ドワーフの名工
アーデル達は王都へ向かっている。
移動はパペットが用意した馬型ゴーレムなので夜通し移動することも可能だが、さすがにずっと馬車の中にいるのはアーデル達の方が苦痛なので休憩を取りながら進んでいた。
王都まであと半日という場所で野営の準備を始めた。
近くに町や村がないわけではないが、上等な宿があるかというとそうでもない。むしろ野営の方が豪華と言えるほどになっている。また、アーデル達が町や村に寄ると歓待される可能性が高いので極力寄らないようにもしていた。
「夕食の準備が整いましたよー、ちゃんと手を洗ってくださいねー」
オフィーリアが火にかけられた鍋を木製のレードルでかき混ぜながらそう言う。
するとクリムドアが鍋に近づいて鼻をひくひくさせた。
「いい匂いだが今日は料理はなんなんだ?」
「今日は野菜たっぷり牛肉スープにふんわりパンですね。明日には王都に着くので残っていた食材を全部鍋にぶち込みました。お代わり自由ですよ」
お代わり自由ということでクリムドアは小躍りしている。
「踊るほど嬉しいなら作った甲斐がありますね。そういえばフロストちゃんもその踊りを見て一緒に踊ってましたっけ。執事さん達が微妙な顔をしてましたけど」
「……なぜか村にいる水の精霊も踊っていたな。俺はあんな変な踊りをしているのか……?」
「クリムさんの踊りを真似ている子はいませんよ。全員が独自の踊りですけど楽しければいいんです」
そんな会話にコンスタンツが割り込んだ。いつもの扇子を広げて口元を隠す。
「フロストさんは私の弟子、いつかちゃんとした踊りを指導して差し上げますわ!」
「あー、貴族ならちゃんとした場での踊りがあるんですよね。フロストちゃんは貴族じゃないですけど、お父様が貴族に近い方ですし、社交界に参加することもあるんですかね?」
「参加することがあるかどうかはともかく覚えておいても損はありません。そういえば、聖女であるフィーさんもこれからはそういうことがあるのでは?」
鍋をかき混ぜていたオフィーリアの手が止まる。時間が止まったように全く動かない。
「火を止めた方がいいんじゃないか? 焦げるぞ?」
クリムドアの言葉にハッとなってオフィーリアは動き出す。火にかけていた鍋を地面に移動させた。
「そ、そうですよね。聖女となったからにはそういう可能性も。サリファ教の本部がある町では聖女様が貴族に呼ばれることもあるとかないとか」
「サリファ教と仲良くしているという印象を周囲に与えるのは悪くありませんからね。この国ももう少し落ち着いたらそういうことがあるかもしれません。良かったら踊りを教えてあげてもよろしいですわよ?」
「ぜひ! もしかしたら踊りながらプロポーズされるかもしれませんから! 背負い投げをしたら大変ですし!」
「なぜ踊りで背負い投げを……? それはともかく、踊りながらプロポーズなんてほぼ結婚詐欺ですわ。他国は知りませんが我が国ですと貴族が社交界の場で本人にプロポーズなんてするわけありません。何度か会う約束を取り付けてお互いを知ってから家を通して打診するのが筋ですわ。お金に困ってるとか言われてサリファ教の寄付金を貢いではいけませんわよ?」
「夢くらい見たっていいじゃないですか……」
「腹減ったんだけど、夕食はまだかい?」
話題に入っていけなかったアーデルがそう言うと、オフィーリアが慌てて木製の皿にスープをよそい始めた。その後、パペットがゴーレムで作ったパンを皆に配り、夕食が始まるのだった。
道から少し離れた場所でアーデル達は焚火を囲んでいる。すでに夕食が終わり、今はだんらんの最中だ。
すでに日は落ちて空には星が輝いている。アーデルの結界のおかげで寒くも暑くもなく、オオカミなども寄ってこない。寄ってきたとしてもパペットが用意した護衛ゴーレムが周囲を偵察しており、襲ってきた魔物を瞬殺していた。
「ところでアーデルさんはドワーフの国でどんな魔道具を回収するんですか?」
オフィーリアがそう尋ねてからクッキーを食べた。
アーデルは咀嚼していたクッキーを飲み干してから口を開く。
「貸している魔道具は火を作り出すものだね」
「火というと、パペットちゃんが持ってるランプみたいな魔道具ですか?」
魔女アーデルがパペットの師匠である人形師に貸していた魔道具、それはランプのような外見で周囲の魔力を吸い取って永遠に燃え続けるというものだ。
