聖女と四英雄
アーデルとクリムドアは教会の一室を借りることになった。
立派な部屋というわけではないが、入る前にオフィーリアが三十分近く掃除をしてくれたので新品のような清潔感があり、アーデル達にとっては十分なもてなしだと言える。
オフィーリアは夕食を作っている最中で部屋にはアーデルとクリムドアだけ。ベッドが二つあり、アーデルはベッドに腰かけ、クリムドアはベッドの上でシーツに包まって座り、向かいあっていた。
「なあ、アーデル。お前は先代にそっくりなのか?」
村の老人がアーデルを見て、若い頃のアーデルにそっくりだと言った。実際に見たことがある言い方だ。
「クリムはばあさんの顔を知らなかったのかい?」
「俺がいた未来にアーデルの記録はほとんどない。魔の森に住んでいた魔女、そして世界を滅亡させる魔道具を作ったというくらいで肖像画などは残っていなかったな」
「その程度の情報でよく私をアーデルだと言ったね。しかも有無を言わさずに炎を吐きやがって」
「すまんとしか言えないのだが、魔の森に住む奴なんて未来でもいないんだ。あんな奥地にいる時点でアーデル以外はあり得ない。それに黒髪と赤い目だったので間違いないと思ったんだが」
「まあ、そうなんだろうね――それで質問の答えだが、私も知らないよ。私が知っているのは年老いたばあさんの顔だけさ。初めて鏡を見たときにちょっと似てるかと思って嬉しくなった記憶はあるけどね」
「そうなのか……そもそも先代との関係はなんだ? もしかして孫なのか?」
「……孫じゃないね。ばあさんに家族はいないよ。私のことは何も言わなかったし、私も聞かなかった。特に困らなかったからね」
クリムドアは「ううむ」と唸った。
人の記憶は曖昧だ。あの老人がアーデルの姿を昔の姿と言ったところで、どこまでそっくりなのかは分からない。黒髪と赤目でそう錯覚した可能性もある。
未来でも先代のアーデルに子供がいたという話はない。少なくとも子孫はいないことになっている。アーデルが孫ではなくとも、親せきなら似ていることもあるだろう。
「何を考えているのかは知らないが、そんなことはどうでもいいじゃないか。私達の目的は魔道具の回収だろう?」
「それはそうだが……ところで、あの怯えようはなんなんだ?」
アーデルが先代の若い頃に瓜二つ。それはいいが、怯え方が尋常ではなかった。幽霊が出たという感じではなく、本人が現れたことに怯えていた。
「未来で言っただろう? ばあさんは恐れられていたのさ。私も聞いた話でしかないが、全盛期のばあさんは恐怖を感じるほどの魔力を持った魔女だったんだよ。そのせいで魔の森で一人ぼっちだったってわけさ。悲しいね、その力を多くの人のために使ったのに、未来では滅亡の魔女と言われるなんてね。まあ、ばあさんにとってはどうでもいい話だろうけどね……」
アーデルはそう言って窓の外を見た。
すでに日は落ちており、夜空には月が見えるが、それを見ているわけではなく、何かを思い出すように何もない遠くを見ている。
クリムドアは何か言おうとも思ったが、何も思いつかない。
アーデルはしばらくそうしていたが、視線をクリムドアに向けた。
「ところでオフィーリアのことは分かったのかい?」
「あ、ああ、それなら情報を取り出せた。色々と思い出せたから今のうちに共有しておこう」
クリムドアは記憶の宝珠から抽出した情報をアーデルに伝える。
当時のオフィーリアの証言ではアーデルに村を滅ぼされたという話だった。
家族の様に振舞ってくれていた村人を殺して魔道具を持って行ったアーデルを恨み、村で一人生き残ったオフィーリアが血の滲むような努力でアーデルに対抗できる魔力や魔法を手に入れた。
そして二人は何年も戦い続けた。そして数年後、アーデルは歴史から姿を消す。目撃情報がなくなり、オフィーリアもそれ以降アーデルのことは何も語らず、人々の救済を続けた。
そんなことからオフィーリアがアーデルを殺したという話になり、魔女殺しの聖女と呼ばれることになったとのことだった。
「本人が私を殺したと言ったわけじゃないんだね。聞いた限りだとこの村の事で間違いない感じだけど、私が村の奴らを殺して魔道具を奪ったと言ったのかい?」
「そこは変に感じるな。まだ数日しか行動を共にしていないが、アーデルが人を殺してまで魔道具を奪うとは思えない。それに――」
「それに?」
「アーデルがいない状況の世界でも、ほぼ同時期にこの村は滅んでいる。そしてオフィーリアに関しては情報がない」
「滅んだ理由は分からないのかい? 湖の魔物が襲って来たとかさ」
「可能性はあるが、小さな村に対してそこまで細かい情報はないな。さっきも言った通り、アーデルはそんなことをしないだろう。なら、考えられるのはオフィーリアの勘違いだ」
「勘違い?」
「村が滅んだ原因をアーデルの仕業だと勘違いしたという意味だ」
「……勘違いで私と何年も戦ったのかい?」
「そうだろうな。憶測だがオフィーリアは森で狼に襲われて逃げながら戦っていた。もっと奥へ逃げてしまったのなら、魔の森を彷徨った可能性がある。帰ってきたときには村が滅んでいて、魔道具がなくなっていた。それをアーデルの仕業だと思ったんじゃないか?」
「だったら、私が否定するんじゃないかい? そんなことしてないって」
「売られた喧嘩は買うんだろ?」
