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魔女の最期

 

 ウォルスが寝室へ入ってから三十分ほど経った。


 部屋にはアーデルとパペット、そしてパペットの抱きかかえられたクリムドアだけしかいない。アルバッハとコンスタンツは休戦対応の準備でこの場から離れていた。


 寝室ではオフィーリアとブラッドが何かしらの対処をしているのだろうが、アーデルは具体的に何をしているのか分からない。怪我であれば治癒の魔法を使えるだろうが、病気であれば治しようがない。


 血を吐いたので内臓の病気か何かという程度の知識しかないアーデルだが、そういう病気を治療する魔法はないと確信している。薬に関しても同様で、そんな便利なものはない。


 おそらくウォルスは長くない。


 アーデルはそう思うと少しだけ複雑な気持ちになった。


 先ほどまでは殺してやると思っていた男だが、魔女アーデルとは何やら事情があったような状況で、しかもクリムドアを見て魔王と言った。


 魔族の王を魔王と言っていたらしく、さらには名前もクリムドアだったという。ここまでくると単なる偶然とは思えない。


 クリムドアは部屋でパペットが抱きかかえられているが、少しだけ胡散臭い感じに思えた。


「クリム、何度も聞いているけど本当に隠していることはないのかい?」


「何度も言っているがそんなものはない。そもそもなんで俺が魔王なんだ? 名前は一緒かもしれないが、俺は今から二千年後の竜だぞ?」


 クリムドアが未来から来たということはある程度証明されている。未来を変えようとすれば時の守護者に襲われ、アーデル自身も時渡りの魔法をその身に受けている。未来で会ったクリムドアが何かを隠していたとも思えない。


 それにクリムドアも演技をしているようには見えなかった。


「たしかウォルスは目が見えないはずだよな? それなのになんで俺を魔王と?」


「多分、ウォルスは魔力が見えるんだろうね。魔力を視覚的に感じることができる、が正しい表現かもしれないけど」


「そうなのか?」


「剣で魔力のつながりが弱い部分を斬ったからね。あれは適当にできることじゃないよ。つまり、クリムの魔力を見て魔王と勘違いしたってところだろうね」


「魔力を見て勘違い? ああ、そういうことか」


「そう、その魔王とやらの魔力とクリムの魔力の形が似ているんだろうね。魔力は常に揺らいでいるが大体の形は決まっていて同じ形はない。王都にいた宰相を見て魔族だと分かったのは私がアイツの魔力を以前見たことがあるからだよ。色々と特徴があるんだ」


 その言葉にパペットが頷いた。


「私にも見えますが、それで個人を判断することが多いです。魔女のアーデルさんと目の前のアーデルさんの姿は似ていますが、魔力の形や色は全く違いますから」


「俺の魔力が魔王の魔力に似ているってことか……」


「だと思うよ。ただ、魔王の魔力を見たことがあるのはばあさんと一緒に戦ったやつらくらいだから、ウォルス以外にも聞いてみないと本当かどうか分からないけどね」


 魔王を倒した四英雄。魔王と戦って生き残ったのはその四人だけと言われている。ウォルス以外の二人はそれぞれエルフとドワーフの国にいるためすぐに確認できるようなものではない。


 クリムドアはため息をついた。


「なら俺は人違いで殺されそうになったってことか。日頃の行いはそこまで悪くないと思うんだが……」


「なら前世ですね。クリムさんの前世は魔王で悪いことをしてたのでは?」


「あのな、パペット、そんなわけ……ないよな?」


 自信がないのか、クリムドアは少しだけ怯えた目でアーデルを見る。


 そのアーデルは首を横に振った。


「転生なんてあるわけないだろう。確かにそういう研究はされているけど、それができると証明されたことはないよ。少なくともばあさんの持っていた本には書かれていなかった」


 その言葉にクリムドアは安堵の表情を見せるが、アーデルは少しだけ引っかかった。


(ばあさんは転生の研究をしていたはずだ。正確には魂の研究だったみたいだけど、途中であきらめたというか必要なくなったと言っていた。そういえば、あの本はどこで手に入れたんだろう?)


 魔女アーデルは魂の研究をしていたが何やら古い本を読んでいた。必要なくなったと言ったとき、ほかの資料とともに燃やしてしまったが、あの古めかしい本は本人が書いたものではない。


(一度、ばあさんの家を調べてみないといけないね。もしかしたらまだ資料があるかも――)