話を聞いていたパペットが亜空間からそのランプを取り出した。
「これのことですか?」
オフィーリアが頷く。
パペットがいた工房で見た時と全く変わらずに紫色の炎が揺らめいていた。
アーデルはそのランプを少し見つめてから首を横に振った。
「ドワーフの国にあるものは違うものだよ。それは単純にランプの代わりをするものだが、向こうにあるのは鍛冶で使うためのもので、もっと温度が高い炎が作れるんだ。なんでも希少な金属を加工するためには普通の火じゃダメみたいで、魔力によって温度を上げないといけないとか聞いたね」
オフィーリア達がへぇと驚いていると、パペットが口を開いた。
「希少な金属といえばミスリルとかオリハルコン、アダマンタイトですね。あれは普通の火で加工できませんから」
「パペットはそういうのに詳しいのかい?」
「はい。金属の加工はゴーレムづくりに欠かせません。でも、私が扱えるのはミスリルやオリハルコンで、アダマンタイトを加工したことはありません。今回、ドワーフさんの国でその技術を盗もうと思ってます。武力行使も辞さない気持ちです」
「いや、武力行使はダメだろ」
「がーん」
「そうですわ、パペットさん。武力行使は最後の最後。それまでは根気よく交渉しませんと」
「なるほど。コンスタンツさんの言葉は奥が深いですね」
「深いところなんてどこにもないだろうに。頼むから武力行使はしないでおくれよ。ちなみに、そのランプを作ったのはドワーフさ。魔道具化したのはばあさんだけどね」
その場にいる全員がパペットが持つランプを見る。
「そういわれると普通に流通しているランプとはちょっと違いますね。見た目を重視しているのか、結構なこだわりを感じます」
オフィーリアがランプに顔を近づけながらそう言った。
ランプのガラス部分は普通だが、台座となっている部分には巧みな模様が施されている。
同じようにランプを見ていたコンスタンツが「あ」と声をだした。
「まさかとは思いますが、これを作ったのは名工グラスド様ですか?」
「へぇ、見ただけで分かるなんてすごいじゃないか」
「やっぱり。まあ、貴族たるもの、芸術にも明るくありませんといけませんから。ですが、グラスド様といえば……」
アーデルは頷いた。
「そうだね、ばあさんやウォルスと一緒に魔族の王を倒した四英雄の一人であるグラスドさ。ばあさんはそのランプを作ってもらう代わりに高温の炎を作る魔道具を貸したのさ」
アーデルはそう言ってからまたクッキーを口に放り込んだ。
「あ、あのー、アーデルさんはグラスドさんに怒ってます?」
オフィーリアが上目遣いでそう尋ねると、アーデルは目を細めた。
「なんでだい?」
「以前はウォルス様のことを恨んでましたし、アーデル様以外の四英雄を恨んでいるのかなって」
「ああ、そういうことか。いや、今はそんなことないよ。ウォルスの話を聞く前なら間違いなく恨んでいたけどね。それに魔道具を返しに来なかったのも、場所が場所だけになかなか来れなかっただけだろうと思ってるよ」
「ならよかったです。なら回収もすぐに終わりそうですし、ドワーフの国を観光しましょうか!」
その言葉に全員が賛成なのか、どこへ行くべきかと話を始めた。
そんな中、アーデルはコンスタンツに声をかけた。
「コニー、ちょっといいかい?」
「なんでしょう?」
「ドワーフの国へ私が行くことを連絡をしてくれたと聞いたんだが、間違いないかい?」
「間違いありませんわ。先触れとしてドワーフの王族にアーデルさんや私が行くことは伝わっています。とはいえ、海を越えないといけませんから、ちょうど連絡が届いたかどうかというところだと思いますが」
「そうかい」
「何か気になる点でも?」
「いや、グラスドの顔を知らないんだよ。連絡が行ったなら、ちゃんと紹介してもらえるだろうと思ってね」
「確かに私も知りませんわね。肖像画みたいなものがあればいいのですが……まあ、何とかなると思いますわ。わざわざ偽物を紹介するとも思えませんし」
「そうだね。さて、それじゃ明日は王都だから早めに寝ようか。海は見たことあるけど船に乗るのは初めてだから、少しだけ楽しみなんだ」
アーデルの言葉を肯定するようにクリムドアが頷いた。
「海でとれる魚も美味いらしいぞ。俺もそれが楽しみなんだ」
「ぶれないね。まあ、料理に関してはフィーの管轄だから美味いものを作ってもらいな」
その後、魚料理の話で盛り上がり、早めの就寝とはならなかった。