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聖女になる運命

 

 アーデル達は西の砦から北西の砦に向かって移動している。パペットが作った馬車がかなり速さで道を進んでいるが特に揺れもなく快適だ。


 そんな馬車には、アーデルを始め、クリムドア、オフィーリア、ブラッドとコンスタンツがいて、パペットは御者をしている。


 オフィーリアがリンゴの皮をナイフで向きながら口を開いた。


「ようやく話し合いが終わりましたねー」


「早かった方じゃないのかい?」


「まあ、アーデルさんが早くしなよと言えば、そうするしかないでしょうしね」


 西の砦では一週間ほど滞在していたが、昨日、休戦交渉がまとまった。ようやくとは言っても相当早かったといえる。国と国のやり取りがこんなに短期間で終わるわけがない。


 だが、それには事情がある。


 戦場でアーデルが放った派手な魔法、あれはジーベイン王国にかなりの衝撃を与えた。


 魔女アーデルは魔族の王を倒した英雄だった。それだけで敬意とそれに反する恐怖を感じた人達は多いが、実際にその魔法を見た人は少ない。一緒に戦った者はその魔法を目にしたこともあるが、この時代ではかなり少なくなっている。


 話を聞いただけの若い者は魔女アーデルに対して正しい評価をしていなかった。それでも存命中は老人達の言葉に従ってちょっかいをかけることはなかったが、魔族の王も含めて魔女アーデルのことを大したことはないと思っていたのは間違いない。


 そもそも信じられないような魔法ばかりであり、怖がらせるために大げさに言っているのだと高をくくっていた。それはジーベイン王国の宮廷魔術師ベリフェスも同様だった。


 その弟子であるアーデルが使った魔法はそれを勘違いだと証明した。


 複雑な魔法陣を構築できる頭脳と、そこへ無限とも思える魔力を注ぎ込んだことをその場で見たのだ。


 同じことをできる人間などいるわけがない。格ではなく次元が違う。魔力を込める時間がかかるので実戦で使えるかどうかはまた別の話だが、あの派手な魔法はそれを差し引いても十分な威力だった。


 あれを王都でやられたらどうなるか。


 国中の魔法使いを集めて結界を張っても防ぎ切れるものではない。


 そんな魔法を使えるアーデルが「忙しいんだから早くしなよ」と言うならすぐにやるしかないだろう。あの後、ベリフェスが必死の形相で国王を説得したという話があったほどだった。


 早く終わったことには別の理由もある。ジーベイン王国としては条件的に悪いものではなく、全面的にアルデガロー王国が悪かったと謝罪があり、過去に奪った領地の返却、さらに一括ではないものの賠償金もかなりのものなのでほとんど揉めることもなく終わった。


 休戦どころか、そのまま終結するところまで行けたのはアーデルのおかげといえる。細かい話し合いはまだこれからだが、もう問題ないということでアーデル達はようやく解放されたという経緯がある。


 とはいえ、戦争が終わったのは一国のみ。北西の国とはまだ戦っており、そこはかなり激化しているとのことだった。


 すでにアルバッハはその砦へ向かっている。アーデル達が行く前の根回しをしているところだ。


 パペットの高速馬車で行けば三日ほどの距離なので、それまでには準備が終わっている手筈だ。


 そのあたりは順調だが、少々問題も起きている。


 馬車の中という狭いところではあるが。


「ちょっとフィーさん。今でも思うんですが、あれはずるいんじゃありませんこと?」


「まーだ言ってんですか。もー、コンスタンツさんは貴族なんですからもっと大らかになってください。心が狭すぎますよー」


「ぐぬ。ですが、あの一件でフィーさんは聖女と言われるようになって人気者ではないですか。その名声は私のものになっていたかもしれませんのに……!」


「コンスタンツさんって特に何もしてませんよね……?」


 オフィーリアが砦でサリファの言葉を伝えた数日後、サリファ教の本部から来たという神官がオフィーリアを聖女に認定したと伝えた。


 砦にサリファ教の信者が多くいたこともあり、そのあたりから近くの教会へ連絡がいったのではないかという話だ。


 サリファ教の信者達は目の前で聖女が誕生したこともあり、その喜びようはかなりのものであった。そしてあまり関係ない人たちもその喜びの雰囲気にあてられたのか、お祭りの様に騒いでいた。


 オフィーリアはそれを思い出したのか、リンゴの皮むきに力が入る。


「ふふふ、何を隠そうクリムさんがいた時代でも聖女と言われていましてね。この時間軸でも私は清らかで誠実な聖女になる運命だったということです……!」


「俺がいた時代だと武闘派の聖女という扱いだった。ちなみに二つ名は魔女殺しの聖女だぞ」


「余計なことを言わないでください。大体、クリムさんは何もせずに食っちゃ寝してるだけなのに、なんでそういうツッコミを入れるんですか。私が今、リンゴの皮をナイフでむいているという状況をちゃんと把握した方がいいですよ」


