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派手な魔法

 

 アーデル、コンスタンツ、アルバッハの三人は砦より2kmほど離れた場所の上空で隣国の軍隊がいる方を見ていた。


 軍隊はおよそ一万。3kmほど離れた場所から隊列を組んで進んでいる。


 手入れがされていない草原が広がっている場所だが、それは行軍を遅らせる理由にはならない。むしろ、何度も通っていたのか、草原の一部は踏み荒らされている、もしくは整備されており移動は早い方だった。


「砦を落とすにはあれでも足りないのかい?」


 行軍を見ていたアーデルがコンスタンツへ確認した。


 アーデルであれば砦を数時間で更地にできる。戦争が始まってかなりの日数が経っているが、いまだに砦は健在だ。抵抗が激しいというのもあるのだろうが、それでも人数が多すぎるように思えた。


「私も詳しくは分かりませんが足りないのでしょう。向こうには強力な魔法使いがいないのかもしれませんわね」


 軍隊の中には攻城兵器と呼ばれるものがいくつか見える。巨石を放り投げるカタパルトや巨大な弓のようなバリスタと呼ばれる物が多く、それは魔法の力とは関係なく使えるものだ。


「昔、アーデルの力にあやかりたいと強力な魔法使いはこちらの国へやってきた。結局アーデルは誰かに何かを教えることはなかったが、やってきた魔法使い達はそのままこの国へ永住したという歴史がある」


 アルバッハが懐かしそうにそう言った。


「つまり他国には私達みたいな強力な魔法使いはいないのかい?」


「いないことはないだろうが少ないだろうな。ただ、多くの魔法陣が失われたことは間違いない。一子相伝とは言わないが、魔法使いは魔法陣の構築を秘匿する者が多い。そういうのは師匠から弟子に受け継がれるものだ」


「へぇ。なら、私はばあさんから『魔王を殺した魔法』を教わったから弟子であることは間違いないわけだ」


「以前見せてもらったが、あんなのはアーデルかお前にしかできないぞ。魔法陣が複雑すぎるし明らかに魔力が足りん」


 アルバッハの言葉にアーデルは少しだけ嬉しくなる。誰にでも使えるわけではなく、自分とばあさんだけ、という特別感がうれしいのだ。


「ぐぬぬ! いつか私もできるようになって見せますわ!」


「まあ、頑張んな」


 コンスタンツの悔しそうな顔にアーデルは少しだけ優越感のある顔を見せる。それに気づいたコンスタンツはさらに「きー!」と怒った。


「さて、気づかれたぞ。それに誰か来るようだ」


 アーデルとコンスタンツはアルバッハの視線の先を見る。


 全体的に白い服を着た何者かがこちらに飛んでくるのが見えた。アーデル達と同じように飛行の魔法を使っているのが分かる。


 三十代前半の男性がアーデル達の近くまで飛んでくる。その人物が話ができるほど近くまでやってきた。


「アルデガロー国の宮廷魔術師でアルバッハ殿でしたね。砦に来ていることは知っておりましたが、戦場に出てくるとはどういった理由で?」


 顔の造形もよく、身だしなみもきちんとしており、白い服は高価そうに見える。向こうの国の貴族ではないかとアーデルは思った。


「まさか弟子を連れて投降ですか?」


 見下すような顔は見せていないが、その視線からこちらを下に見ていることが分かる。いきなり攻撃をしてこなかったことも余裕の表れだ。


 そして戦いに来たのかではなく投降しに来たのかと聞いている時点で明らかに馬鹿にしている。戦況から考えると間違いないことだが、それでおとなしくしているような人はここにいない。


「お前は誰だ?」


 男のこめかみが少し動く。


 アルバッハは他国でも有名な魔法使いだが、目の前の男については名前も知らない。飛行の魔法が使えるのでそれなりの魔法使いだろうが、アルバッハは「どこの馬の骨だ」と一蹴した。


 さすが相手も貴族というべきか、怒っていても態度には見せない。こめかみが動いた時点で微妙だが、それでも礼儀正しくしている。


「失礼しました。ジーベイン王国の宮廷魔術師でベリフェスと申します。以後お見知りおきを」


「そうか。知っているようだが儂はアルバッハだ。さて、ここにいる理由だが貴国と休戦したいと思っておる。そのあたりの話ができる方を呼んでもらえないか?」


「……休戦と聞こえましたが?」


「そう言った」


「なるほど。魔法使いとしてだけでなく冗談のセンスもおありとは恐れ入ります」


「冗談ではなく本気だ。国王の署名がある書状も持ってきている」


「本気でしたか。それはあまりにも状況が分かっていないと思えます。ここで休戦に応じる理由が我々にはない」


「それは貴殿の判断だろう? 実は国王だったのかね? なら不敬だったかな?」


 ベリフェスが目を細めた。


「いえ、違いますが陛下もそう判断すると思います」


「貴殿の感想は聞いていない。それとも気持ちが通じあっているほどの仲良しなのかね?」


 本当に休戦する気があるのかというほどアルバッハの言い方は不敬だ。どう考えても相手を怒らせる言い方で、休戦をお願いしている立場ではない。


 へりくだって言ったところで相手を付け上がらせるだけなのは分かっているが、これが貴族のやり方なのかね、とアーデルは行方を見守っていた。


「なら、こちらが考慮するべき事情があれば教えてもらえませんか? さすがに休戦したいという情報だけを上に伝えたとしても同じ答えになり、陛下にまで話が伝わらない可能性がありますので」


