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悪くない時間

 

 教会の食堂でアーデル達はテーブルを囲んで朝食を食べている。


 朝食ということもあり、パンと蜂蜜、それにサラダと牛乳くらいだが、作り立ての温かく柔らかいパンはごちそうと言えるほど美味しい。


 普通は固いパンをスープなどに付けて食べるのが主流であって柔らかいパンなどは王族や貴族くらいしか食べない。そんな贅沢ができるのは、パペットが作ったパン自動生成ゴーレムのおかげだ。


 住人が少ない村で活躍しているのはパペットのゴーレム達。住人も最初は抵抗があったが、いまやゴーレムを見ない日はないというほど村で働いており、重宝されている。


 もちろんゴーレムが作ったパン以外にも色々と作られた料理はある。メイディーは料理を得意としており、サラダにかけるドレッシングなどは村に来た商人から売ってほしいといわれるほどだ。


 そして食後の楽しみは何といってもクッキー。オフィーリアが作るクッキーも美味しいが、メイディーが作るクッキーも美味しく、アーデルとしては甲乙付け難いと悩むほどだ。


「アーデルお姉ちゃんは今日暇?」


 食後のクッキーを食べながら、フロストがニコニコしながら質問する。


 フロストはダンジョンがあった町からここへ引っ越してきた。フロストの魔力量から考えてあのダンジョンの近くに住むのは良くないと両親が考えた結果だ。


 魔の森の近くにある村なので危険度で言えばたいして変わらないのだが、実際にこの村を見たフロストの両親はここなら安全だと執事とメイドが一緒にいることを前提に許可を出した。


 水の精霊やゴーレムが治安を守っている村なので、ここ以上に安全な場所はないと思ったとのこと。また、年齢的に王都の学園で勉強をさせる年頃ではあるが、今の王都にそんな余裕はないということも影響している。


 そんな事情を知ったメイディーが勉強を教えることになった。孤児院でもそういうことをしていた経験があったからだ。


 メイディーも教えるのは好きなようで、村にいる住人たちにも無償で教えている。


 オフィーリアは「絶対にサリファ教のノリで教えちゃだめですよ!」と何度も釘を刺していたが、今のところは問題ないようだった。


「暇だけど遊ぶのはなしだよ。今日はメイディーと勉強する日だろう?」


「うん。勉強の後の話」


「勉強が終わった後なら遊んでやってもいいよ」


「なら今日は薬の調合についてお話して」


「それは遊びじゃないんだけどね……いいのかい?」


 アーデルはフロストの背後に控えている執事とメイドの方を見る。


 執事が「危険なものでなければ問題ございません」と笑顔で答えると、フロストは振り向きつつ執事に笑顔を向けた。


 アーデルは「ならいいよ」と言ってクッキーを口へ放り込む。フロストはそれを真似しようとしたが、それはお行儀が悪いと執事に止められた。


 それを微笑ましく見ていたメイディーがアーデルに視線を向ける。


「暇だと言ったけど、アーデルちゃんはしばらくここにいるのかしら?」


「そうだね。ブラッドからの連絡が来るまではいるつもりだよ」


「ドワーフの国へ行くのよね?」


 アーデルは頷く。


「ドワーフの国へ行く船の準備ができたら王都へ向かって、そのあと海を越えるよ。私一人なら飛んでいけるんだけど――」


「ダメだな」「ダメです」「ダメ」


 クリムドア、オフィーリア、そして一緒に行かないはずのフロストもダメ出しをした。


「――というわけでね、皆で行くには船が必要なのさ」


「ふふ、大変ね。でも、それまではゆっくりできるんでしょう?」


「そうだね、こっちでやることは終わったから、連絡が来るまではゆっくりするつもりさ」


 この村の状況は大きく変わったが、アーデルは村の方にはほとんど手を出しておらず、自分のことを色々とやっていた。


 ウォルス死後、遺体をアーデルの墓の隣に埋めたこともその一つだ。


 国の英雄ということで大々的に葬儀を行うという話もあったのだが、国にそれをするだけの余裕がない。かといって何もしないわけにもいかず扱いに困っていたのだが、アーデルが遺体を引き取ると言ったのだ。


