危険な魔道具
アーデルとクリムドアは教会で一夜を過ごした。
そして今日はオフィーリアを含めた三人で村長の家へ向かうことになった。
理由はもちろん魔道具の回収。本来、その話し合いにオフィーリアは必要ないが、クリムドアがいた方がいいと言った。
村長達のアーデルに対する怯え方は尋常ではない。ただ、オフィーリアに関しては先代のアーデルのことを良く知らないためか、怯えるようなことはなく普通に接している。
無用な怯えは逆にアーデルの感情を逆なでする可能性がある。それにアーデルは人は嫌いだといいながらもオフィーリアとは友達の様に色々と話をしているので抑止力になると判断したからだ。
このことについてはアーデルとオフィーリアに包み隠さずに言った。言わなくてもいい事かもしれないが、二人ともそんなことで気を悪くしないと思ったからだ。
そして二人ともそれを了承した。
あまり朝早く行っても困るだろうと、今は教会の食堂でオフィーリアが作った朝食をゆっくりと食べている。暖かいトウモロコシのスープとサラダ、そして村で作ったというパンのメニューだ。
「昨日の料理も美味かったが、朝食もいいじゃないか」
アーデルがそう言いながらパンをかじると、オフィーリアは嬉しそうにしている。
「王都に居た頃、教会の焚きだし準備で料理は一通り習いましたから。さすがにお店で出せるほどじゃありませんけど、それなりに自信はありますよ。今日は百点中――百二十点ですね!」
「自己評価が高いね。美味いからいいけど」
「いいか、アーデル、昨日も言ったがこれが料理だ。肉を焼いただけでも料理だろうが俺は認めんぞ」
「なんの目線で言ってんだい。大体、竜なら生で肉を食ったって平気だろうに」
そんな会話をしながら朝食をとっていた。
食後の飲み物を飲んでいるところで、オフィーリアが口を開いた。
「ところで村長さんになんの魔道具を貸しているんですか?」
「言ってなかったか。この村に水の出る魔道具があるはずだが、それは先代のアーデルが村長に貸した物なんだ。それを回収しに来たんだが」
クリムドアがそう説明すると、オフィーリアは顎に右手を当てて首を傾げたが何かに気付いた。
「もしかして村にある噴水ですか?」
「どういう使われ方をしているのかは知らないが、おそらくそれだろう」
「え、でも、あれがなくなったら村が……」
オフィーリアは困った顔でアーデルに視線を向ける。
「そんな目で見ないでおくれよ。オフィーリアには悪いけど、あれは貸出期限が決まっているんだ。ばあさんが死んだからってあげたものじゃないんだよ」
「なら貸出を延長してもらうことは――」
「ばあさんの家にそれを言いに来たのなら考えてやったけどね、期限が切れてるのに何も言わずにそのまま使っているのは返す気がないんじゃないかい?」
何も言えなくなってしまったオフィーリアだが、しゅんとした顔でアーデルを見つめる。
その視線に耐えられないのか、アーデルは首を横に向けて視線を合わせないようにした。
「オフィーリア、この村にやってくる人はいるか? 行商人とか」
クリムドアが脈絡のない話を始めた。
アーデルもオフィーリアもなぜそんな話をするのかと不思議そうな顔をする。
「来ますよ。月に一回くらいですが。ちょうどその時期ですね。数日中に来ると思います」
「そうか。その行商人は水の出る魔道具を売ってくれとは言わないのか?」
「え? いえ、そういう話があったとは聞いたことがないですね。私がここへ来る前はあったかもしれませんが。あ、以前、国の騎士様達がここまで来て噴水を調べたという話は聞いたことがありますよ」
「そうか……」
「あの、それがなにか……?」
「魔力を込めれば水が湧き出る魔道具。これは危険なんだ」
「え? 水が出るだけですよね?」
勢いよく水が出て攻撃するようなものではなく、単に水がゆっくりと出るだけの魔道具。攻撃魔法でもないので、危険ではないというのがオフィーリアの考えだ。
クリムドアは首を横に振った。
「水は人が生きる上で必要不可欠だ。魔力を使うが、誰にでも、そしてどこでも水を作れるというのは誰もが欲しい物なんだよ」
「それは確かにそうですね」
「そしてそれを一番欲しがるのは国だ。戦争で利用できるからな」
「え?」
「戦争をするには多くの兵士が必要だ。行軍や戦線を維持するためには食料や水が必要になるわけだが、どちらも運送に時間がかかる。だが、水の出る魔道具があればある程度は解消できるわけだ。水を作る魔法はあるが、誰にでも使えるわけじゃない。それが誰にでも使えるならこんなに便利な物はないだろうな」
「そんな……」
「商人が来ても欲しがらない、騎士が来て調査したが持ち帰ることはなかった。それは――」
クリムドアはそこまで言いかけてアーデルの方を見た。
アーデルは仕方ないとばかりに口を開いた。
「認識阻害の魔法が掛かっているんだよ。あれを持ち去ろうとかいう考えが浮かばないようになってるのさ」
水の出る魔道具には先代のアーデルが認識阻害の魔法をかけていた。
