商人の腕
アーデル達は王都にある港で船を見上げている。
ブラッドが指定した港には全長二百メートルほどの船があり、近くに停泊している船とは全くサイズが異なっていた。しかも造られたばかりで新品の状態だ。
もっと小さな船を想像していたアーデル達は驚いていた。
「私は一応王都の生まれなんですけど、こんなに大きな船は初めて見ましたよ」
子供のころは王都の孤児院にいたオフィーリアが船を見上げながらそう言った。
「大きいのは悪いことではありません。私が乗るのにふさわしい船だと思いますわ!」
「……コニーさんは大きいものとか好きですよねー」
「高いところも好きですわ! あのマストの上に登ってみたいですわね!」
「空を飛べるのに……」
そんなオフィーリアとコンスタンツのやり取りの近くでパペットがアーデルに話しかけた。
「巨大ゴーレムというのもいつかは作ってみたいです。それともこれより大きな船型ゴーレムで金属製という手もありますね。ドリルとか付けたら格好いいと思います」
「その感性は分からないけど、作ってみたらいいんじゃないかい。まあ、金属だと海に浮かないとは思うけど」
「がーん……いえ、頑張れば金属でも浮くのではないかと。浮力的なアレで。もしくは魔法」
「浮力的なアレってなんだい? そうだ、クリムに聞けばいいか。未来だと金属の船とかあるのかい?」
皆と同じように船を見上げていたクリムドアが前足を組んでから唸る。
「まあ、言ってもいいか。ゴーレムではないが、金属製の船もあるぞ。今から二百年くらい先だが、海の魔物たちが異常繁殖してな、それを倒すために頑丈な船が必要になったという歴史がある――変なことをして歴史を変えるなよ?」
「滅亡の歴史を変えようとしているのに、歴史を変えるなと言うのはかなりの矛盾していると思いますが?」
「うぐ。ま、まあ、パペットの言う通りではあるんだが……そう! あまり派手に変えると時の守護者が来るから気をつけろという意味だ」
「ああ、そうでした。仕方ありません。金属の船は誰かが作ってから作ろうと思います。まずは木製の巨大ゴーレム船を作って、そこにドリルをつけます」
アーデルがドリルは必須なんだなと思っていると、船の甲板にいたブラッドが笑顔でタラップを降りてきた。
「久しぶりだな。準備は終わっているし、いつでも出航できるようにしておいた」
「助かるよ。それはいいとして、でかくないかい?」
「普通だと思うぞ。漁船ならもっと小さいがドワーフの国まで行くような船ならこれくらいじゃないとな」
「へぇ、そういうものなんだね。ところで、これの動力は魔力かい?」
「風などの自然の力も使うが、ほとんどは魔力だな。この船自体が巨大な魔道具と言ってもいいと思うぞ」
「相当な魔力を使いそうだね。でも、まさか今回のために造ったのかい? 三ヶ月もなかっただろうに」
巨大な船を造るのにどれくらいの時間がかかるのか。それはアーデルも知らないが、そう簡単に造れるものではないというのは分かる。
ブラッドに依頼してから今日までそれほど日数があったわけではない。それなのに準備できていることに驚いていた。
「資金難で頓挫した作りかけの船があったんでな、それを買い取った。もともとは貴族が商売で使うための船だったが、今の貴族はすぐに手に入る現金が欲しいこともあって意外と安く買えたよ」
「なるほどね。安く買えたのはブラッドの商人としての腕が上がったってことか」
「まさか。全部アーデルのおかげさ。元手は薬の売り上げだし、貴族の懐が寂しい状況を作ったのもそうだ。俺はそれに便乗しただけだよ」
「謙遜かい? 金があったって安く買えるかどうかは商人の腕にかかっていると思うけどね。まあいいさ、それじゃ、この船を借りていいんだね?」
アーデルの言葉にブラッドは首を傾げる。
「何を言ってるんだ? 借りるも何もこれはアーデルの船だぞ?」
「……なんだって?」
「アーデルから預かっている金で買ったんだから名義はアーデルに決まっているだろう? これがその書類だ」
ブラッドはそう言って亜空間から大量の書類を取り出た。分厚い本のような書類だが、それをアーデルに渡す。
書類の最初に書かれているのはアーデルが所有者という内容だった。