 アーデルの思考はそこで止まる。


 部屋からオフィーリアが出てきたのだ。その顔は悲痛と言えるだろう。伏し目がちで眉間にしわを寄せている。


「アーデルさん、クリムさん、ウォルス様がお話したいと言ってます……」


「まさかとは思うけど、クリムを斬ろうとはしないだろうね?」


「……ないですよ。ウォルス様はもう剣を振るう力もありません」


「……そうかい」


 ウォルスの詳しい状況は不明だが、ある程度は予測がつく。


 アーデルはクリムドアの方を見て頷き、寝室の方へと足を踏み入れた。そのあとにパペットがクリムドアを抱えたままついてくる。


 部屋の中には簡素なベッドといくつかの家具が置かれていた。ベッドにはウォルスが横になっており、近くにはラトリナが背筋を伸ばしたまま立っている。


 ブラッドは壁際に下がっているようでアーデルが視線を向けると、首を小さく横に振った。


「ウォルス様が貴方と小竜に話があるそうです」


 ラトリナが感情のない表情と声でそう言った。睨むような視線はないが、無理に感情を抑えているような雰囲気が漂っている。


 それにいちいち突っかかるのもどうかと思い、アーデルはウォルスのベッドに近寄った。


 仰向けで目を閉じたままのウォルスはシーツから両手を出して腹のあたりで指を絡めている。先ほどの鬼気迫るような迫力はもうなく、アーデルにはただの老人に見えた。


「私に話があるのかい?」


「……寝たままで構わないかね?」


「構わないさ。病人に無理をさせるつもりはないよ」


「ありがとう。ならまずは自己紹介をしよう。知っているようだが、私はウォルスだ」


「私の名前はアーデルだよ。名無しだったんでね、ばあさんが亡くなったときに名前を貰ったんだ」


「そうか……そこのサリファ教の聖女から色々君の話を聞いた。アーデルを看取ってくれたんだな。ありがとう」


「アンタに礼を言われる筋合いはないよ」


「……そうだな。私は礼を言える立場ではないか。さきほどアーデルの最期を知りたいかと言っていたと思うが、よければ教えてもらえないだろうか?」


「確かにそう言ったけどね、それを聞いてどうするんだい?」


「……どうもしない。ただ、知りたいだけだ」


 アーデルは黙る。言いたくないという感情があるからだ。


 黙っているアーデルに色々と察したのか、ウォルスは「そうか」と言った。


「君は優しいな。だが、言い淀んだことで分かった。アーデルは私を恨んでいたのだろう?」


「なんだって?」


「彼女だけを危険な魔の森へ追放し、私はこの国で聖騎士団の団長という立場にまでなった。貴族でもないただの庶民がこれらを手に入れるのは物語の英雄くらいなものだろう。同じことを――いや、私よりもはるかに貢献したアーデルは人々から魔女と恐れられ、さびしい終わりを迎えたのだ。私を恨んでいたに決まっている」


 アーデルはため息をつく。


 言いたくはないが不当な評価な上に勝手に納得されてしまってはアーデルに顔向けできない。


「ばあさんがアンタのことを悪く言ったことは一度もないよ」


 ウォルスが仰向けのまま、見えない目をアーデルに向けた。


「ばあさんの最期を教えてやるよ。ばあさんはお気に入りの椅子に座ったまま、アンタに貰った指輪をして眠るように亡くなったよ。自分の死期を分かっていたんだろう。普段は大事にしまっている指輪を取り出して、うっすらとだけど化粧をして、普段は着ない白い服を着ていた。私が見たばあさんの中で――いや、世界で一番綺麗だったよ」


 ウォルスは絶句しているのか、口を開けたままアーデルに視線を向けている。


「もしかしたらアンタが明日迎えに来るかもしれない。たとえ死んだとしても最高の姿で迎えようという女心だったんだろうさ。来るわけがないとは思っていたが、二日だけは待ってやったよ。結局アンタは来なかったから埋葬したけどね」


 アーデルはさらに口を開く。


「幸せそうな顔をしていたよ。昔のことを思い出していたのか、それともアンタが迎えに来てくれた夢でも見たのか、今となっちゃ分からないがばあさんの頭の中じゃ幸せだったんだろうね」


 ウォルスは何も言わない。というよりも何も言えないのか、微動だにもしていない。ただ、見えない目を見開いてアーデルの方へ向けているだけだ。


「生前、アンタのことを話すばあさんは楽しそうな、そして寂しそうな顔だった。字が汚いとか、肉ばかり食べるとか、子供のころの大失敗の話もしていたね。風邪をひいてないだろうか、無理をしていないだろうか、ばあさんにはどうしようもないことで心配もしていた」


 アーデルはウォルスから視線をそらし、寝室の扉を見た。


「家の扉がノックされたとき、ばあさんはいつも期待に満ちた目をしていたよ。アンタが迎えに来てくれたんじゃないかと期待したんだろう。深呼吸をして期待してもだめだと分かっていても扉を開けるまでは可能性がある。ばあさんはそんな思いを何度もしていたんじゃないかね」


「そうか……アーデルは私を――」


「ばあさんがアンタを恨んでいなくても、私は許さないよ」


 アーデルが言った言葉は冷たい。魔力があふれるほどではないが、明らかに殺意を含んだ言葉だ。


「アンタは強い。それはさっき分かったことだが、若い頃はもっと強かったんだろう? あれほどの力があればなんだってできたはずだ。それなのになんでばあさんと一緒にいなかった? ばあさんだけを一人にしてアンタはこの国で何をしてたんだい。答え次第では、病気よりも先に私が殺してやるよ」


 ウォルスが寝ているベッドの周辺に魔法陣が大量に作られる。


 展開された魔法陣は「魔王を殺した魔法」だった。


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