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馬鹿な男の話

 

 ベッドに仰向けで横になっているウォルスに対し、アーデルは「魔王を殺した魔法」の魔法陣を配置する。


 魔力を込めれば魔法陣に囲まれているウォルスはベッドごと消えてなくなるだろう。


 部屋にいる全員がアーデルを止めようとするが、その殺気に動くどころか声すらだせない。


 目は見えずとも魔力が見えるウォルスはどんな状況なのかはある程度分かっている。そんな状況でもウォルスはおびえた様子は見せていなかった。


「早く言いな。なんでばあさんを一人にした。言っておくが、それが最期の言葉になる可能性だってある。慎重に言うんだね」


「君の魔力は美しい」


 虚を突かれたとはこのことだろう。まさかのそんな言葉にアーデルは少しだけ動揺した。だが、すぐにウォルスを睨んだ。


「ここで冗談を言えるなんて大したもんだ。ならそれを遺言に――」


「昔、アーデルにそう言ったことがある」


「なんだって?」


「子供のころだ。英雄なんて言われる前、魔王が暴れる前の平和な時代、こんな未来になるなんて夢にも思わず、将来が明るいものだと信じていたころ――私はなけなしの勇気を振り絞ってアーデルに指輪を渡しながら一緒になって欲しいと結婚を申し込んだ。彼女は大人になったらと言って嬉しそうに安い指輪を受け取ってくれたよ……」


 その言葉にアーデルは体を揺らす。


 それが魔女アーデルが大事にしていた指輪だと思ったからだ。


「君は昔のアーデルを知らないだろう。私は知っている。子供のころからずっと一緒だったんだ。彼女のやさしさ、強さ、そして気高さ、同じ村で育っただけの私が彼女の隣に並ぶために、どれほどの思いで努力したのか……それを苦だと思ったことは一度もないがね」


「……さっきから何の話をしてるんだい? 私はなんでばあさんを一人にしたと――」


「そんなアーデルが魔王を倒した数日後、私に言ったよ。魔力が汚された、と」


「魔力が……?」


「魔王を倒した直後、断末魔だったのか、それとも最後の攻撃だったのか分からないが、アーデルは魔王が放った黒い霧に覆われた。すぐにその霧はなくなり、その時は何もなかったが時間が経てば経つほどあれほど美しく輝いていたアーデルの魔力が徐々に黒く染まっていった」


 ウォルスは目をつぶる。


「たとえ目をつぶっても魔力が見える。たとえその方向を見なくとも魔力を感じる。アーデルがいる場所もすぐに分かった。だが、そのアーデルが泣いて震えながら自分を見ないでと言ったんだ」


「そんな――」


「何度も説得した。私は気にしないと。魔力の美しさだけで君を好きになったわけじゃないと。だから一緒にいてくれと何度もお願いしたんだ……」


 一瞬だけ間を開け、ウォルスは大きく息を吐いた。


「だが、アーデルは聞き入れてくれなかった。皆が言うように私は化け物になってしまった、黒い感情が抑えられない、私はこれから醜くなる一方、だから貴方の記憶にある私だけを覚えておいて欲しい、そう言って彼女は魔の森へ行ってしまったんだ。その後は知っての通りだ、私はこの国の英雄となり、アーデルは魔女として恐れられた」


 ウォルスはその時のことを思い出しているのか、声に後悔や懺悔のような感情が込められている。


「アンタがばあさんを追放したわけじゃなかったんだね?」


「似たようなものだ。私は彼女を止められなかったのだから。それに迎えにもいかなかった。見ないでと泣きながら言った彼女の言葉がどうして忘れられなくて……その言葉を無視して魔の森へ迎えに行けばよかったと今更ながらに後悔しているよ。彼女の本心を見抜けなかった、そんな理由で私は彼女を失ったのだから」


 話が終わったのか、ウォルスは見えない目を開けてアーデルを見た。


「惚れた女の本心も分からなかった馬鹿な男の話だ。それを本当のことだと証明することもできない老人の戯言。そんなことを言う男のために君の綺麗な魔力を使うことはない。それに私はもう長くないだろう。馬鹿な男だと笑うといい。そのほうが気が晴れる」


 アーデルはウォルスを見つめていたが、ため息をついてから魔法陣を消した。


「いくつか聞きたいことがある。ちゃんと答えな」


「いまさら嘘をつく理由もない。なんでも聞いてくれ」


「隣の部屋にあった二つのカップ。あれはなんだい? アンタは部屋に一人だったはずだ」


「もう一つはアーデルの分だ。子供のころ、大人たちの真似をしたくて、家から黙って茶葉を持ち出しては見様見真似で飲んでいたんだ。それがささやかな二人の秘密になって大人になってからも続けていた。君にとってはつまらない行為に見えるだろうが私には大事な――」


「ばあさんもそうしてたよ」


「――何?」


「ばあさんも決まった時間に紅茶を飲んでいたと言ったんだ。アンタと同じように二つのカップを用意してね。相当好きだと思っていたんだが、ばあさんもアンタと一緒に飲んでいたんだろうね」