「こんなでかい船を持ってたって邪魔なだけだろう? ほかの国へ行くのにも使うだろうけど、たった数回のためだけに買ったのかい? 確かに私のお金はブラッドに預けているんだから好きに使ってくれていいけど――」
「そう慌てるな。俺だってたった数回の航海のためだけに大金は使わない」
「なら、どうしてだい?」
胡散臭いものを見るようなまなざしのアーデルに対してブラッドがニヤリと笑った。
「この船を俺に貸さないか? 管理から運用まで俺に任せてくれるなら、賃貸料のほかに利益の二割をアーデルに渡そう」
「賃貸料はともかく、利益?」
「この船を使ってドワーフの国と貿易を行うつもりなんだ。向こうは食料が不足気味だから、こっちの食料を鉱石と交換してくれるんだよ」
ドワーフの国はそこまで大きくない島で、ほとんどが硬い岩でできている。作物が育つような土壌が少なく、人間の国へ出稼ぎに来る者も多い。人間の国で流通している硬貨をドワーフの国で使うことはできないが物々交換は可能だ。
アーデルは知らないがアルデガロー国の作物は人気があり、希少な鉱石と交換してくれることでも有名だった。
「危険な航路を使って少量の貿易じゃ割に合わないが、これほどの船なら大きな利益が出せる。どうだ?」
アーデルはなるほどと思ったが、目を細めてブラッドを見つめた。
「どうもこうも、ここまで用意されちゃ頼むしかないじゃないか。これだけ大きいと亜空間に入れるのも厳しいし、一人で管理できるわけないんだからさ」
「使い終わったら船を親父に売って金に換えるという手もあるぞ?」
「どっちにしてもブラッドに利があるってことじゃないかい? まあ、商人ならそれくらい強引な手を使うのは普通かね……まあいいさ、信頼して金を預けたんだ。金も船も好きに使ってくれていいよ。どうせ私にはどっちも上手く使えないからね」
「助かる。預けてよかったと思ってもらえるようにするから期待してくれ。ちなみにこれがこれまでの収支報告になる。目を通しておいて欲しい」
先ほどの書類と同じくらいの量をアーデルは渡されたが、特に見ることもなく亜空間にしまう。
「いちいち報告をあげなくてもいいよ。金の管理は全部ブラッドに任せるからさ」
「それはそれで責任が重いな。だが、その信頼には必ず応えよう」
ブラッドはそう言って笑う。
そこへ船を動かすための船員がやってきて、アーデル達と言葉を交わした。
船員を雇う金もアーデルから支払われている。アーデルは雇い主だが、戦争を終わらせた英雄的な扱いもされているので、船員たちは緊張気味だった。
そのあたりの緊張をほぐしたのがオフィーリアだ。
クッキーを配りつつ、孤児院時代の話をしながらあっという間に仲良くなった。オフィーリアがいたところとは違うが孤児院出身の船員がいたのも功を奏したのだろう。孤児院あるあるの話で盛り上がっている。
とくにアーデルが何かをすることもなく、船員たちはやる気が漲っていた。国が疲弊しており賃金が安く、仕事も少なくなっていたが、今回の仕事はかなりの大口。ブラッドの提示した金額が多かったこともあり、雇い主のアーデルにもかなり感謝していた。
その後、出発は明日の朝ということになった。船の点検や荷物の積み込みなどはすでに終わっているのですぐにでも出発できるのだが、そこまで急ぐ必要はないためだ。
「アーデルさん、ここはお金を使ってでも船員達に英気を養ってもらうべきですわ! 雇い主がケチってはいけません!」
そう言ったのはコンスタンツだが、ブラッドも同意した。
「それはいいかもしれないな。しばらくは海の上だ。今日の夕食くらいはこちらで用意してやれば頑張ってくれると思うぞ。お金を出すのはアーデルだからどちらでも構わないが……」
「そういうものなのかい? なら今日の夕食は皆で美味いものでも食おうじゃないか。店はブラッドに頼んでいいかい。王都の料理店なんか知らないからさ」
「分かった。なら懇意にしている食堂にしよう。高級店ではないが、客層も悪くないし魚料理が美味いんだ。火加減が絶妙というか味付けにこだわりを感じる」
その言葉に反応したのがクリムドアとオフィーリア、そしてパペットだ。理由はそれぞれだが、三人ともすぐに行こうと言っている。
夕食にはまだ早い時間ではあるが、アーデル達は船員たちを連れてブラッドのお勧め食堂へ向かうのだった。