「……確かに襲われたらやり返すだろうね。でも襲われた理由くらい聞くけどね」
「そのあたりは分からないが、今回、オフィーリアは村が滅ぶ前に帰ってきた。それに今は村にアーデルがいる。事情はまだ分からないが、未来は変わったと思うぞ」
「いい方向へ変わったと思いたいね」
オフィーリアの話はこれで終わる。
村が滅びなければオフィーリアは敵対することはない。少なくともアーデルがきっかけではないと判明すれば問題はないとの結論に至った。
あとはオフィーリアが作る料理を待つだけだったのだが、クリムドアには気になることがあった。
「聞いておきたいのだが、四英雄というのはなんだ?」
アーデルとオフィーリアが話している最中に出てきた言葉。その時、アーデルは怖い顔をしていた。すぐに元に戻ったが何かあると思えたのだ。
少なくとも未来でそのように言われてはいない。五百年後に滅ぶ世界の情報を全部調べれば判明する可能性はあるが、それよりも直接聞くことにしたのだ。
アーデルは少しだけ眉間にしわを寄せてから口を開いた。
「世界を救ったとされる四人の英雄さ。未来では語られていないのかい?」
「いや、ウォルスという名前があったことから考えて、三英雄のことだとは思うんだが――」
クリムドアはそこまで言いかけて息をのむ。アーデルが殺気に近い視線を向けているのだ。
「その三英雄とやらの名前は? 三人いるんだろう?」
「あ、ああ、さっきのウォルス、それにグラスドとリンエールの三人だが……」
それを聞くと、アーデルは右手を広げて顔を押さえた。指の隙間からでも分かるような凶悪そうな笑みを浮かべており、部屋の空気がさらに重くなる。
「お、おい、アーデル……?」
「面白いね。そうかい、未来では三英雄なのか。どこまでばあさんを馬鹿にすれば気が済むんだろうね。気を付けないと辺りを火の海にしちまいそうだよ」
そう言ってからアーデルは顔から手を放し、大きく息を吐く。
「その三英雄とやらにばあさんを加えたのが四英雄さ。未来ではなかったことになっているようだけどね」
「なに……?」
「その三人は英雄と呼ばれているが世界を救ったというのは怪しいもんさ。私からしたら世界を救ったのはばあさん一人で、三人はその場に居ただけの奴らさ。まあ、ばあさんにとってそんなことどうでもいいだろうけどね」
数十年前、魔族が全種族に対して戦争を仕掛けたことがある。それは一人の巨大な魔力を持つ魔族の王が無理矢理に起こした戦争だったが、それを止めるだけの戦力はどの国にもなかった。
人間やエルフ、ドワーフが団結して戦えば負けることはなかっただろうが、プライドが邪魔をして団結することはなく、世界の半分近くを魔族に支配された。
さすがにこのままではまずいと思ったのか、各国が個人で強力な者を集め少数部隊で魔族の王を暗殺する計画を立てることになった。
その部隊はいくつかあったが、その一つが今の四英雄。アーデルがいた部隊が魔族の王を討つことに成功したのだ。
「未来ではばあさんが滅亡の魔女と呼ばれるようになってから四英雄から外れたのかい? それとも私が色々やったせいなのかい?」
「……いや、そんな情報はない。アーデルが滅亡の魔女として有名になったのはもっと先の話だ。それ以前からアーデルが魔族の王を討った情報なんて一切残っていないし、最初から三英雄という情報しかない」
「やってくれるよ。ばあさんがやったことをなかったことにしやがった。魔族の王を殺せるほどの魔女なら恐れられるのは間違いないだろうけど、助けてもらった恩すらなかったことにするとは恐れ入ったね」
アーデルはそう言って笑う。
「アーデル……」
「同情の目を向けるんじゃないよ。それをされたのは私じゃなくてばあさんだからね。それにさっきも言ったが、ばあさんにとってはそんなことどうでもいいはずさ。私と同じようにあの世で笑ってるよ」
アーデルはひとしきり笑った後、大きく息を吐いた。
「でもね、笑えない話もある」
「笑えないこと……?」
「四英雄の一人、ウォルスさ」
「理由を聞いても?」
「……言いたくないね」
アーデルは目を伏し目がちにしながらそう言った。そして今度は力が入った目でクリムドアを見つめる。
「先に言っておくが私はウォルスを見かけたら何をするか分からないよ。不幸な事故が起きてもそれは仕方ないことだと思って諦めな」
「それは……」
「未来でもあったことなのか、それとも未来が変わっちまうのかは分からない。でも、見かけたら見逃すようなことはないね。このことについては意見を聞くつもりはないよ。どうしてもと言うなら、私がウォルスに遭遇しないように祈るんだね」
クリムドアが何かを言いかけようとしたときに部屋の扉がノックされた。
「食事の用意ができましたので食堂へいらしてください。自分で言うのもなんですが、いい出来だと思いますよ。控えめに言って最高傑作です」
部屋の雰囲気とは全く異なるオフィーリアの嬉しそうな声。控えめという言葉の意味が迷走しているが、その声に毒気を抜かれたのかアーデルは笑顔でクリムドアを見た。
「さあ、つまんない話は終わりにして食事にしようじゃないか。ちょっと楽しみだったんだよ。それに最高傑作というなら受けて立とうじゃないか」
「……そうだな、せっかくのもてなしだ。余計なことは考えずに頂くか」
二人はそう言って部屋を出るのだった。