斬新な自己紹介
「コンスタンツ、この本を読んでもいいのかい?」
「知りませんが、あのジジイの物なので構いませんわ」
玉座の間での戦いの後、アーデルはクリムドア、コンスタンツと共にアルバッハの部屋にいた。
状況が状況だけに帰っていいという状況にはならず、城内で待機して欲しいとお願いされたからだ。
本来であれば宰相が色々とやるべきところだが、その宰相が魔族だったということで城内は混乱している。なので、権威だけはあるアルバッハが嫌々ながらも色々と指示を出して混乱を収めようとしていた。
その中でも一番の問題はアーデルなのだが、アルバッハが頭を下げて留まる様にお願いしてきたので、仕方ないとアルバッハの部屋で大人しくしている。
ただ、オフィーリアだけはパペットとブラッドを呼ぶために泊まる予定の宿へ向かった。
それはアルバッハの依頼だ。玉座の間の状況――その中でも時の守護者関係の話を聞くため。アーデルが嘘をつくとは思っていないとアルバッハは言ったが、それでも状況を知っている人物の話を聞きたいという理由だ。
二人を呼ぶことにアーデルは渋っていたが、今日は王城に泊まって歓待を受けて欲しいと言ったところでオフィーリアが了解した。曰く「お城に泊まれるなんてすっごい事なんですよ! 自慢できます!」と興奮していたからだ。
アーデルとしては断りたいところだが、オフィーリアの屈託のない笑顔に「仕方ないね」と降参し、この部屋で皆を待っている。
もう一つ事情がある。それはクリムドアの調子がまだ良くないからだ。目を覚ましているし、受け答えも問題ない。後は栄養が付くものを食べれば大丈夫ということなので、城で食事を用意してもらった。
夕食にはまだ早い時間なので軽食だ。それでもクリムドアはよほど腹が減ったのか大量に食べている。
アーデルは以前購入した紅茶を飲みながら本を開いたが、本ではなくクリムドアを見た。
「よく食うね」
「む? アーデルも食べるか……?」
「いや、いいよ。その食欲を見た限り大丈夫そうだけど、実際のところどうなんだい?」
「あの魔族の魔力は気持ち悪いものだったが、今はそれを感じないから大丈夫だ。俺の魔力が少なすぎて抵抗できなかったんだろう。だから、たくさん食べて魔力の補充中だ」
「単に食い意地が張ってるだけのような気がするけどねぇ」
クリムドアは「否定はしない」と言って食事を再開させる。見た限り問題はなさそうなので、アーデルは開いた本に視線を落とした。
本当は時の守護者が言っていた「存在しない魂」のことについて尋ねたいが、コンスタンツがいるのでやめることにした。
それに先ほどからコンスタンツの視線が鋭い。ずっとテーブルの対面からアーデルを見つめている。
アーデルは溜息をついてから本を閉じた。
「言いたいことがあるなら言いなよ」
「あの時の守護者というのは何者なんですの?」
「歴史を守っている奴だよ」
「その歴史を守っているというのが分からないと言ってるんですわ!」
「さっき簡単に説明しただろう? そこにいるクリムは未来から来た竜なんだよ。滅亡する歴史を変えるために来たんだが、あの時の守護者がそれを邪魔しようとしてるんだ」
「向こうからすれば俺達が歴史を変えようとしている邪魔者なんだろうけどな」
クリムドアがサンドイッチを食べながらそう答える。
コンスタンツは貴族らしからぬ複雑そうな表情を見せてから息を吐いた。
「信じられませんわ、まさか時渡りの魔法があるなんて。でも、おかしいですわよね?」
「おかしいってなんだい?」
アーデルが紅茶の入ったカップに一口付けてから尋ねる。
「歴史を変えるならもっと若い頃の魔女様をどうにかするべきだったのでは? もしくは魔女様のご両親をどうにかするとか」
「怖いことを言うんじゃないよ」
アーデルが眉間にしわを寄せて抗議するが、クリムドアは首を横に振った。
「歴史には強制力というものがある。先ほどの時の守護者がいい例だが、それ以外にも色々あるんだ」
「色々とは?」
