図書館
「クリム、未来で建てた神殿は何かを参考にしたのかい?」
山頂にある神殿を見たアーデルはすぐさま馬車の方へと戻り、クリムドアに確認した。
距離があるので全く同じものかどうかは分からないが遠目には同じものだ。ただ、時代が違えば場所も違う。
未来で見た神殿は神々が住むという人間の国にある山。常に雲がかかっており、山頂へ行くことはできないと言われている場所。
今のところ問題があるわけではない。クリムドアの答えによっては「そういうことか」で終わる話だ。
アーデルはそれを期待して問いかける。
急に話を振られたクリムドア、そして何のことか分からないオフィーリア達は不思議そうな顔をしている。
「いきなりどうした? 未来で建てた神殿がなんだって?」
「あれはクリムが建てたんだろう? 何かを参考にして建てたのかい?」
「参考にしたというか神殿と言われて思い浮かぶような造形はあれしかないと思うぞ。まあ、時の守護者から身を守るために入り口だけは小さくしたが――役には立ってなかったな。あの場所で鎖による封印をされてしまったから……」
落ち込んでいるクリムドアを放置してアーデルは考える。
アーデルも神殿と言われて思いつくのはあの造りだ。いくつもの巨大な柱が神殿の屋根を支えている造形。ただ、それだとしても、あそこまで同じであるわけがない。
今度はドワーフの責任者にあの神殿は何なのかと尋ねた。
「神殿? 山頂に? そんなもの知らんぞ。山頂はいつも雲に覆われておるし、そこへ通じるような道はない。アンタみたいに飛ばんかぎりたどり着けんと思うが。そもそも、あんなところにどうやって建てるんじゃ?」
山は険しく、山頂付近は柱のようにそびえ立ち、近づくのも難しい。ドワーフが言う通り、空を飛べるならともかく歩いていけるわけがない。種族的に魔力が少ないドワーフなら魔法で飛ぶこともできないだろう。
アーデルは少し考えたあと、口を開く。
「ちょっと神殿まで行ってくるよ」
「な、なに言ってんですか! だめですよ!」
オフィーリアから抗議の声が上がる。クリムドア達は口にしていないが、同じ気持ちなのかうんうんと頷いていた。
「あれが何なのか気になるんだよ」
「だめですってば! 行くとしたら一人じゃないですか!」
「ならコニーと一緒に――」
話を振られたコンスタンツは首を横に振る。
「悔しいですが私の魔力でも山頂までいけませんわ。あそこまで高いと寒さ対策に結界も必要になるでしょうし魔力が持ちません。というか、あの距離でよく神殿があるって見えますわね?」
「目は良い方だからね。ならやっぱり一人で――」
「危ないからだめですってば! 大体、行く理由がないじゃないですか!」
それを言われるとアーデルも返す言葉がない。だが、納得してもらえるかどうかはともかく、行く理由はある。
「でも、気になるんだよ。ただの建造物だったら不思議だと思う程度だけど、未来で見た神殿にそっくりなんだ。それにあそこに何かあるって私の勘が言ってるんだよ。危険なことはしないって約束するから頼むよ」
珍しいアーデルのお願いに、オフィーリアも迷いを見せる。
そこへコンスタンツが割り込んだ。
「行かせましょう」
「ちょ、コニーさん!」
「ここで行かせないと言っても、アーデルさんなら勝手に行くことになりますわ。なら、私達が分かっている間に行ってきてもらった方がいいです。ここは私達に許可を取ろうとしてくれたアーデルさんの顔を立てましょう。それにほら」
コンスタンツはオフィーリアに周囲を見るように促す。
アーデルが破壊した巨大な岩をドワーフたちが撤去しているが、通れるようになるまであと一、二時間はかかるだろう。
「結局ここでしばらく足止めです。その間に行ってもらいましょう。アーデルさん、二時間でここに戻りなさい。それでしたら許可いたします」
「二時間だね? 飛べばそれほどの距離でもないから問題ないと思うよ。ちょっと中を見てくるだけだから。それでどうだい?」
アーデルはそう言ってオフィーリアの方を見る。
オフィーリアは眉間にしわを寄せていたが、大きく息を吐くと「分かりました」と口にした。
