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救世と滅亡

 

 アーデル達は王都から三日かけて西にある戦場の近くまでやってきた。


 戦場の砦に最も近い町で一泊する予定だ。今は泊まる予定の宿へ向かっており、アーデルは馬車の中から町をぼんやり眺めていた。


 アーデルが住んでいた魔の森周辺や王都とは違い、この町ではほとんど人を見ない。避難したというわけではなく、家の中に閉じこもっているのだとオフィーリアは言っている。


「領主が住民を逃がさないようにしているんですよ。それ以前に避難したところで生活ができるほどのゆとりがないんでしょうね」


 ここに来るまでにいくつかの関所を通ることになったが、そこで見たのは商人のような人達ばかりだった。今でも戦地に近い場所に残っている人は今の家を捨てて他に移り住むことができない人達。


 そして領主は税収のために住人を外へ出さないようにしている。それを無視して逃げようとすれば重い罰があるので、危険とは分かっていても逃げずにとどまっているとのことだった。


「戦場はもう少し西の方ですけど、いつ巻き込まれるか分からないから心配でしょうね」


 オフィーリアが悲しそうな顔でそんなことを言った。何かをしたいとは思っていても何もできない、そんな表情だ。


 アーデルとしては先代のアーデルを裏切った国の人間に対して何かを思うことはない。ざまぁみろと思うこともなければ、同情するつもりもなかった。


(ばあさんが命懸けで作った平和なのに、たった数十年しか持たないなんてね。未来が分かってりゃ、魔族の王なんか倒さずにどこかに逃げなと言ってやりたいよ)


 むしろ一緒に世界征服をしちまえばいいくらいの気持ちが湧いたが、アーデルはそこでふと思ったことがあった。


「そういえば、魔族の王は結局何をしたかったんだい?」


 アーデルがそんな質問をしたのだが全員が首を傾げた。


 質問の意味が分からないのではなく、なぜそんな質問をしたのかが分からなかったのだ。


 アーデルはいきなりすぎたかと反省してから事情を説明する。先代アーデルがやったことが虚しい結果となったが、魔族の王に降伏するなり、逃げることができたのではないかという疑問が湧いたという理由だ。


 その説明を聞いたオフィーリアが質問の意図を理解して頷く。


「実はよく分かっていません」


「魔族の王が何をしたかったのか分からないってことかい?」


「はい、世界を支配するというのが一番の理由とされていますが、全ての命を奪うつもりだったのではないかという話もありますね。学者さん達の憶測ではあるんですけど」


「なんだいそりゃ?」


「敵対した相手の降伏を認めずに常に滅ぼしていたんですよ。それに仲間であるはずの魔族の人ですら反対意見を言ったら――」


 オフィーリアは右手の人差し指で自分の首を横に切るジェスチャーをした。


「なので、魔族の王に対しては誰も何も言えなかったとか」


「結局、魔族の王を倒すしかなかったわけか。だとしても、ばあさんのやったことはあまり意味がなかったね」


「そんなことはないと思うぞ」


 クリムドアが真面目な顔でそう言うと、全員の視線が集まった。


「おそらくだが、その魔族の王が生きていれば世界はもっと早く滅亡していた。先代アーデルのおかげで二千年という長い間、世界は滅亡せずに済んだ。全員が幸福だったわけではないが、世界という視点で見れば間違いなく世界を救った英雄だよ」


「そのばあさんが残した魔道具が未来で世界を滅亡させるなんて皮肉が効いてるね」


「……俺が言ったことが台無しじゃないか」


「慰めてくれようとした気持ちは嬉しかったから問題ないよ。だいたいね、アンタはばあさんを殺しに来たんじゃないか」


「その通りなんだが……そうそう、先代のアーデルはアーデルを育てたじゃないか」


「それがなんだい?」


「アーデルを未来に飛ばしたら世界の滅亡が早まった。つまり、先代のアーデルは魔道具の危険性を知っていて、それを回収させるために育ててくれていたのかもしれないぞ? アーデルが何かしらの事情でそれを辞めたから二千年しか世界は持たなかったようだが」


 クリムドアがいた世界はアーデルが魔道具の回収を途中までやった世界。全ての魔道具を回収すれば世界は滅亡せずに済む可能性がある。


 その言葉にオフィーリアも賛同するように頷いた。


「そういえば村長さんが魔女様のことを言ってましたね。自分に似た人が魔道具をとりに取りに来るとかなんとか」


「ああ、確かに」


 オフィーリアがいた村の村長は先代のアーデルからそんな話を聞いたと言っていた。言葉通りなら先代アーデルにはアーデルが回収に行くことを分かっていたということになる。


 アーデルは首を傾げた。


「でもおかしいね。実を言えば私はばあさんにそんなことを言われていないんだよ。魔道具を回収しろなんてさ」


「え? そうなんですか?」


 不思議そうに聞くオフィーリアにアーデルは頷く。


「これは私が勝手にやっている事さ。森に引きこもっていたばあさんに頼み込んで魔道具を借りに来ていたにも関わらず、亡くなったとたんに魔道具を返さない奴が多いから私が回収してやると思っただけなんだよ」


「アーデルさんに伝える前に亡くなってしまったんですかね?」


「どうだろうね。まあいいさ、遺言なんてものはなかったけど、それがばあさんの意思なら私はそれをやるまでさ。さて、そろそろ宿に着くんじゃないかい? 野宿でもいいけど、たまにはベッドで寝たいからね」