「……そうか、アーデルも……」


「感情的になってるところ悪いけどね、聞きたいことはまだある。アンタはばあさんから手紙を受け取っていたはずだ。それをどうした?」


「手紙……?」


「ばあさんのところに魔道具を作ってほしいと依頼をしてくる奴は多くいたが、その依頼料の一つとしてアンタ宛の手紙を渡していた。その全てが届いたとは思っちゃいないが、一通くらいは届いたんだろう? なんでその返信をしなかった?」


「な、何を言っている、手紙など一通も――むしろ、私が書いた手紙は届かなかったのか?」


「アンタが書いた手紙?」


「目が見えていたころ、毎年誕生日に手紙を送った。魔の森は危険なので、高名な冒険者にお願いする形で手紙を届けるように依頼を――」


 ウォルスはハッとした表情でラトリナの方を見た。


「ラトリナ殿。貴方や貴方の御父上に手紙を渡していたはずだ。やってくれたんだろう?」


 冷静沈着だったラトリナが明らかに動揺している。


 その後、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。手紙は出しておりません」


「なんだって……」


「宰相様からウォルス様とアーデル様のやり取りは一切禁じると命令がありました。アーデル様からの手紙も受け取りましたが宰相様にお渡ししました」


「なんてことを……」


「ウォルス様をお守りするためです」


「何を言って――」


「アーデル様と同じようにウォルス様も魔王を倒した者として危険視されておりました。そんなウォルス様がアーデル様とやり取りをしていたと分かれば民がどう思うか分かりません。宰相様もそれを危惧しておりましたので言いつけ通り――」


「その宰相は魔族だったけどね。その話はアルバッハからまだ聞いていないのかい?」


 その情報をこの砦へ伝えるのはアルバッハだった。だが、ラトリナがウォルスに会わせなかったため情報が届いていない。アーデルはそう思って言ったのだが、その予想は的中した。


 ウォルスもラトリナも驚きの顔を隠せていない。


「そ、そんなはず――」


「調べればすぐに分かるような嘘をついてどうするんだい。アルバッハがここへ来たのは戦争をやめるためだ。周辺国と戦争になっているのも宰相に化けていた魔族のせいだと分かったからさ」


 姿勢よく立っていたラトリナは腰が抜けたのか床に座り込む。


「そ、そんな、なら私は――」


「同情はしないけどアンタも被害者か。まったく魔族ってのはどこまでばあさんを苦しめればいいんだろうね――まあいいさ、それはしかるべき対処をするればいい。でも、そうかい、アンタはばあさんに手紙を出していたんだね……」


「手紙の返事が一切ない、私だけが王国で英雄視される、アーデルは私を恨んでいるとずっと思っていたよ……」


「一通でも届いていればばあさんも喜んだだろうに。人生ってのはままならないもんだね。まあ、それはもういいさ。ばあさんはあんな状況でもアンタを信じていたみたいだしね。アンタは――あの世でばあさんに詫びな。魔族への報復は私がやってやるからさ」


「……ありがとう」


「アンタに礼を言われる筋合いはないって言ったろ。魔族への報復もばあさんのためにやるんだ。アンタのためじゃない」


「それでも礼くらい言わせてくれ。それに礼を言いたいのは君がアーデルの弟子だったことだ。アーデルのそばにいてくれてありがとう」


 アーデルは照れ臭いのか、ぼりぼりと後頭部を掻く。


 その後、ハッとしてから真面目な顔になった。


「まだ聞きたいことがあった。魔王のことだけどね――」


「ああ、それは私の勘違いだった」


 ウォルスはそう言ってクリムドアを見る。その目はまだ疑っているかのようであるが、首を少しだけ横に振った。


「やはり勘違いか。魔王クリムドアの魔力はもっとどす黒い。形は間違いなく魔王と同じだが、近くにいるという小竜の魔力は綺麗なものだ」


「形が同じ……?」


「大きさも色も違うが、間違いなく形は同じ――とはいえ、魔王と対峙したのもはるか昔のことだ。私の思い違いだろう。申し訳なかった」


 見えてはいないだろうと思いつつもクリムドアは首を横に振る。


「気にしないでくれ。誤解だと分かってくれたのなら問題ない」


「……声も違うな。魔王はもっと恐怖を与えるような声だった――そういえば君はアーデルに声がそっくりだな」


「私かい?」


「ああ、最初に部屋に入ってきたとき、声を懐かしく思ったよ」


「顔が似ているからね。声というか声帯とやらも似ているのかもしれないね」


「そうか。君を一度見てみたかったよ」


「ばあさんの姿を覚えているんだろう? アンタにはそれで充分さ」


「そうだな。残り少ない私の命、アーデルのことを想いながら生きよう……もしよかったら、アーデルのことを聞かせてくれないか?」


「なら冥途の土産に教えてやるよ。アンタがばあさんのことを想っていたことは分かったけどね、結局何もしなかったのはアンタの罪だ。しっかり聞いて、あの世でばあさんに詫びるんだね」


「ああ、必ず詫びよう」


 それから毎日のようにアーデルはウォルスに魔女アーデルのことを語った。


 そして三日後、ウォルスはアーデルに渡したものと同じ形の指輪をつけたまま、安らかな顔でこの世を去った。


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