ただの人
巨大な雷の竜を作り出す魔法を使ったアーデルはコンスタンツと共に砦へ戻ってきた。
あちこちが壊れている砦の中庭にはアーデルとコンスタンツ、そして兵士達がいる。アルバッハはベリフェスと話し合いがあるのでここにはいない。
すでに戦場は戦場ではなく、神のごとき巨大な力の介入があったとしか思えないほどの荒地になっていた。敵も味方も戦意はなく、人には決して抗うことができない何かに怯えている雰囲気だった。
砦に戻ってきたアーデルを迎えた将軍も体が震えているのが分かるほどで、ほかの兵士達は目を合わせようともしない。
アーデルはため息をついたが、それに対しても周囲の人間は体を大きく震わせるほどだった。
(ばあさんもこんな感じだったんだろうね。人知を超える力を持ったがゆえに新たな脅威だと思われた。本質は変わらないのに、周囲が自分のことを決める。英雄も化け物も全部アンタらの評価じゃないか)
数十分前には期待した目で送りだした人達も、今は怯えた目でアーデルを見ている。それは別に構わないが煩わしい。
(やっぱりばあさんは人間が嫌になったんだろうね。こんな視線を向けられていたら本当に魔法をぶち込みたくなるよ)
そんなイライラした感情を持ったアーデルが理性を保っていられるのは隣にいるコンスタンツのおかげだろう。
「ちょっとアーデルさん、あれで勝ったと思わないでくださいまし!」
勝負をしたわけでもないのに魔法を使ってからコンスタンツはアーデルに絡んでいる。さっきから「いつか私もやれる」「あれよりも派手な魔法を使う」と悔しがっているのだ。
強大な魔法を使っても態度が変わらないコンスタンツにアーデルは逆に好感を持つほどだった。
「コンスタンツは私が怖くないのかい?」
「怖い? なぜです?」
「いや、ほかの人は私を化け物のような目で見てるじゃないか」
アーデルはそういって周囲の兵士を見る。
兵士達が露骨に顔をそらしたのをコンスタンツが「ああ」と頷く。
「それはアーデルさんを知らないからでしょう。貴方が意味もなく魔法をぶっ放す人ではないと私は知っておりますから。どちらかといえば武器を持った殺人鬼の方が怖いですわ!」
「そんなのと比較されても困るけどね」
そう言いつつもアーデルは少し嬉しく思う。コンスタンツはアーデルがそんなことをするわけがないと言ったようなものだからだ。
そのコンスタンツはおもむろに扇子を取り出した。そして兵士達の方へ扇子を向ける。
「安心なさい。アーデルさんは理由がない限り貴方達へ魔法を使うことはありません。もし使ったとしても未来の宮廷魔術師たるこのコンスタンツが止めて見せますわ!」
「私をダシにして自分のアピールをするんじゃないよ」
「いいではありませんか! せっかく他国にアピールできる口上を考えたというのにあのジジイのせいでできなかったのです! いえ、むしろあのベリフェスという男性のせい……! むしろ私がアイツに魔法をぶち込みたいですわ!」
「兵士達が怯えるからやめときな」
そんなアーデルとコンスタンツのやり取りを見ていた兵士達は全員がぽかんとした表情をしている。理解が追い付かないという顔だ。
それを見たコンスタンツは肘でアーデルを突いた。
「なにすんだい」
「アーデルさんからも安心させる言葉をおっしゃいなさいな」
「え?」
「黙って怖い顔をしていたら誰だって怯えます。笑顔で大丈夫だから安心してほしいと伝えるべきでしょう。その口は飾りですか?」
一理ある。アーデルはそう思った。
以前、オフィーリアも言っていたが、何を考えているか分からないから恐怖するという話があった。魔女アーデルも周囲に大丈夫だと言っていればあんな状況にはならなかったかもしれない。
さすがに笑顔は無理だが、自分の口からも言っておくべきだと覚悟を決めた。
「あー、その、安心しなよ、あんた達に魔法を使うことはないからさ」
一応アーデルは笑顔を作ろうとしたが頬がぎこちなく動いただけだ。
「アーデルさんは魔法よりも笑顔を作る特訓をした方がいいのでは? その間に私がアーデルさんよりもすごい魔法を開発して見せますわ!」
「なら自然に笑える魔法を作っておくれよ」
アーデルの言葉や二人のやり取りに安心したのか、兵士達から少しだけ笑い声があがった。
