二ヶ月後
戦争終結から二ヶ月が経った。
魔の森の近くにある村――魔女アーデルを監視していたという過去を持つ村だが、今は活気にあふれている。
以前は年寄りが数名いただけの村でしかないが、今はサリファ教の信者や、仕事で来ている冒険者も多い。それでも二百人程度だが、以前よりははるかにマシになったと言える。
村に名前はなかったが住人の希望で「アーデル村」となった。
自分の名前というよりは魔女であるアーデルの名前なのだが、それでも同じ名前なのでアーデルは反対したのだが、メイディーの強い希望で決まってしまったという経緯がある。
そしてこの一帯の領主も決まった。色々あったが落ち着くべきところに落ち着いたといえるだろう。
戦争はアーデルの介入により終わったが、魔女アーデルを利用して無茶なことをしていた謝罪として賠償金を隣国に支払う必要ができた。
王族や貴族のやらかしが原因なので、その賠償金を国民に負担させるわけにはいかない。もし税金を上げるようなものなら今度は国内で反乱がおきる。
とは言っても先立つものがない。王族や貴族は可能な限り財を売り払ったがそれでも足りない。
何らかの形でお金を稼ぐ必要があると現国王は困っていたのだが、アルバッハやコンスタンツがアーデルに何かないかと聞いたところ「魔の森にいる魔物の素材は価値があるんじゃないかい?」と答えたのだ。
ならば、ということでアルバッハとコンスタンツが調査をしたところ、命がけにはなるが稼げそうということが分かった。
「そんなわけでわたくしが魔の森を含むこの辺り一帯の領主になりましたわ! ようやく国からの書類も届きましたので名実ともに領主ですわ!」
「そんなことを言うために私をこんな朝早くから呼んだのかい?」
村長の家でコンスタンツが何かが書かれた紙をアーデルに見せながら自慢げにしているが、見せられたアーデルは呆れた顔をしている。
「……褒美ということでもらいましたが、どう考えても厄介な場所を渡された気がします……」
「その認識は正しいね。でも、いいじゃないか。魔の森は魔物があふれているし、コンスタンツならいくらでも狩り放題だよ。貴重な薬草もあるからどこそこかまわず暴れられるのは困るけどね」
「それは安心してくださいな。調査しましたが、この魔の森は魔力濃度が濃すぎるがゆえに貴重な魔物が生まれやすいのです。余計なことをしたら魔物の素材が取れなくなってしまいます。この村をもう少し広げた上で防衛力を高める程度にとどめますわ――そんなことよりも、私のことはコンスタンツではなくコニーと呼んでくださいまし」
「……別に愛称で言わなくてもいいと思うんだけどね」
コンスタンツは少し前からアーデル達に自分のことをコニーという愛称で呼ぶようにと言っている。
領主になれたのはアーデル達のおかげなので感謝しているのではないかとオフィーリアはニヤニヤしながら言っていた。
「アーデルさん達だけは特別ですわ。それにオフィーリアさんのこともフィーと言っているではありませんか。わたくしの家臣として許しますわ!」
「誰が家臣だい。そんなことよりも今日は噴水広場の清掃当番だろ、早く行きな」
「嫌と言うわけではありませんが、なんで領主が清掃をしないといけないのか理解に苦しみますわね……」
「水の精霊を怒らせるんじゃないよ。なんか勝手に増えているし、領主としても住人としても、この村で変なことをしたら大変なことになるからしっかり掃除しな」
「ぐぬぬ。この間戦いましたがあの子達は強すぎますわ……まあいいです。綺麗なのは気持ちがいいので掃除してきましょう。噴水を黄金のように輝くまで磨いてきますわ! あわよくばあの子達に勝ちます!」
コンスタンツはそういうと、バケツと雑巾を持ち、頭には三角巾、体にはエプロンをつけて村長の家から出て行った。
一部始終を見ていた村長が申し訳なさそうにコンスタンツを見送る。
「あの、アーデル様――ではなく、アーデルさん、領主様に掃除をさせてもよろしいんですかね……?」
様をつけるなと言っても聞いてくれないので最近は口に出して言わなくなったが、睨むようにしたら効果てきめんだった。それでもたまに様をつけられるが許容範囲としている。
「いいんだよ、領主と言ったって範囲はこの村と魔の森だけだし、領地の運営はコンスタンツ――コニーの家族がやってるんだから、掃除くらいさせておきな。それに屋敷ができるまではこの家に住むんだからこれくらい当然だよ」
「そうかもしれませんが、コンスタンツ様は毎日魔の森へ入っては魔物を狩ってきてくれて大変助かっているのですが……」
「逆に言えばそれだけしかしてないのさ。コニーの魔力ならあの程度の魔物なんて朝飯前なんだ、領主なんだからもっと色々やらせてやりなよ。もちろんやって当然ではなく感謝も必要だけどね――おっと、時間だ。それじゃ教会へ行ってくるよ、フィー達に朝食を一緒にと誘われているからね」
それを聞いた村長は笑顔になると、アーデルを送り出した。
アーデルは村長の家を出ると空を見上げた。
天気は晴れ、気候は穏やか、そして肌をなでる風は気持ちがいい。
