沈みゆく船
アーデルとコンスタンツは領主の館に到着した。
アーデルとしては証拠を探し出し、さらには会話で相手がボロを出すのを待つという展開になると思ったのだが、それは見通しが甘かった。
コンスタンツは有無を言わさずに上空から領主の館にいきなり攻撃を始めたのだ。
複数の火球が館へと降り注ぎ、館を一部破壊した。中からは悲鳴のような声が聞こえてくる。
「何してんだい?」
「戦いは先に一撃くれてやった方が勝つのですわ!」
「それはそうかもしれないが、領主以外も巻き込むだろう?」
フロストがいた屋敷のように執事やメイドがいる可能性はある。アーデルは戦うために付いてきたが、邪魔をする奴はともかく、特に悪さをしていない相手にまで怪我を負わせるつもりはない。
「悪徳領主に従っている奴を巻き込んでも問題ありません。皆、一律同罪です」
「従っていたとしても、嫌々だったかもしれないじゃないか。領主が怖くて何もできなかったというのもあるんじゃないかい?」
「それはそうですわね。でも、安心なさいな。破壊したところは人がいない部屋。生体感知の魔法を使って見ていますから問題ありません」
「そっちを先に言いなよ。まずアンタを倒さなきゃいけないかと思っちまったじゃないか」
アーデルはコンスタンツが使う魔法を見ている。
赤いドレスを着ていることといい、炎を扱う魔法を好んでいるようで、その威力はかなりのもの。王城で時の守護者が纏っていた鎧を溶かすほどの火力が出せるほどだ。
コンスタンツと戦って負けるとは思っていないが、面倒な戦いになるとは思っている。クリムドアやオフィーリア達とは感情的に戦いたくはないが、コンスタンツに限っては実力的に戦いたくはない。
そんなことを考えていると、屋敷の入口から武装した人間が三十人ほど出てきた。
「襲撃があったことに気付いたようですわね」
「あれで気づかないわけがないだろう? で、どうすんだい? まずは話し合いかい?」
アーデルの言葉にコンスタンツは首を傾げる。
「戦いに来たのになぜ話し合いを? それは最後の手段ですわ」
「私もあまり常識には詳しくないが、最後の手段は武力じゃないのかい?」
「話をするなら最初から攻撃なんかしません。まずは武力で拘束してからですわ。あの無駄に煌びやかな服を着ているのが領主でしょうから、あれは私が適当にボコボコにします。あとは気絶でもさせておけばいいでしょう。では領主以外をよろしくお願いしますわ」
面倒な方を押し付けられたような気がするが、相手には魔法使いがいてもあまり強そうには見えない。それに空中から一方的に攻撃ができるので負ける要素はない。
アーデルは面倒そうな顔をしつつも、低威力の魔法を発動させて領主以外に攻撃を始めるのだった。
十分ほどで勝負はついた。
そもそも勝負にならない。この世界でおそらく最強の強者であるアーデルと、それに近いコンスタンツが二人で上空から魔法を放てば一方的だ。
相手も弓や魔法で攻撃を試みるが届く距離ではない。アーデルは強い相手から一人、また一人と一撃で相手の意識を奪っていき、最終的には領主以外は全員が気絶して地面に倒れることになった。
領主は両腕を後ろにしてロープで拘束されており、膝をついた状態でアーデル達を見ていた。
四十代後半ほどの男性。通常であれば貫禄がある強面だが、今は怯えているようでその面影はない。
「お、お前達は何者だ! 名を名乗れ!」
怯えてはいるがそこは貴族。たとえ絶望的な状況だったとしても偉そうだった。
「私の名はコンスタンツ! 未来の宮廷魔術師ですわ!」
扇子を取り出して口元を隠しながら元気よく自己紹介するコンスタンツ。アーデルは最近ようやく慣れた。
「コンスタンツ……? ああ、アルバッハ殿の弟子か。待ってくれ、なにか勘違いをしているようだ。私はここの領主で――」
「国を裏切ろうとしている貴族である、ということで間違いないですわね?」
「そ、そんなことは――」
「貴族ならもう少し表情を取り繕うべきでしたわね。その顔では裏切っていますと自白しているようなものですわ。まあ、言わなくとも屋敷を調べれば証拠などいくらでも出てくるでしょう」