「わたくしはたまにでも野宿は嫌ですわ。というよりもお風呂に入りたいのですぐに宿で手続きをしないといけませんわよ!」


 いままで黙っていたコンスタンツはテンション高めに叫んでいる。


「こういうところの宿にお風呂なんてありますかね……?」


「いざとなったらお風呂ゴーレムに入ればいいですよ。なんとシャワー付き」


 今度はパペットがそんなことを言い出した。


 全員がなんだそのゴーレムと思ったが、パペットが作るゴーレムなら何でもありだなと思い直し、後で使わせてもらおうと思うのだった。




 町で一番大きい宿なのだが、アーデル達以外に客はいない。


 ここへ来るのは砦で戦っている兵士達へ何かしらの補給をするような人達くらいとのこと。今はそれもかなり減ったらしく、アーデル達は久しぶりの客らしい。


 食事を頼もうにも食材がほとんどなく、かなりの値段になってしまうと宿の主人は言っている。それはここだけではなく町全体がそうだという話だった。


 流通が減った上にここの領主が税収としてギリギリの生活ができるところまで奪っていく。そして逃げ出したいと思っても逃げ出せない。このままでは戦争が終わる前に生活ができなくなると嘆いていた。


 とはいえ、久しぶりの客、しかも金払いがいいアーデル達が来てくれて助かったと喜んでいた。


 アーデル達は誰もいない食堂で話をすることにした。借りた部屋は二部屋だが、貸し切りみたいなものだ。


「国の東と西じゃ随分と違うんだね」


 アーデルが水を飲みながらそう言う。


「ここは戦地に近い。当然のことだと思うぞ。とはいえ、これは――」


 ブラッドはそう言いながらコンスタンツの方を見る。


 王城で初めて会った二人だったが、馬車での旅で人となりはお互いに分かっている。商人と貴族ということで、それなりの関係も結べていた。


 コンスタンツはブラッドの視線に気づいたのか、扇子を取りだして口元を隠す。


「明らかにここの領主が不正を行っておりますわね……!」


 そう言ったコンスタンツは目だけで怒っているのが分かるほどだった。


 この町は補給の重要拠点と言ってもいい。そこに国の東側で作った作物などを輸送するのは当然のこと。それを考えると、この町の状況は王の意思、国の意思とは異なる。


「関所に商人達がいたから少し話を聞いてみたんだ。どうやら領主が商品を買い集めているようで、食料から武具まで、金に糸目は付けていないらしい。それだけ聞くと戦争のために仕方ないと思えるが――」


「違うってことかい?」


 アーデルの言葉にブラッドは頷く。


「戦場に直接出向いている商人もいたんだが、明らかに現場は物資が足りないらしい。ここの領主は戦場に物資を送ることを最低限にして相手国に寝返るつもりなんだろうな。物資をため込んでいるのもその手土産と言ったところか」


 ブラッドがそう言うと、コンスタンツが勢いよく扇子を閉じた。


「同じ貴族として許せませんわね! 領民を守り、国を守るのが貴族のあるべき姿! 裏切るなど言語道断ですわ!」


「コンスタンツさん、落ち着いて! アーデルさん! 紅茶出してください、紅茶!」


 オフィーリアが慌てた感じでそう言うと、アーデルは言われた通りに紅茶セットを取り出した。コンスタンツがお気に入りのカップやソーサーだ。


 オフィーリアは紅茶を注ぐ。亜空間に入れていた紅茶なので熱々だ。


 コンスタンツはすぐにカップを手に取ると、ゴクゴクゴクと一気に飲み干す。


「熱い!」


「落ち着きなよ。ほら冷たい水も飲みな」


 そんなこんなで一通り落ち着いたコンスタンツは綺麗な所作で扇子を口元へ持っていく。


「ごめんあそばせ。少し興奮しすぎてしまいましたわ。淑女として恥ずかしいですわね」


「いつも通りでしたから気にしなくていいですよ」


「フィーさん? ちょっと不敬ではありませんこと?」


 コンスタンツは「コホン」とわざとらしい咳をしてから、「それはともかく」と言ってアーデルを見た。そしてニコリと微笑む。


「アーデルさん、私と一緒にここの領主をぶちのめしませんこと?」


「お茶の誘いくらいの気軽さで言うんじゃないよ。それに丁寧な言葉っぽく言ってるけど色々と台無しだね」


「それは断るという意味かしら?」


 アーデルは首を横に振る。


「まさか。コンスタンツのことをちょっとだけ見直したよ。正直なところ、この町の住人がどうなろうとしったことじゃないが、手伝ってやってもいいよ」


「そうこなくては。では、すぐにでも行ってぶちのめして物資を強奪しますわよ! フィーさん達は町の人達に料理でも振舞って差し上げてくださいな。皆さん、お腹がすいて元気がなさそうなので」


「王様から貰った大量の食材をここで使えってことですね? 分かりました。王都で炊き出しをしていた経験を活かして頑張りますよ!」


「よろしく頼みますわ。それとこれは貴族のコンスタンツが言い出したことだと声を大にして宣伝するように。できれば、この領地を治めるのはコンスタンツが良いかも、とそれとなく言っておいてください」


「……いつものコンスタンツさんで安心しました」


「よく分かりませんが、安心したなら何より。ではアーデルさん、行きますわよ! 悪徳領主に正義の魔法をぶち込みますわ! あわよくば領地も頂きますわ!」


「本当に正義なのかは分からないけど、ちょっとくらいは付き合ってやるよ」


 アーデルはそう言ってコンスタンツと宿を出る。直後に飛行の魔法で飛び立つのだった。


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