからよく噛んで飲み込むと話を始める。
「元は神だというキュリアスって奴がいたよ。創造神だって言ってたけど、そんな奴を知ってるかい?」
パペットは首を傾げているが、それ以外の全員が驚きの顔でアーデルを見つめる。とくにオフィーリアは持っていたパンが手から落下してシチューの器に落ちるほどだ。
「キュ、キュ、キュ……」
「落ち着きなよ」
「キュリアス様がいたんですか!?」
「危ないから落ち着きな。シチューがこぼれちまうよ」
アーデルに頭突きをしそうな勢いで詰め寄るオフィーリア。それをアーデルは念動の魔法で防ぐ。
「キュリアス様と言ったらサリファ様と同じくらい有名な神様ですよ!」
「へぇ、そうなのかい?」
「そうなのかいって! キュリアス教というのはありませんけど、サリファ様と同格の神様な上に親友と言えるほどの方なんですってば! サリファ教でもそういう風に伝えられているんですよ!」
「親友ねぇ。なんか私のことも友達だと言ってたけど」
「神様に友達って!」
オフィーリアはそこまで言うと、何かに気付いたような顔になり、腕を組んで首を傾げた。
「アーデルさんがキュリアス様の友達なら、アーデルさんの友達である私は友達の友達……?」
「間違っちゃいないだろうけど友達の友達ってほぼ無関係なんじゃないのかい?」
「いえ! 友達の友達は友達ですよ! そしてキュリアス様がサリファ様の親友なら私もサリファ様の友達と言ってもいいのでは……?」
「そんなわけないだろうに。大体、キュリアスとは言ってたけど本人かどうかなんて証明できないんだからさ」
「銀色の髪に中性的な顔立ちか?」
クリムドアがそう尋ねると、アーデルは少しだけ驚いた顔になった。それだけで証明になるわけではないが、そんな感じであったことは間違いない。
アーデルの驚いた顔でクリムドアは察する。
「まさか本当に? なら、その神殿に本はあったか?」
「……答える前に聞きたいんだけど、なんでそんなことを聞くんだい?」
「俺が知っている話だと、本の管理をしている神様だって話だったからな」
「なら間違いないのかね。神殿の中は図書館みたいなところだったよ。まあ、大量の本はあったけど、私が手に取った本には何も書かれていなかったね」
「本当か!?」
「クリムも落ち着きな」
先ほどのオフィーリアと同様に今度はクリムドアがアーデルに詰め寄る。またも同じように念動の魔法でそれを防いだ。
アーデルは「興奮するんじゃないよ」となだめるが、クリムドアはいつもよりはるかに興奮気味だ。
「興奮もする。母である竜の神が生まれたのはキュリアス様のおかげらしいからな」
「そうなのかい?」
「うむ。俺もあってみたかった……そうそう、本のことだが、以前、アーカイブという本がある話をしたことがあるだろう?」
「アーカイブ……確かにそんなことを言ってたね。すべてのことが書かれているとかなんとか」
「母は本来、竜王という立場であったが、アーカイブを見たことによって竜の神になったと言っていた。そしてそのアーカイブを管理しているのがキュリアス様という話だ」
「そのアーカイブという本を見ると神になれるのかい?」
「実はそのあたりを詳しく聞いていないんだ。むしろ逆なのかもしれないな」
「逆?」
「本を読むためには神になるしかないということなのかもしれん……まあ、そこは重要なことじゃないんだ。母はキュリアス様ともう一人、名も知らぬ女性に感謝していると何度も言っていたんだ」
「女性?」
「キュリアス様に依頼されて卵の状態だった母を安全な無人島に届けてくれたらしい。さらに魔道具を使って数百年近い効果がある結界も張っていてくれたそうだ。母が無事に生まれることができたのは、キュリアス様とその女性のおかげだと言っていたことがある。つまり俺が無事に生まれたのもキュリアス様とその女性のおかげだな」
「へぇ。魔道具だとしても数百年持つというなら相当な魔法使いなんだろうね……もしかしてばあさんの魔道具だったのかい?」
魔女アーデルの魔道具は世界に滅亡をもたらすほどだが、何百年も使える魔道具という意味では相当貴重なものだ。魔女アーデル以外にそんなものが作れるなら会ってみたいが、そもそも魔女アーデルが作った魔道具の可能性がある。
その問いかけにクリムドアは首を横に振った。
「いや、それはその女性が作った魔道具だと聞いている。見るか?」
「持ってんのかい?」
「今でも使えるし、何かの役に立つかもしれないと母から託された。亜空間に入っている」
クリムドアはそう言うと亜空間から魔道具を取り出した。手のひらサイズのピラミッドに似た黒い魔道具。それをアーデルに渡す。
魔道具はあくまでも道具。劣化するため耐久年数があり、それは普通の物と変わらない。数百年もの間結界を張ったというなら魔道具自体が劣化しない何かが組み込まれているはず。
アーデルはそう思って受け取った魔道具の解析を始める。
「……これをクリムの母親が持ってたのかい?」
「そうだが、それがどうしたんだ?」
「……いや、何でもないよ」
魔道具に描き込む魔法陣は描いた人物の癖が出る。中にはその魔法陣に自分が描いた魔法陣だと示す何かを仕込むこともあった。
アーデルが魔道具から解析した魔法陣には自分のサインが描き込まれていた。
(私はこんなものを作っていない。つまり別の世界の私――クリムがいた世界の私がこれを作ったってことか……キュリアスの言葉に信憑性が出たってことだね……)
アーデルは複雑な気持ちで別の世界の自分が作った魔道具を見つめるのだった。