依頼と報酬
アーデル達はパペットが作ったゴーレムの馬車で西へ向かっている。
結局アーデルは先々代の王ディグレスの頼みを聞き、戦場へ行くことに決めた。
隣接する国は二つ。この国は大陸から東に少し突き出たような場所であるため、東と南は海が広がっている。そして北は溶けることがない氷と雪で覆われた山。隣接する国は王都から見ると北西と西の二か所だけだ。
基本的に国の境は山か川で区切られている。よほどの強行軍をしなければ山を越えることはないので、比較的通りやすい場所に砦を作り、そこが防衛拠点となっていた。
現在、戦闘が激しいのは北西だが、そこにはウォルスがいて敵を止めている。なのでアーデル達は先に西へ向かい、そこで相手国に力を見せて欲しいとの依頼だ。
アーデルだけなら飛んで行ってすぐにでもやることは可能だが、戦場を任せている将軍にまずは国の意思を示す書簡を送る必要があるということで、それよりも先に着いても意味はなく、さらには根回しや準備も必要ということでゴーレム馬車での移動になった。
有無を言わさず力を見せつけるという話もあったが、それだと敵も味方もアーデルを危険視するのでやめた方がいいということになった。そもそも休戦後の交渉なども必要なので国の中でも地位の高い人物でないとまとまる物もまとまらない。
そこで白羽の矢が立ったのはアルバッハ。なので将軍に見せるための書簡をアルバッハが届けることになった。アルバッハも空を飛べるので先に戦場へと向かっている。
そんな状況で西に向かっているが、アーデルは呑気に馬車から外を眺めていた。
「今日は天気がいいね。こういう日は薬の調合でもしていたいよ」
「因果関係は分かりませんけど、何となく晴れているときの方がやる気が出ますよね」
「雨の日は雨の日で調合が捗るんだ。湿気の問題があるけどね。雷や雪の日だとたまに変わった感じの薬が出来て結構楽しいもんだけどね」
「天気はなんでもいいってことじゃないですか……」
アーデルとオフィーリアは馬車に揺られながらとくに意味のない話を続けている。
戦場に向かう割には緊張感がないが、ゴーレム馬車はほとんど揺れず、暖かい日差しもある状況で緊張していても意味はないと皆が好きなことをしている。
クリムドアは昼寝、オフィーリアは食材の皮むき、ブラッドは商品の整理、パペットは自己改良、コンスタンツは読書だ。アーデルは特に何もせず景色を眺めている。
そこまで広い馬車ではないが、お互いを邪魔しない程度のスペースはあるので、皆がそれぞれ適当にやっていた。
アーデルはそんな状況を見て欠伸をした。口元を隠さずに大きく口を開ける欠伸は周囲を信頼しているのか、そのまま両腕を上にあげて体全体で伸びをする。そして今朝のことを思い出していた。
魔女アーデルを追放した先々代の王の頼みを聞く。感情的に嫌なのは間違いないが、放っておいてもそれそれでモヤモヤする。なので頼みは聞くことにして報酬を吹っ掛けた。
アーデルが求めた報酬は、この国にある魔女アーデルが作ったとされる魔道具を国の責任で回収しろという内容だ。いちいちアーデルが出向かなくとも回収してくれるというなら楽になる。
そして回収の方法は国に任せるという条件も付けた。つまり、相手が渋ったら交渉するなりなんなりして持って来いということだ。それにかかる経費も当然国が払う。アーデルは待っているだけで魔道具の方から集まってくるという寸法だ。
それだけではなく、報酬は別にもある。
今回依頼されたのはアーデルだが、他のメンバーも戦場、しかも最前線に行く。そこへ行くメンバーにも報酬を出せとアーデルが言ったのだ。
クリムドアとオフィーリアは大量の食材を、ブラッドは商人としての身分保障を、パペットは色々な鉱石やインゴットを、そしてコンスタンツは魔法書をそれぞれ要求した。
国からすればそんなもので良いのかという部分もあったが、これはオフィーリア達が自重した結果だ。基本的にはアーデルのおまけみたいなものなので、あまり貰いすぎると後が怖いという心理といえる。
アーデル以外のその報酬を元に色々やっているが、ブラッドは商品の整理が終わったようだった。
「ブラッド、そういえば悪かったね。王都で色々手配しておいてくれたんだろう? すぐに王都を離れたから無駄になっちまった」
「気にしないでいい。宿の手配と魔道具の行方を調べていただけだからな。それに王都の宿はそのままにしている。依頼が片付いたら報告に戻るだろうし、キャンセル代を払うのも悔しいからな」
「その辺は分からないけど問題なければ良かったよ」
「問題なんか王都での稼ぎを見たらないようなものだ。アーデルが作った薬は相当売れたぞ」
「そうなのかい?」
「戦争中だからな。薬がいくらあっても足りないくらいだ。それにサリファ教の信者も前線で治癒魔法を使っているが人手が足りない程だしな」
サリファ教と言えばオフィーリア。ジャガイモの皮むきを止めて会話に入ってきた。