村は以前よりも建物が増え、外ではそれなりの喧騒がある。王都に比べたら小規模なのは当然だが、活気でいえばここも負けていない。
それはブラッドがこの村に店を構えたことが要因の一つだ。まだまだ小さな村だが、物資の流通が良くなっている。
以前はブラッドの父親が色々と手配していたが、今はブラッドにすべてを任せている。そのブラッドはアーデルの依頼でこの村にはいないが、準備が整えば連絡が来る手はずになっていた。
そして店長不在の店で働いているのがパペットが作ったゴーレム達だ。
パペット自身はアーデルから借金を返済してもらい、この村に工房を作った。魔の森にいる魔物の素材がより良いゴーレムを造れるようで、色々と研究を進めていた。
「魔の森から魔物が攻め込んでくることもあるそうなので、水の精霊達と連携できるゴーレムを作成中です。褒めていいですよ?」
と言ってパペットは工房にこもりきりだ。
ほかにも魔の森を探索するゴーレムや、全自動洗濯ゴーレムなど色々と開発しており、下手な都市よりも進んでいると噂されるほどになっている。
(あのさびれた村がこんなことになるなんてね……)
そんなことを考えながら教会へ向かう途中、アーデルは何人もの住人から笑顔で挨拶された。
アーデルは可能な限り笑顔を作りながら挨拶を返すが、最近はそれがストレスになるほどで、極力外に出ないようにしている。
国が大々的にアーデルのことを戦争終結の立役者として公表した。さらには魔女アーデルの弟子であることも公表され、英雄として扱われている。
魔女アーデルも評価が変わった。
決して恐れられて追放されたというわけではなく、皆に迷惑をかけないように自分から魔の森へ向かったということも大々的に公表され、心優しき魔女と言われるようになっている。
(これもフィーやメイディーのおかげだね)
アーデルはそう思いながら足早に教会へと向かう。
国から公表するように働きかけたのがサリファ教だ。
その裏には聖女になったオフィーリアとサリファ教でも幹部中の幹部であるメイディーの介入があったとされている。
これまでもメイディーは不当な評価をされているアーデルのことで色々と国に訴えていたが、宰相の介入もあってそれが実現することはなかった。
その宰相がいなくなり、さらには聖女となったオフィーリアと一緒に訴えたことでサリファ教が大きく動くことになる。
それが功を奏してすぐに国から魔女アーデルの情報が公表されることになった。当然、戦争を終結させたアーデルが怖かったという理由もあったが。
それはそれとして、アーデルはオフィーリアとメイディーには頭が上がらない。対等な立場ではあるが、それでも二人から何かを頼まれたら断れないだろうな、とアーデルは思っている。
今日の朝食もそうだ。「一緒に食べましょう」と言われたら、よほどの理由がない限り断れない。
(まあ、断る理由もないんだけどね)
なんだか体がくすぐったいような感じのまま、アーデルは教会へと急ぐ。
アーデルが教会へ足を踏み入れると、礼拝堂には誰もいなかった。普段ならサリファ教の信者がいるのだが、まだ朝早いからだろうとアーデルは奥へと歩く。
礼拝堂には多くの長いすが綺麗に並んでいるが、一番奥には女神像があった。
アーデルは足を止め、その女神像を見上げる。石でできた白い女神像は両手を広げるようにして微笑んでいる。
(女神サリファ、か。この世界を創造した三柱の一柱、そして武闘派の女神か……変わった女神だったんだろうね)
サリファ教の信者は気にしていないようだが、アーデルからするとその教えの中に変なものもある。出された料理は全部食えとかどうでもいい教示まであるのだ。
(クリムの話だとすでに死んでいるらしいけど神って死ぬのかね?)
それを聞いたメイディーが笑顔のままクリムを殴ろうとしてアーデルとオフィーリアは必死に止めたということもあったが今は落ち着いている。
(世界が滅亡するっていうならアンタが止めればよかったろうに。それともアンタが死んだから滅亡しちまうのかい? ……いや、神の力は絶大だからこの世界に干渉はできないってクリムが言ってたか。生きていたとしてもこの世界に手出しできないんだろう)
アーデルは少し考えると亜空間から銅貨を取り出した。それを寄付用の器へ入れる。
(信者じゃないが、アンタのことは嫌いじゃないよ。アンタに代わって世界を滅亡から救ってやるから草葉の陰から応援しな)
そのまましばらく女神像を眺めていると、近くの扉が開いてオフィーリアが出てきた。
「あ! アーデルさん、遅いですよ! いいですか、サリファ様はこう言ってます。料理は温かいうちに食えと! それが人としての礼儀だと!」
「嘘だと言っても信じるよ。むしろ嘘だと言っておくれよ」
「何がです?」
「……いや、いいよ。それじゃすぐに朝食にしようか」
「はい、クリムさんが『先に食べよう』ってうるさいので早く食べましょう!」
「相変わらずクリムは食い意地が張ってるね……」
呆れながらそう言ったアーデルはオフィーリアが出てきた食堂へ向かうのだった。