まだまだ怯えた雰囲気はあるがずいぶんと和んだ様子になっている。
直後、砦の外が騒がしくなり、一人の兵士が駆け込んできた。
アーデルを見て体が硬直したようだったが、すぐに将軍へ報告する。
砦の外にいた兵士達や冒険者達からアーデル対する不満の声が上がったという。「来るのが遅い」とか「なんで今まで隠れていた」とか、しまいには「戦争になったのは魔女アーデルのせいだ」という言葉もあったという。
なお、最初にあおった冒険者の数人は敵国出身のようで今は拘束されている。とはいえ、一度火がついてしまったので不満の声が大きくなっているとのことだった。
(今度はあっちか。どうするべきかね……)
敵からも味方からも恐れられ、しまいには文句まで言われる。さらには自分のことだけでなく、魔女アーデルのことまで悪く言われた。
この場はコンスタンツのおかげで何とか大丈夫だったが、今度は無理かと思いつつもアーデルとコンスタンツ、そして将軍や兵士達は砦の外へと向かった。
アーデル達が外に出た瞬間に騒ぎの声が小さくなった。
(さすがに本人の前では言えないってことか。なんだか面倒だね、こんなことまで私が配慮しなけりゃいけないのか)
戦争を終わらせるために特にやりたくもないことをやって、さらには文句を言われる。クリムドアから世界の滅亡について聞いていなかったら絶対に介入しないとアーデルは思った。
そもそも国の滅亡が世界の滅亡につながる可能性があるというだけで「助けてやって」いるのだ。
そんな状況を知るわけもなく、この場にいる人達は小声で色々と言っている。もっと早く来てくれれば助かった命があるとか、最初からいれば戦争にならなかったとか自分勝手なことばかりの声だ。
将軍や砦にいた兵士たちがその者達を取り締まろうと動き出した直後、砦の屋上から声が響いた。
「私はサリファ教の神官見習いオフィーリア! 耳をかっぽじって良く聞きなさい!」
ただの大きい声ではなく、何かしらの魔道具を使っているのか、口元に何かを当ててより大きな声を発している。隣にいるパペットが提供した何かだろうとアーデルは思った。
その大きい声に圧倒されたのか、だれもが黙ってオフィーリアを見上げた。
「女神サリファ様はこう言いました――」
オフィーリアはそこでぐっと言葉を溜める。
「人を全員救えるわけねぇだろ、と」
サリファ教の信者とそうでないもので反応が分かれる。信者はうんうんと頷き、そうでないものは首を傾げた。
だが、それ以上、オフィーリアは何も言わない。ザワザワと疑問の声があがってからようやく続きの言葉が出た。
「神様でも全員救えないのに、ただの人でしかないアーデルさんにすべてを救えるわけないでしょうが!」
オフィーリアは怒るような口調でそう言った。
「この戦いで何かを失った人は多いでしょう。ですが、今、ようやく区切りがつきそうなんです。これ以上失われなくてよかったとアーデルさんに感謝するべきでしょう! それが分からないような人なら、サリファ教の鉄拳を食らわせますよ!」
オフィーリアそう言って右腕を高く掲げると、その背後から光が差した。
おそらくパペットがやった演出なのだろうとアーデルは思う。
「鉄拳を食らいたい人はいないようですね。なら文句ではなく感謝の言葉を捧げましょう。アーデルさんと女神サリファ様に」
今度は両手を大きく広げる。背後の光がさらに輝きを増して、オフィーリアが神々しく見えるようになった。
それを見たサリファ教の信者らしき人達は泣きながら拍手をした。そしてアーデルとサリファに感謝の言葉を言う。
すると信者でなさそうな人達は小声で色々言っていたが徐々に拍手をするようになり、最後はアーデルやサリファに感謝する言葉が混じった大歓声になった。
アーデルは顔を隠してこそこそと砦にある部屋に戻ろうとしたが、コンスタンツにつかまった。
「あんな手があったなんてずるいですわ! 私よりも目立っているじゃありませんか!」
「ならコンスタンツも行ってきたらどうだい。飛べばすぐだよ」
「後からなんて貴族のプライドが許しませんわ! ……なんで顔が赤いんですの?」
「うるさいね。余計なことを言うんじゃないよ」
アーデルはそう言いつつ、笑顔にならないように頬に力をいれるのだった。