領主は観念したというよりも、開き直ったのか嫌らしい顔を浮かべた。
「コンスタンツ殿、話を聞いてくれないか?」
「なんの話でしょう?」
「確かに私は裏切り者で間違いない。だが、この国はもうだめだ。コンスタンツ殿もそう思うだろう?」
「客観的に見ればそうかもしれませんわね」
「なら敵国に寝返っても構わないはずだ。沈みゆく船に乗ったままなんて馬鹿がすることだ」
「なるほど、間違ってはいませんわ」
「だろう? なら一緒にどうだ? この屋敷には大量の物資がある。これを持って敵国へいけば貴族として迎え入れてもらえる。そういう約束もしてある。それに貴方ほどの魔法使いなら、あの国でも宮廷魔術師になれるだろう。悪い取引ではないと思うが?」
領主はニヤニヤしている。
(コンスタンツが普通に話を聞いているから上手くいくと思っているんだろうね。でも――)
アーデルはコンスタンツの隣で領主の言葉を聞いていたが、それは悪手ではないかと思っている。色々と面倒くさい感じのコンスタンツだが、自分なりの正義を持っていて、それは一般的な正義と同じだからだ。
「話はわかりましたわ」
「わかってくれたか! なら――ぎゃあ!」
コンスタンツは火球を至近距離で領主の腹に当てた。服が燃えるようなことはないが、かなり熱かったようで、拘束されたまま地面をのたうち回っている。
「貴方がクズな貴族であることがわかりました。本来ならギロチンというところですが、そこまでの権限はないので牢屋に入れる程度にしておきます。あとは国の判断に任せますわ」
そこまで言ってから、まともに呼吸も出来ない貴族を呆れた顔で見た。
「ここは隣国に近い領地、国にとって重要な場所。国王は信頼している者にしか領地を預けないでしょう。貴方はその信頼を裏切った。おそらく領地を任されてから二代目か三代目でしょうが、ご先祖様が信頼されていた証とも言うべき領地をこんな形で手放すとは情けない。それとも分かってて裏切ったのですか?」
それを答える前に貴族の男は気を失ったようだった。
コンスタンツは溜息をつくと、アーデルを見ていつもの顔になった。
「さあ、物資がこの屋敷にあるのが判明しましたので、それを奪って近隣の町や村に届けますわよ! ……なんでアーデルさんはニヤニヤしてるんですの?」
「いや、コンスタンツはよく裏切らなかったと思ってね」
「こんなのと一緒にしてもらいたくはありませんわ。大体、国を裏切るような奴を自国の貴族として迎え入れるわけがありません。どうせ敵国に騙されているんです」
「裏切らなかったのはそういう理由か――」
「それに守るべき領民がいるのにそれを放り出して逃げるなんてありえませんわ。沈みゆく船から逃げるなら最後の最後。皆の無事を見届けるまで船が沈まないようにするのが貴族というものです」
アーデルのニヤニヤが増した。
やることは破天荒だしわがまま、考えも過激なところはあるが、コンスタンツは基本的に善だ。
今回コンスタンツと一緒に来たのは、その性格を見極めるためだった。これなら一緒に旅をしても問題ないとアーデルは思う。
「立派じゃないか。コンスタンツみたいのが領主なら領民も幸せだろうね」
コンスタンツは一瞬だけぽかんとしてから、いつもの通り扇子を取り出して口元を隠した。それでもわかるくらいの笑顔だ。そして目元が赤い。
「そういうことならアーデルさんを私の領民第一号にして差し上げますわ!」
「それは遠慮するよ」
「なら、領民第一号はフィーさんにしておきますわ!」
「本人の許可を取りなよ? さ、こんな話をしていないで物資を届けようじゃないか。腹を空かせている領民が多いんだろ? 私には関係ないことだけど乗りかかった船って言葉もある。沈まない程度に付き合ってやるからさ」
「なるほど、これがフィーさんの言ってるツンデレですか」
「つまんない事を言ってると私が船を沈めちまうよ?」
その後、アーデル達は領主や兵士達を魔法で作った土の牢獄へ閉じ込めた。
そして屋敷にあった大量の物資は根こそぎ亜空間へ入れ、アーデル達は飛び回って周囲の町や村へ食料を配るのだった。