 魔女アーデルと英雄ウォルスのことは、悲恋の物語が作られるほどの状況になっていて、アーデルの墓の隣に埋葬するのは国民全員の望みと言ってもいいほどになっていた。


 そしてウォルスに仕えていたラトリナも「そうしてあげてください」とアーデルに頭を下げていた。


「そういえばラトリナがウォルスの手紙を渡してくれたと聞いたけど?」


 メイディーの質問にアーデルが頷く。


「ばあさんからの手紙は宰相が握りつぶしていたけど、ウォルスの手紙はラトリナが大事にしまっていたみたいだね。頭を下げながら渡されたから受け取ってばあさんの家に置いてあるよ」


「……そう、それが届いていればアーデルも喜んだのにね」


「あの世で喜んでいるさ。ばあさんはウォルスのことを信じていたみたいだし、今頃は二人で仲良くやってるよ」


「ふふ、アーデルちゃんのそういうところ、私は好きよ?」


「かんべんしておくれよ」


 アーデルは照れ臭そうにしているが、それをごまかすためにクッキーを大量に口へ放り込んだ。そしてバリボリと食べている。


「アーデルお姉ちゃんはなんでドワーフさんの国へ行くの? 旅行なら私も行きたい。お父さんに言えば何とかなる。大きな声じゃ言えないけど実はお金持ち」


 フロストが期待に満ちた目をしている。


 アーデルは首を横に振った。


「旅行ってわけじゃないよ。前に言ったろ、私はばあさんが作った魔道具を回収しているんだ。そのいくつかがドワーフの国にあるんだよ」


「ふーん? なら私も行く」


「いや、旅行じゃないんだ。仕事みたいなものだからね」


 特に仕事をというわけでもないのだが、魔道具が未来で世界を滅亡させるとなれば回収しなくてはならない。そして回収することで未来を変えるということは、時の守護者と戦う可能性がある。


 そんな危険な旅にフロストを巻き込めるわけがなかった。


「ならそのお仕事を手伝う。それにかわいい子には旅をさせろっていう言葉があるって聞いた。皆が私をかわいいって言うし、私もそこそこかわいいと自負してる」


「そういうのは自負しちゃダメだろ……アンタ達が甘やかしているんだろう? というかフィーが言いそうなことを言うんじゃないよ」


 オフィーリアが「冤罪です!」といい、執事とメイドは身に覚えがあるのか視線をそらした。


「あらあら、フロストちゃんはおばあちゃんと勉強するのが嫌?」


「あう……」


 さすがのフロストもそう言われる答えづらい。嫌ではないが優先度で言えばアーデルの方が少し上なだけだ。


 メイディーが優しく微笑みかけた。


「フロストちゃんはもう少し大きくなるまで待ちましょうね。それまで一生懸命勉強してアーデルちゃんに負けないくらいの魔法を覚えればいいのよ。そうすれば、アーデルちゃんの方から一緒に来てって言ってくれるから」


 メイディーの言葉にフロストが笑顔になる。


「うん、いっぱい勉強してアーデルお姉ちゃんと同じくらいの魔法使いになる!」


「いいですかフロストちゃん。普通の勉強じゃなくなってきたら気を付けた方がいいですよ。村の周りを倒れるまで走りなさいとか言い出したら危険ですからね」


「オフィーリア?」


「何度も言ってますけど、フロストちゃんはサリファ教の信者じゃないんですから、いつものノリはダメですよ?」


 その言葉にはアーデルも頷いた。


 メイディーがオフィーリアにした修行を見て、正直ドン引きした経験があるためだ。


「あらあら、信用がないわね。オフィーリア以外にあんなことするわけないのに」


「もっとひどい!」


 笑い声が食堂を包む。


 つい数か月前まで一人で食事をしていたアーデルには騒がしい時間だが、悪くないと思いつつクッキーに手を伸ばすのだった。


今年もよろしくお願いします。

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