「確かにそうかもしれないな。なら紹介しよう、こちらにいる方は魔女様の弟子だ。そして名前を受け継ぎ、今はアーデルと名乗っている」


「な……」


「魔法使いなら分かるだろう? すぐに貴殿の上司に伝えてもらいたいのだが」


 ベリフェスは目を見開いてアーデルを見ている。しばらくそうしていたが、首を横に振った。


「魔力は確かに多いようですが信じられませんね」


「さっきも言ったがそれは貴殿の感想だ。そんなものはどうでもいいから上司とやらに事情を伝えてほしい」


「こちらも先ほど言いましたが、それをそのまま伝えても同じ答えになるのですよ。魔女アーデルに弟子がいるなんて話は今まで聞いたこともありません。そしてもし弟子がいたとしても、魔女ほどの魔法が使えるのですか? アーデルと名乗っているだけの人物におびえて休戦したとなれば我が国は他国からどんなことを言われるか分かったものではありません」


「そうかもしれんな。では、貴殿の願い――魔女アーデル様と同等な魔法が使えるかどうかを証明しよう。アーデル殿、頼めるか?」


 アルバッハはアーデルに対して少しだけ頭を下げる。あくまでもお願いという形だ。そして何が起きてもそれを望んだベリフェスの責任という形にもしている。


 アルバッハが横柄な態度をとっていたのは、相手の言質を取るためのものだったのだろうとアーデルは理解した。


 ここで嫌そうな顔をすれば、アーデルがこの国に反感を持っている可能性を示してしまい、休戦交渉が難航する可能性がある。なので特に嫌がることもなく普通に頷く。


 アーデルは両手を空に向かって広げて魔法の準備を始めた。


 だが、それに対してコンスタンツが慌てる。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいな! 口上はどうするのです! 私の名前も向こうに伝えるためにいろいろ準備してきたのに!」


 その言葉に対してアルバッハが首を横に振った。


「いや、アーデル殿のことはベリフェス殿が向こうに伝えてくれるのでもういらん」


「横暴ですわよ!」


「師匠とはそういうものだ。アーデル殿、構わんからやってくれ」


 アーデルはため息が出そうになるのをこらえつつ、魔法陣を展開させる。


 直後に直径百メートルほどの巨大な魔法陣が上空に顕現した。


 ベリフェスがこちらに来ていても軍隊は行軍を止めなかったのでかなり近くまで来ていたのだが、さすがにこの巨大な魔法陣を見て動きを止める。


 アルバッハと口論していたコンスタンツはそれを見て目を見開く。


「な、なんですの、この馬鹿でかい複雑な魔法陣は!?」


 それは敵であるベリフェスと味方であるアルバッハも同じように思った感想で、目を見開いてその魔法陣を見ていた。


「派手な魔法がいいんだろう? 魔力を込める時間がかかるからやりたくはないけど、これなら文句ないはずさ」


 アーデルはそう言ってさらに魔力を込める。


 青の線で描かれた魔法陣が徐々に黄色になり、さらに赤みが増してきた。それは魔法陣に魔力が通っている証。


 そして魔法陣のすべてが赤く光ると、その魔法陣から爆音と共に雷が降り注いだ。


 耳を痛くなるほどの雷鳴と地面をえぐるほどの雷。


 敵の軍隊から悲鳴が上がったが、それよりもアーデルの魔法の方が音量としては上だ。


 そして分かることがもう一つ。これを軍隊の上空で展開されたらどうなるか。それは誰にでも簡単に想像できた。


 だが、アーデルの魔法はそれだけで終わるような優しいものではない。


 魔法陣から落ちる雷が何かの形を作り始めた。


 それは雷の竜。赤とも青とも紫とも見える雷の集合が形を作り竜の姿になった。それはアーデルがクリムドアを初めて見たときの竜と同じ姿だ。


 その竜が完全な形になると、上空に向かって雷を吐き出しながら咆哮をあげた。


 今までに聞いたことがないような雷鳴。それが周囲に響き渡り、雷の光線が雲一つない空を貫く。


「まあ、こんなもんか」


 アーデルはそういって魔法陣への魔力供給を止めた。すると魔法陣は徐々に青くなり、雷の竜はバチバチと音を立てながら周囲に放電する。


 魔法陣が完全に青になり、その後、透明になっていく。それと同時に雷の竜も形を保てなくなり、魔法陣が消えると同時に竜も消えた。


「ばあさんの本に書いてあった雷竜召喚の魔法だよ。形は私のオリジナルだけど、これなら派手だろう?」


 アーデルは笑顔でそういうが、コンスタンツをはじめ、アルバッハもベリフェスも開いた口がふさがらないといった感じで魔法が展開された場所を見ている。


 そこは巨大な隕石が落ちたのではないかと思えるほどのクレーターになっており、草一本残っていなかった。


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