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化け物と英雄

 

 アーデル達が砦についた翌日、砦は朝からざわついていた。


 昨日の夜もオフィーリアの提案で食事を振舞った。悪徳領主のせいで物資がほとんど届いていないこともあり、まともな食事をとっていなかったためだ。


 当然薬品などもあまりなく、国が購入するという証文と引き換えにブラッドが持っている商品を全て出した。


 砦にいる兵士達や冒険者達、そして衛生兵のような位置付けのサリファ教信者達は大いに感謝したのだが、それとは関係なく騒ぎになったのだ。


 今回、オフィーリアはアーデルの宣伝を自重したが、それでも気付く人は気づき、アーデルが魔女にそっくりだという話が出回った。


 それで砦は混乱した。


 恐怖に怯える者もいれば、半信半疑の者もいたのだが、ここまで混乱してしまっては支障がでるということで、将軍がアーデルの素性と作戦を伝達することにした。


 この場に敵国のスパイがいる可能性もあるが、いまさらバレたところでどうしようもないと情報を共有したのだ。その後、混乱というよりは興奮の方が勝り、昨夜から今に至るまで砦がざわついていた。


 この場にいる兵士達は勝っても負けてもいいから早く終わってくれという気持ちの方が強い。それをアーデルがやってくれると言うなら大歓迎。実際にできるのかと疑う者もいるが、たとえそうでも魔女の弟子ということで何らかの期待はある。


 この国にとって魔女アーデルという名前はそれほどのもので、今では明るい雰囲気になり、砦には活気があった。


 アーデルはそんな状況を砦の屋上で見ている。そして溜息をついた。


「勝手だね。ばあさんのことを魔女だとか化け物だとか言って追い出したくせに、いざとなったら英雄扱いか」


 手のひら返しとまではいわないが、明らかに魔女アーデルに対する評価がこれまでと逆転している。全ての人間がそうだとは言わないが、あまりにも勝手だ。


(ここで強力な魔法を使えば今度は私が化け物のように思われるかもしれないね。でも、それはどうでもいいさ。どうでもいい相手にどう思われても別に構わない。でも、いつか――)


「皆がアーデルさんみたいに強くないんですよぅ」


 アーデルは驚いて振り向いた。


 なんとなしに呟いた言葉だが、それを屋上へやってきたオフィーリアに聞かれていたようだった。朝食を持って来てくれたのか、両手で持ったトレイの上にはパンとスープが入った皿が置かれている。


 アーデルはバツが悪そうな顔をしてから後頭部を雑に掻いた。


「ああもう! そんな風にしたら髪がぼさぼさになるじゃないですか!」


「別にいいじゃないか」


「ダメですよ。これからアーデルさんの大一番なんですから見た目を良くしておかないと! 櫛で梳かしますから背中をこっちに向けてください。ほら、そこに座って! 朝食はその後です!」


 オフィーリアはテキパキと動き、アーデルを座らせた。その背後にオフィーリアが櫛を持って立つが、それだけではなくハサミも取り出した。


「バーバーオフィーリアの開店ですよ!」


「待ちなよ。まさか切る気かい?」


「ほんのちょっと毛先を揃えるだけですから。せっかくお披露目ですし、綺麗な髪なんですから隙が無い状態にしておかないと! こう見えて孤児院ではなかなかの評判でしたから安心ですよ!」


 そんなことする必要はないと思いつつもアーデルはオフィーリアに髪を任せることにした。今では自分で切っているが、以前、魔女アーデルに髪を切って貰ったことがあったので、それを懐かしいと思えたのだ。


 チョキチョキとハサミの音が鳴る中、アーデルは特に何も言わずに待つ。


「人は皆、弱いんですよ」


「いきなりなんだい?」


「はいはい、動かないで。危険ですからね」


 振り向くなということなんだろうとアーデルは解釈し、言われた通り動かないようにする。


「皆が皆、アーデルさんの様に強かったら良かったんですけど、そうじゃないんですよ。だから周囲の言葉に振り回されたり、強い人に怯えたりするんです。状況によってアーデル様のことを化け物や英雄の様に扱うのは勝手だと思われちゃうでしょうけど、そのあたりを考慮してもらえたら嬉しいですね」


「そういうもんかね。でも、フィーは違うだろ?」


「そんなことはないですよ。まあ、メイディー様に鍛えられたので多少は強いと思っていますが」


「強い弱いじゃなくてさ、フィーはたとえ弱くても周囲の意見に振り回されることはないと思うんだけどね」


「もー、それは褒めすぎではないですかね!?」


「ハサミの音が早いよ。怖いから落ち着きな」


「大丈夫です。まだごまかせる範囲……」


「ちょっと待ちな」


「冗談ですってば。まあ、私はたとえアーデルさんがどんな状況になっても親友なのは変わりませんから。他人の意見に振り回されることはないので、今日はドカンと派手にぶちかましてくれていいですよ!」


 アーデルは言葉に詰まる。


 自分が考えていたことを言い当てられたようなものだからだ。


 いつかオフィーリア達も自分を化け物の様に言うときが来るかもしれない。アーデルはそれを思うと少しだけ胸の辺りが苦しくなる。


 そんな状況は全く知らずにオフィーリアは言葉を続ける。


「クリムさんやパペットちゃん、それにブラッドさんも同じだともいますよ。コンスタンツさんは分かりませんが、あの人は思い込んだら他人の意見に耳を貸さない感じなので別の意味で強いというか……」


 思いのほかコンスタンツの評価が低いが、アーデルもなんとなく同意する。


「なので、派手にぶちかまして皆がアーデルさんを悪く言うようなら、もう仕方ないので国ごと乗っ取っちゃいましょう!」


「何言ってんだい?」


「私も悪の聖女として頑張りますよ! メイディー様も多分やってくれますって!」


「いや、だから何言ってんだい?」


「ですから、アーデルさんを英雄じゃなくて化け物扱いするような奴らだったら支配しちゃいましょう! 国を乗っ取ってアーデル王国でも作って崇めてもらえばいいんです。そのことで他国が文句を言って来たらその国も支配しちゃいましょう!」


「形は違うけど魔族の王と同じことをしてるじゃないか」


「確かに……まあ、そんなことはどうでも良くて、私はアーデルさんがどんな風になろうとついていきますから覚悟してくださいね!」


「覚悟が必要なのかい? 前から思っていたけどフィーはちょっとおかしいよね?」


「普通ですってば。そんなことを言うと髪型が前衛的な感じになりますよ?」


「敵に魔法を見せる前にフィーに見せることになるから止めときな。まあ、おかしいは言いすぎたよ。でも変な奴だとは思うけどね」


「なぜか孤児院でも良く言われてました。なんででしょう?」


「変だからだろ?」


 その後もオフィーリアとの他愛ない会話が続くが、アーデルは少しだけ悩んでいたことはすでに忘れ、今ではどんな魔法を使ってやろうかと楽し気に考え始めるのだった。


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