出発前日
アーデル村で過ごすこと数日、王都にいるブラッドから連絡があった。
パペットが作った鳥型ゴーレムが手紙を持ってきたのだ。 内容によれば、あと数日で準備が整うのでこちらに向かってほしいとのこと。明日に出発すればちょうどいいという塩梅だ。
準備自体は王都でブラッドが対応している。特に何も持たずに村を出ても問題はない。とはいえ、すぐに村を出るのも不義理ということで、今日の夜は夕食を皆で食べ、明日の朝出発するということになった。
まだ行くメンバーをしっかりと決めていないというのがあるため、それを決める集まりがサリファ教の教会で行われている。
参加者はアーデル、クリムドア、オフィーリア、パペット、コンスタンツ、そしてメイディーとフロストだ。フロストのそばには執事とメイドが控えている。
食堂のテーブルを囲むように座り、そのテーブルにはクッキーと紅茶がそれぞれ置かれている。昼食を食べたばかりだが、アーデルはクッキーを口の中に放り込んだ。
「クリムとフィーが来ることは決まっていたけど、パペットとコニーも来るのかい?」
言われた二人は同時に頷く。
そしてコンスタンツは少しだけゴージャスになった赤い羽根付きの扇子を取り出してびしっとアーデルに向けた。
「当然ですわ!」
「でも、領主だろ?」
このあたりの領地はコンスタンツが治めている。領主としてここにいるのは当然のことだが、それ以外にも魔の森で魔物を狩り、その素材を売るという仕事をしている。
アルデガロー国としてはその素材が財政の一部を支えているのでここを放棄されるのは困るはず。魔物を狩るのもそれなりの強さがなくてはならず、今のところコンスタンツが一番の稼ぎ頭だ。
色々なことに疎いアーデルでもそれくらいは理解しているのでコンスタンツに疑問をぶつけたが、コンスタンツは扇子を勢いよく開き、口元を隠して笑い出した。
「そのあたりはぬかりありません。そもそもわたくし一人だけで領地の財政を賄うのはよろしくありません。領地の運営自体はお父様たちに任せておりますが、魔物を狩るのは別の方にお任せしましたわ!」
「へぇ? コニー並みに強い奴がいるのかい?」
「パペットさんのゴーレム部隊ですわ!」
「えっへん」
パペットがふんぞり返っている。表情はあまりないが、ドヤ顔を作ろうとしているのは分かった。
「でも、そのパペットもついてくるんだろう? 大丈夫なのかい? ゴーレムなんだから壊れることだってあるだろう?」
ゴーレムが強いことはアーデルも分かっているが、それを作り出したパペットが近くにいないのはなんとなく危険なような気がしないでもない。
さすがにゴーレムが暴走するということはないだろうが、魔力切れで動かなくなったり、強い魔物に負けたりする可能性はある。
「問題ないです。ゴーレムを修理するゴーレムも作りましたので。鉱石などはブラッドさんのお店から買ってますし、いっぱい直せます」
それはどうなんだろうと思ったが、よく考えればパペットもゴーレムだ。ゴーレムがゴーレムを直すのは問題ないのだろうと今更ながらに思った。
「なら大丈夫なのかね。でも、二人はなんで行くんだい? 来てくれるのはありがたいし、嫌ってわけじゃないんだけど」
コンスタンツが扇子を閉じてから懐にしまった。そして眉間にしわを寄せる。
「分かっていると思いますが、我が国はかなりの財政難に直面しておりますわ」
「だろうね」
「魔の森の魔物から手に入れた素材を隣国へ輸出して利益を上げておりますが、それだけでやっていけるほど甘いものではありません」
そのあたりに詳しくはないが、たぶんそうなのだろうとアーデルは思っている。
希少な素材は高値で売れるが、需要の問題もあり常に売れるわけでもないし、絶対に素材を手に入れることができるというわけでもない。
「アーデルさんのおかげで村では薬品作りなども行っておりますが、そちらもまだまだ大きな利益にはなりません。そこで目に付けたのがドワーフの国ですわ」
「そこと取引をするって話かい?」
「ええ。ドワーフの皆さんは基本的に金属の加工が得意なのですが、魔物の素材を使った加工も得意と聞きます。なのでうちの特産品でもある魔物の素材は隣国に売るよりも高値で売れるかと。あわよくば……」
「あわよくば?」
「何人かドワーフの方を勧誘してこの村に連れてきたいですわね!」
アーデルはなるほどと感心する。
薬もそうだが、薬草のまま売るよりも薬品に加工して売った方がお金になる。技術料が上乗せされるわけだが、魔物の素材をそのまま売るのではなく、加工して売ろうという話なのだ。
コンスタンツの事情は分かった。アーデルは次にパペットの方を見る。
「パペットはなんでついてくるんだい?」
「ゴーレム作るのためにドワーフの加工技術を見ておきたいというのがあります。鉱石を扱わせたら世界一、そんなドワーフの技術なら強力なゴーレムを作るためのヒントが得られるかと」
「そういうことかい」
パペット自体は人工的な皮膚を使っているので見た目は人間に近い。ただ、その中身はかなり希少な金属が使われている。特に心臓部はアダマンタイトと呼ばれる世界で最も固い金属が使われており、よほどのことがなければ砕けないほどだ。
「それにドワーフの国には貴重な鉱石がたくさんあるらしいです。自己強化のためにも鉱山で掘りたいです」
「まあ、別に構わないよ。そういう事情があるなら納得だ。どれくらい滞在するかは分からないけど、魔道具の回収もすぐには終わらないだろうからね」
二人がついてくる事情は分かった。
特に拒否する理由もなかったのだが、事情があるならそれに対してアーデルも何かするべきかと思っている。魔道具の回収が目的だが、パペットやコンスタンツの手伝いをするのも悪くはない。
そんなことを考えていると、コンスタンツがまたも扇子を取り出してアーデルに突きつけた。
「ですが、一番の理由はアーデルさんが心配だからですわ!」
「……はぁ? なんだい、いきなり」
「アーデルさんは一人だと色々やらかしそうなのでかなり心配ですわね」
「そりゃ、コニーに言いたいよ。それに常識面はフィーに頼むから大丈夫だと思うんだけどね」
言われたオフィーリアはにっこりと笑顔になった。
「任せてください。常識と言えばオフィーリアですから!」
アーデルとしては初耳だが、この中で一番常識があるのはオフィーリアだろう。やや不安ではあるが頷いた。
「ち、知識といえば、クリムだぞ……?」
なぜか小声でクリムドアがそんなことを言いだした。
最近までウォルスが言った「魔王」のことで色々悩んでいたようだが、ようやく本調子になってきたようで食事の量も増えている。
知識が偏り過ぎている部分もあるが、確かにその通りだと、アーデルはまた頷いた。
「頼りにしてるよ」
そういうとクリムドアは少しだけのけぞってちょっと偉そうにした。
「なら、村のことは任せてちょうだい。フロストちゃんや村長さんたちと一緒に頑張るから」
メイディーがそういうと、フロストも笑顔で頷いた。
「うん。村のことはお任せ。精霊ちゃん達もやる気になってるから安心してドワーフの国へ行ってきて」
フロストは水の精霊たちと仲が良くなっており、たまに噴水近くで一緒に踊っているほどだ。最近はなぜかパンチを繰り出す練習もしている。
両手を握りこんで気合を入れているフロストを見て、アーデルはやや呆れながらも笑顔になった。
「なら安心だね。それじゃ今日の夜はうまいもんでも食って明日に備えるか」
アーデルの言葉に皆が賛成する。
そして、その日の夜は遅くまで宴会が続くのだった。