「聖女にあるまじきセリフだな……なんでアーデルは顔を背けているんだ?」


 クリムドアの指摘を受けてもアーデルは特に何も言わず、嫌そうな顔で外を見ている。


「アーデルさんは照れているんですわ」


 コンスタンツがそういうと、アーデルはさらに嫌そうな顔をした。


「余計なことを言うんじゃないよ」


「フィーさんがアーデルさんのことをかばう様な発言をしてくれてうれしかったのでしょう。あれ以来、この話題をすると逃げようとするんですわ」


 それを聞いたオフィーリアは満面の笑みを見せる。


「もー、アーデルさん、照れなくていいんですよ。アーデルさんの大親友として当然です。それに私は思ったことをそのまま言っただけなんですから!」


「……よくもまあ、そんなことを照れもなく言えるね。それに顔がニヤニヤしすぎじゃないかい? まあ、感謝はしてるよ。あの場で魔法をぶっ放しそうだったからね。余計な犠牲が出なくてめでたしめでたしだ。さ、この話は終わりだよ」


 アーデルの発言にほぼ全員が呆れた顔になる。話題の終わり方がへたくそすぎるのだ。


 とはいえ、これ以上からかうのは危ないと思っているのも全員の意見だ。


「ところで北西の砦はどんな状況なんだ?」


 話題を変えるためか、ブラッドがコンスタンツに尋ねる。知っているかどうかは不明だが、一番詳しそうなのが彼女だからだ。


「あちらにはウォルス様がいるのでそれなりに持ちこたえているようですわね。ただ、そのせいで西の砦よりも戦闘が激しいとか」


「ウォルスね……」


 アーデルがつぶやく。


 嫌悪なのか恨みなのか、それとも何の感情もないのか、少なくとも好意的ではないことがその声色で分かる。


 それに対して遠慮するようなコンスタンツではない。


「そんなに嫌いなんですの?」


「殺したい奴は誰かと聞かれたら、そいつの名前をあげるくらいにはね」


「だーめーでーすーよー。ぶん殴るくらいで許さないと。サリファ様もそう言ってます」


「安心しなよ。思っているだけでそんなことはしないさ。ぶん殴るだけだよ。でもね、あいつの口からばあさんを貶すような言葉が出てきたら何をするか分からないね」


 アーデルはそう言ってまた窓から外を見る。先ほどとは違い、今度は明確に拒絶の態度をとっている。これ以上、ウォルスの話はしたくないという意思表示だ。


 さすがのコンスタンツもこの状態までになると遠慮するようで、それ以上話をすることはなかった。


 なのだが、コンスタンツ以上に空気を読めない人物はいる。


「ならもし、ウォルスさんが謝罪をするようならどうするんですか?」


 パペットは馬車の御者をやっているが、声は聞こえていたようで疑問を投げかけてきた。


 少し変な雰囲気になったものの、アーデルはため息をついてから言葉を発する。


「アイツがばあさんにやった仕打ちは許せるものじゃない。でも、謝るっていうなら少しくらいは許してやってもいいだろうね。本当ならばあさんの墓まで行って謝罪してもらいたいけど」


 それを聞いたオフィーリアがパンッと手を叩いた。


「そうしましょう!」


「なにが?」


「ですからウォルス様にアーデル様の墓まで行って謝ってもらえばいいんですよ! メイディー様も行きたいって言ってましたから一緒に連れて行ったらどうですかね?」


「そういえばそんなことを言っていたね。ウォルスの奴が素直に行くとは思えないけど、それくらいやってもらわないと確かに許せないか」


「どんな形にせよ、戦いが終わればウォルス様も時間ができるはずです。絶対来てくれますって」


「今まで一度も会いに来なかった奴が来るとは思えないけど、本当にそうなったら殴るのもなしで許してやってもいいよ」


「決まりですね! よーし、それじゃ景気づけにリンゴを食べましょうか!」


「なんの景気づけなのかは分からないけど、せっかくだし食べようか」


「ようやくか。ずっと待ってたんだ」


 嬉しそうにクリムドアがリンゴに前足を伸ばすと、オフィーリアがそれを阻止した。そしてリンゴの皮を渡す。


「クリムさんはそれで充分です」


「か、皮のほうが栄養は高いんだぞ?」


「ですからどうぞ」


「……もう余計なことは言わないと誓おう」


「サリファ様の名にかけて?」


「俺はサリファ教の信者じゃないが誓おう」


「いいでしょう。栄養だけじゃなくておいしい部分もあげます」


「女神も変なことを誓わされていい迷惑じゃないのかい?」


 雰囲気がコロコロ変わる馬車の中だったが、ようやく和やかになる。


 数分後、クリムドアとコンスタンツで切り分けられたリンゴの取り合いになりまたも雰囲気が変になったが、そんなことは関係ないと馬車は普通に目的地へ向かうのだった。


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