「サリファ教は国教ではないので敵国にもいるんですよ。どちらに付くかは個人にゆだねられますが、それが戦争を長引かせている要因の一つであるとも言えるので複雑ですね。しかもサリファ教が悪いとかいう人もいるんですよ。そんな奴は家具に足の小指をぶつければいいんです!」
よほどの重傷でなければ、治癒魔法で治した兵士を最前線に再度送り込むことができる。戦っても戦ってもお互いに敵が減らないので戦いが長引いている、という話だ。一部ではサリファ教が黒幕だとも言う輩もいた。
「サリファ様は『たとえ喧嘩でも河原で殴り合えば友情が芽生える』と言うほどの博愛主義なんですけどね」
「どこに博愛主義の要素があったんだい?」
そもそもサリファは「気に入らない奴はぶん殴れ」というくらいの武闘派だ。博愛主義の欠片もない。
「命を奪うことが駄目ってことです。サリファ教で治癒魔法が凄いのもサリファ様のそういう部分が影響しているんですけど、なぜか信者じゃない人達はサリファ様のことをちょっとおかしいって言うんですよ。失礼しちゃいますよね」
アーデルもちょっと思っていたがそれは言わないことにする。そして話題を戻すことにした。
「ええと、話を戻すけど薬が高く売れたってことはお金がいっぱいあるってことかい?」
「まあ、そうだな。なので王都の宿に関しては一ヶ月ほど借りた状態だ。割引率が高いのでそうさせてもらったよ。あと、薬師ギルドで使えそうな薬草もいくつか買っておいた。後で渡すから見ておいてくれ」
「それは楽しみだね。次の休憩場所で見せてもらおうかな」
「そうしてくれ。でも、アーデルは俺が薬を売った金よりも遥かに金持ちだと思うぞ?」
アーデルは首を傾げて「なんでだい?」と言った。
「フロストのために作った薬の特許だよ。ちらっと聞いた話では相当な値段になっているらしい。魔力過多症とやらに効くのもそうだが、魔力循環関係の病にも効果的らしくてな」
「ふうん。あまり興味はないけど、お金があるならあの村で使ってもらおうかね」
その言葉にオフィーリアが食いつく。
「あの村って私がいた村ですよね!?」
「ああ、そうだよ。どうせたくさんお金を持っていたって私は使わないんだ。必要分だけ持って後は適当に使っちまったほうがいい」
「分かりました。ならあの村はアーデル村という名前にして魔女様の銅像も建てましょう」
「……手の込んだ嫌がらせかい?」
「違いますよ。確かに銅像はやりすぎかもしれませんが、なにか石碑でも残しておいた方がいいのでは? 一応サリファ教でもしっかりと魔女様の偉業を伝えていきますけどなにか形が残った方がいいかなって。あとサリファ教の紋章を彫っておけば壊されませんよ!」
なぜかサリファ教に寄付をしているような気がしないでもないが、それは良い考えかもしれないとアーデルはちょっと乗り気だ。
「それじゃこの戦争が終わったら一度村に戻ってみようかね。メイディーにも色々話をしておきたいし」
「そうですね。そういえば、アーデルさんが回収する予定の魔道具ってこの国以外にもあるんですか?」
「もちろんあるさ。人間の国だとこの国がメインだが、エルフやドワーフの国にもあるから一度はそこへも行かないとね」
基本的にエルフやドワーフ、それに魔族はそれぞれの大陸に住んでいる。
人間が住んでいる大陸が一番大きく、それ以外はその半分くらいの大きさしかない。他種族の国がある大陸はなく、人間なら人間、エルフならエルフというように単一種族がそれぞれの大陸で国を作り治めている形だ。
海を渡って行き来はしているので、人間、エルフ、ドワーフはそれぞれの大陸でよく見かけることがある。ただ、魔族の大陸だけは他種族はほとんどおらず、それぞれの港でちょっとした商売をするくらいになっている。
獣人だけはどの大陸にもいるが、国はなく似通った種族同士で森や山などに集落を作って住んでいる状況だ。
「となると、船が必要になるな……」
ブラッドがそう呟く。
アーデルは何を言っているんだろうと思ったが、ああ、そうか、と納得した。
「そういえば、フィーたちは飛べないね。海を渡る手段が必要だったか。というか、別大陸まで付いてくる気かい?」
「私は地獄までお供しますよ!」とオフィーリア。
「おれは商人だからな。商売のためにも他の大陸にも足を延ばしたいと思ってる」とブラッド。
「エルフやドワーフの技術はゴーレムに活用できそうなので。あと借金返済」とパペット。
それぞれがそう言ったが、クリムドアは眠ったままで、コンスタンツは唸っている。
「そうですわね、わたくしも他の大陸には興味がありますが、戦争が終わった後にどうなるかよく分かりませんわね。まあ、どうしてもというならついて行ってあげてもいいですわ!」
「コンスタンツに関しては、別について来て欲しいと言ってないけどね」
「……カチンと来ましたわ! 絶対ついていきますわよ!」
「えぇ……」
その後、コンスタンツは自分がいかに優秀なのかを語り始め、アーデルは余計なことを言ったと後悔することになった。