村の反応
アーデルとクリムドア、そしてオフィーリアは魔の森を西へと向かって歩いていた。
オフィーリアは未来でアーデルを殺したとされる聖女になる。そんなことをクリムドアは言い、今は記憶の宝珠でオフィーリアの情報を抜き出している最中だ。
記憶の宝珠はクリムドアが見聞きした情報を蓄えることができる魔道具。自分が覚えていなくとも、一度でも見たり聞いたりした事柄であれば確実に情報が蓄積される物だった。
アーデルが未来で託された宝珠と元々持っていた宝珠の二つになったが、クリムドアはそれを融合してまた一つとなった。もともとそういう事も想定して作られた魔道具なのだ。
そして今は滅亡が早まった五百年分の情報も追加され、情報の精査や引き出しに時間が掛かっている。そのため、全ての情報が分かるのは夜になるとのことだった。
その情報は後で共有するとして、今はオフィーリアと話をしながら情報を得ようとしている。
ただ、そんなことをしなくとも、オフィーリアはずいぶんと好奇心旺盛のようで、アーデルとクリムドアに色々と質問をしていた。
初対面で色々と聞かれたら警戒するものだが、オフィーリアからは全く邪気を感じない。本当に楽しそうに聞いてくるので、些細なことでも答えてしまう程。むしろアーデル達の方が情報を取られていると言えるだろう。
「へー、アーデルさんは十八歳なんですか。私もそろそろ十八になるんですよ。見た目が幼すぎるって言われてますけど、これからですよ、これから。クリムドアさんは――五歳くらいですか?」
「いや、見た目は小さいがそんなに若くないな。それに本来の姿はもっと大きいんだぞ」
「もしかして私を乗せて飛べるくらいに大きいですか?」
「今のオフィーリアくらいの大きさなら簡単だな」
「ぜひ本来の大きさになってください! そして背中に乗せて大空を飛んでください! お金なら払いますから!」
「なんだい、空を飛べないのかい?」
アーデルがそう言うと、オフィーリアは不思議そうな顔をした。
「あの、人は空を飛べませんよね?」
「魔法で飛べばいいじゃないか」
「まさかアーデルさんは飛行の魔法が使えるんですか!?」
オフィーリアは両手でアーデルの二の腕を持って前後に揺らしだした。
「落ち着きなよ。使えるけど、そんなに目を見開いて驚くようなことかい?」
「驚くことですよ! そんなことできる人なんて世界でも指で数えるくらいしかいませんよ!」
オフィーリアはそう言ってアーデルを尊敬のまなざしで見つめた。
そういうことに慣れていないのか、アーデルは嫌そうな顔をしている。
「そんなことよりもオフィーリアのことを聞かせてくれないかい?」
現時点でオフィーリアがアーデルを殺すなどという感じは微塵もないのだが、自分を殺せるほどの強さがあるのなら色々と知っておきたいと思っている。
そもそもなぜオフィーリアと敵対関係になるのか。強さよりもアーデルの興味はそれだ。
「私ですか? 普通なので面白くないですよ?」
「構わないさ。そもそも人と話すなんて初めてみたいなものだからね、何を聞いても面白いよ」
オフィーリアは不思議そうな顔をしたが、「分かりました」と言って自分のことを話し始めた。
オフィーリアは村にある教会へ派遣されてきた女神サリファの信者。女神サリファはこの世界を創った創造神の一柱で、宗教としては最大の勢力を誇っている。
両親を戦争で亡くし、物心ついたときから教会が運営している孤児院にいた。こちらに派遣されてからは村に住んでいる人達が家族みたいなものだという。
王都にある教会で働いていたが、二年前にここの司祭が引退することになって派遣されたとのこと。見習いである自分が村の教会の責任者というのは無理ですと断ったのだが、他に誰も引き受けることがなく、最終的にオフィーリアに決まったらしい。
「来てみたら結構いいところなので良かったんですけど、もう少し私の意見も聞いて欲しかったですね……女神様の試練だと思えばやれますけど」
「魔の森のそばをいいところと言えるのは大したもんだよ」
「ここに派遣されて二年くらい経ちますけど、魔物に遭ったのは数回ですよ。普段は魔物なんて出てきませんから――そういえば、狼の毛皮とかお肉って貰って良かったんですか? 魔物の素材はそれなりのお金になりますよ?」
「へぇ、お金になるのか。そういうことに疎いから初めて知ったよ――ああ、毛皮や肉は別に構わないよ。亜空間に沢山入っているからね」
「亜空間……空間魔法が使えるって相当なんですけどね。飛行の魔法といい、どんな修行をしたらそんなことに……?」