「絶対に二時間だけですよ。あと、危険だと感じたらすぐに帰ってきてください」
「もちろんさ。フィーが作った昼食に間に合わないのは悲しいからね」
そう言われて複雑な表情を見せるオフィーリアだが、行くと決まったのですぐさま準備を始めた。傷薬や水筒、クッキーなどの携帯食をアーデルの亜空間に放り込む。
それにパペットが作った即席の時計ゴーレムもアーデルに持たさせた。
「これを見てちゃんと帰ってきてくださいね。あんなところにある物なんて危険に決まってるんですから」
「心配性だね。大丈夫だよ、危険なことはしないって約束したじゃないか」
「相手が人なら心配なんてしませんけど、山頂に神殿を建てるような存在ってなにか危険な感じがするんですよぅ。時の守護者とかそういう感じの相手が出てきたらすぐに逃げてくださいよ……?」
「ああ、そういうのがいたね、まあ、大丈夫さ。なんていうか嫌な感じはしないんだ。それに気のせいかもしれないけど、呼ばれているような気がするんだよ」
そんな風に言うとは思っていなかったのか、全員が目を丸くしてアーデルを見つめる。
「らしくなかったね。それじゃ行ってくるよ。お昼はシチューがいいね」
「分かりました。美味しいの作っておきます!」
アーデルは頷くと飛行の魔法で浮遊してから、すぐに山頂へ向かって飛び立った。
歩けば数時間かかるようなところでも高速で飛べば数分。
心の中にあるモヤモヤを解消して、すぐにオフィーリア達のところへ戻ろうと、かなりの速度で飛んだ。
(近づけば近づくほど、未来で見た神殿にそっくりだ。いったい誰が建てたんだい……?)
未来には一ヶ月ほどいたが、あの時に見た神殿にはそれなりに期待していた。もしかしたら滅亡した世界にも誰かがいると思ったからだ。クリムドアがいたときは結構喜んだことを思い出す。
あの時は別に死んでもいいとも思っていたが、今はそんな風に思っていない。自分の帰りを待っている人たちがいるなら、どんな状況になっても帰らなくてはならない。
オフィーリアの言う通り無理に神殿へ行く必要はない。だが、アーデルは神殿――正確には神殿にいる誰かに呼ばれているような気がしている。
それは人生で初めてだと言ってもいいだろう。アーデルの古い知り合いといえば、ばあさんと慕った初代アーデルしかいないが、それよりも古い知人に会うような心地なのだ。
アーデルは少しだけ逸る気持ちを抑えながら神殿の入り口に立った。
(やっぱり同じだ。未来で見たあの神殿と同じ……さあ、何がいるんだい?)
場所も時代も違うのに、それでも全く同じように思える神殿。
アーデルは人が一人しか通れないような狭い通路を歩く。
そして広間に出た。
未来では鎖に吊るされたクリムドアがいた。だが、今回は違う。
部屋は大量の本で埋め尽くされている。本棚が整然と並んでおり、本が綺麗に収まっていた。
(これは図書館? 行ったことはないけど、王都にあるとか言ってたね)
アーデルは本棚に近づく。そして本を本棚から一冊抜き取った。
(なんだい、中身は書かれていないじゃないか)
立派な背表紙だが、中身は何も書かれていない。最初に見た本だけでなく、アーデルが手に取った本は全てそうだった。
アーデルが本を戻すと、かすかなに音が聞こえた。
静寂な場所だからこそ初めて気づく音。紙がこすれるような音がもっと奥から聞こえる。
誰かいるのかとアーデルは音がする方へ向かった。
神殿の中心部、そこに書斎机があった。その机の上に大量の本が積まれているが、いつ崩れ落ちるか不安を感じさせる積み方だ。
そして積まれた本の向こう側から本をめくる微かな音が聞こえた。
「誰かいるのかい?」
アーデルはそう言いながら、机を回り込むように本の壁の向こう側へ移動する。
そこには足を組んで椅子に座りながら、優雅に本を読んでいる青年がいた。
その青年が視線を本からアーデルに向ける。
「やあ、久しぶりだね……いや、今の君だと初めまして、だったかな?」
儚げに微笑む青年はアーデルを見ながらそう言ったのだった。