魔道具を見ても意識に靄が掛かり上手く認識できず、百メートルほど離れるとその魔道具の存在すら忘れてしまうという程の魔法だ。
「盗賊なんかがおまじない程度に使う魔法だが、ばあさんの認識阻害は強力だ。でもね、永遠じゃなくて有効時間がある。それが貸出期限なんだよ」
「つ、つまり……?」
「今は認識阻害が働いていないから、あの魔道具を見たら売ってくれと言うだろうね。それならまだマシで盗んでいく可能性もあると思うよ」
「そんな!」
この憶測はアーデルとクリムドアが昨日の夜遅くまで話をして行きついた考えだった。二つの未来の状況、そしてアーデルが知っている情報、それらを組み合わせてこの可能性が高いと判断した。
おそらくではあるが、村に盗賊などがやって来て水の出る魔道具を奪っていく。それをオフィーリアはアーデルの仕業と勘違いして魔女殺しの聖女になるというストーリーだ。
「でも、安心しな。私が魔道具を回収すれば村に危険はないよ」
「そ、そうですね!」
オフィーリアは勢いよく立ち上がってそう言ったが、すぐに首を傾げた。
「でも、魔道具が無かったら村に住んでいられないと思うんですけど……?」
「それは村長次第だね。面倒なことがなければ助けてやってもいいが、少しでも気に入らなければ魔道具を回収して終わりさ――さて、行こうかい」
オフィーリアは複雑な顔をしながらも、アーデル達を連れて教会を出た。
村長の家に行く前、村の中心にある噴水を見ることになった。
アーデル達が思っていたよりも立派な噴水で石造りの二段型となっている。直径二メートルほどの円型で、五十センチほどの高さまで水をためておける造りだ。さらに五十センチ上には直径一メートルほどの受け皿があり、さらにその五十センチ上には女神像のオブジェがあった。
その女神像が魔道具――水が出る水晶玉を両手で天に掲げるようなポーズをとっている。
噴水のどの部分からでも魔力を込めれば水が出るようになっているようで、オフィーリアが試しにやって見せると、女神像が持つ水晶玉から水が湧き出て受け皿に落ち、そこが溢れるとさらに水が下へ落ちる仕組みだった。
「ばあさんが作った魔道具を女神に持たせてるのかい?」
「ダ、ダメですか!? かえます! アーデル様の像と交換しますから!」
「別に気に障ったってわけじゃないよ。そんなことくらいで無理矢理回収しないから安心しな。ほら、もういいから村長の家に案内しておくれ」
「は、はい、こっちです」
小さな村なので村長の家はすでに見えていた。他の家よりも大きい家ではあるが、木の板がかなり古くボロボロで手入れがされているようには思えない。崩れ落ちるほどではないが、これではもって数年だろうと思えるほどだ。
「村長さん、おはようございます、オフィーリアです」
そう言ってノックすると、すぐに村長が扉を開けた。そして笑顔でオフィーリアに「おはよう」と返す。
その後、アーデル達にも「おはようございます」と頭を下げた。
アーデルはやや驚きつつも、後頭部を右手でガリガリと掻いてから口を開いた。
「あー、えーと、おはよう。朝早くから悪いね」
「いえ、そんなことはありません。どうぞお入りください」
村長に促されてアーデル達は家へ入る。
外見通り、中も手入れがされているとは言い難くボロボロだった。とはいえ、昨日のオフィーリアの様にキチンと掃除をしてくれていたのか清潔感はある。
村長はアーデル達に座る様に勧めた。オフィーリアが同席するのは初めて知ったことだったが、四人掛けのテーブルなので特に問題はなく、アーデルとクリムドア、オフィーリアと村長がテーブルを挟んで座ることになった。アーデルの前が村長だ。
アーデルは村長を見る。それなりの高齢で五十後半から六十代前半。茶色の目で髪はあるが真っ白でしわも多い。ただ、体つきはかなりがっしりしており、若い頃はかなり強かったのではないかと思えた。
その村長が四人分の紅茶を用意してから口を開く。
「まずは謝罪を。昨日は申し訳ありませんでした」
そう言って村長は座ったままアーデルに頭を下げる。
「頭を上げな。気にしちゃいないよ。私を見ただけでああいう反応をするとは思っていなかったが、名前を言ったらああなるとは思っていたからさ」
村長が頭を戻すとアーデルを見つめた。
「ありがとうございます。それでアーデル様が来た理由なのですが――」
「様なんてやめておくれよ。私はばあさんじゃないんだ。様づけされるような奴じゃないからね」
「は、はぁ、ではアーデルさんはどうしてこの村へ……?」
「分かっているんじゃないのかい?」
「……水の魔道具の件でしょうか?」
「その通りだよ。貸出期限が切れたから回収しに来た」
「やはりそうでしたか……勝手な話ですが引き続き貸していただくことは可能でしょうか?」
「それは止めた方がいいと思うが、村長次第では助けてやってもいい」
「私次第ですか……?」
「聞きたいことがあるんだよ。ちゃんと答えてくれたら考えてやらないこともないね」
アーデルはそう言って村長を見つめた。