先ほど倒した狼もアーデルの魔法で作り出した亜空間に入っている。
面白いことに未来へ行っても普通に取り出しが可能だった。どういう理屈なのかは分からないが、時間の流れが異なる空間なのかもしれないので研究してみるかとアーデルはふと思った。
「何か楽しいことでもありました?」
「ああ、いや、ちょっと亜空間のことを調べようと思っただけだよ――私が楽しそうに見えたのかい?」
「すごく楽し気な顔をしてましたよ?」
「初めて知ったよ――おっと、話が逸れちまったね。えーと、オフィーリアは魔女が嫌いなのかい?」
アーデルがそう言うと、クリムドアが天を仰ぐような仕草をした。単刀直入にもほどがあるという意味だろう。
「え? 魔女って先代のアーデル様のことですか?」
「あ、そうなるのか。そうだね、ばあさんのことなんだが」
「別に嫌いじゃないですよ。村の皆さんもアーデル様のおかげで助かったって感謝してましたし、私もそう思ってます。ただ、王都にいた頃に聞いた話では怖がっている人も多いようですね。特にお年寄りの方がそんな感じです」
「王都では、ね……ちなみにウォルスって奴は王都にいるのかい?」
「ウォルスって四英雄のウォルス様ですか?」
「へぇ、様づけされてんだね。確かにそいつのことだけど王都に?」
「ええ、いますよ。今は引退されて王都でもちょっと離れた場所に住んでおられます」
「ふぅん、そうかい」
「あ、あの、どうかされました? 何かちょっと怖い感じですけど……?」
「いや、とくに何もないさ……そろそろ日が落ちるけど村はまだかい?」
「え、あ、えーと、もう少しですよ。今日は狼の肉で美味しい料理を振舞いますから期待してくださいね!」
「ほー、オフィーリアは料理が上手いのか。でも、クリムの奴には気を付けなよ。作った料理にケチをつけるような奴だからね。肉をしっかり焼いてやったのに不味いとぬかしやがった」
「燃やす――焼くだけでも料理といえば料理なんだが、もっと味にこだわりをだな……」
「砂糖を出してやったろ。味が足りなきゃ舐めればいいんだよ」
「砂糖がそのままで出て来るなんて誰が思う」
「そこは塩ですよね!」
「塩をそのまま出されても困るんだが……いや、今の時代はそれが常識なのか……? 味付けするよな……?」
そんな話をしつつ、十分ほど歩くと魔の森を抜けた。
そして森の抜けた先には村らしきものが見える。
簡単な柵に囲まれて木製の家が何軒か並んでいるだけ。家の数からみても五十人も住んでいないように思える小さな村だ。
村の入口には何人かの人が立っており、何やら話をしているが、アーデル達に気付くと駆け寄ってきた。
「ああ、よかった。遅かったから心配したよ」
「村長さん、すみません。ちょっと魔物に襲われて奥の方まで逃げてしまったので」
「いいんだよ、無事なら何よりだ。えっと、そちらの方達は――え、魔物……?」
「狼に襲われていたところを助けてくれたんです。名前は――」
「ア、アーデル様!?」
かなり歳をとった村人が目を見開いてアーデルに向かってそう言った。村長と呼ばれていた男性と周囲にいた何人かの人もアーデルを見て全員が目を見開いた。
「ご存知でしたか。こちらは魔の森に住んでいる――」
「な、亡くなったはずだ! い、生きているはずが――」
村長達はほぼ狂乱状態だと言ってもいい。腰が抜けた者、地面をはいずる様に逃げようとする者、なにもかも諦めた顔で祈る者、状況は様々だが全員がアーデルを見て恐怖に怯えている。
「安心しなよ。私はアンタらが知ってるアーデルじゃない。私はばあさんから名前を受け継いだだけで本人じゃないよ」
アーデルが不機嫌そうにそういうと村人達は少しだけ落ち着きを取り戻した。ただ、最初にアーデルの名前を言い出した老人だけは病気かと思うほど汗をかき、震えながらアーデルを見ている。
「い、いや、しかし、アーデル様の若い頃にそっくり――」
「それで証明されたじゃないか。若返りの魔法なんてないんだから、ばあさんが若い姿で来るわけがないんだよ。いいから落ち着きな」
そうは言ってもなかなかざわつきは止まらない。アーデルは溜息をついてから、オフィーリアに視線を向けた。
「今日は教会に泊めてくれるんだろう?」
「え? あ、はい」
「なら、話は明日にしよう。今のアンタらに何を言っても理解できそうにないからね。一晩かけて落ち着きな」
アーデルはそう言うと、オフィーリアに教会の場所へ案内してくれと頼み、その場を去るのだった。