「例えば先代のアーデルが子供の頃に死んでいれば魔族の王は生き続けるだろう。世界が滅亡するという結果はアーデルではなく、魔族の王がやる可能性がある」
「……つまり滅亡へ至る道筋が変わるだけと?」
「理解が早いな。なので確実に滅亡を回避する対応が必要になる。それを調べた結果、この時代のアーデルを倒せばいいという結果になった」
「人違いをしてたけどね」
アーデルがからかうように言うと、クリムドアは何かを言いたそうに口をパクパクさせていたが、最後にはうなだれた。
「それもおかしいんだ。この時代に来るのは間違いないはずだった。だが、元凶のアーデルはすでに亡くなっていて、弟子のアーデルが魔道具を回収しようとしていた。なにがどうなってそうなっているのかさっぱりわからん」
「しっかりしなよ。アンタが分からなかったら誰が分かるんだいって話なんだからさ」
「俺にだって分からないことはある。俺の生みの親である竜の王がいれば分かったかもしれないな。この時代に行くように指示したのはその方だ」
「なら、この時代にはおりませんの? 竜は長命だと聞きますし、そんな竜がいるなら会ってみたいですわ」
コンスタンツが希望に満ちた目でクリムドアを見つめる。
だが、クリムドアは首を横に振った。
「この時代ではまだ生まれていない。あと千年後くらいに生まれる予定だ。そしてその千年後くらいに俺が生まれる感じだな」
「それはまた長いですわね――そうですわ! わたくしは未来だとどんな風に言われていますの!? 天才宮廷魔術師とか言われておりません!?」
その質問にアーデルもクリムドアが顔を見合わせるが、すぐにお互いに視線を外した。
クリムドアが床に視線を落としつつ、口を開く。
「み、未来のことを知りすぎるのは良くないぞ……」
「いいから言ってくださいまし! どんな状況でも文句は言いませんから!」
「わ、分かったから首を絞めるな……ふう、簡単に言うと、この国自体が無くなるので宮廷魔術師という職もなくなる。少なくともコンスタンツの名前は俺の知っている歴史に出てこない」
コンスタンツは一瞬、魂が抜けたような顔になったが、すぐにクリムドアの首を両手で絞めた。
「ふざけんじゃないですわよ!」
「も、文句を言わないと言ったじゃないか!」
「二人とも落ち着きな。もしかしたら今日の出来事で未来が少し変わった可能性があるんだ。コンスタンツだってこの国の宮廷魔術師になる可能性があるんじゃないかい?」
クリムドアの首を絞めていたコンスタンツは思考が止まったような顔になったが、すぐに扇子を取り出して口元を隠した。
「さすがですわ、アーデルさん! よく分かっておりますわね!」
「可能性って言ったろ、確実じゃないよ」
「それでも十分ですわ。ですが、この国、本当に残るのか微妙なところですわね」
「なんで冷静にそんなことを言ってんだい。もっと慌てるとか悲観するとかあるだろうに」
アーデルとしてはこの国がどうなったところで別に構わないが、コンスタンツはこの国の貴族でもあり、宮廷魔術師を狙っているなら国が無くならないように何とかするべきだ。なのにどこか他人事のように言っている。
「宰相が戦争を望んでいたという話を聞いておりますので、魔族だったことを周辺国に話して謝罪すればなんとかなるかもしれません。ただ、それが本当のことだったとしても周辺国が許すかどうかは別問題ですわ」
「なるほどね。その辺は分からないけど周辺国が許してくれれば国が残る可能性はあるね。ま、頑張んな」
アーデルがそう言うと、コンスタンツがジッとアーデルを見つめた。
「……なんだい?」
「魔女様の弟子がいると言えば、周辺国も矛を収める可能性が高いですわね……」
「なんて嫌なことを考えるんだ。フィーが貴族っていうのは嫌らしいって言ってたけど本当だね」
アーデルとしてはこの国に対して何かをしたいとは微塵も考えていない。
魔族の王を倒したアーデルに対する仕打ち、そして未来では英雄扱いもされていない。それは宰相に化けていた魔族が主導していた可能性もあるが、そうだとしてもその決定をしたのはこの国の王であり、ウォルスは賛同した。許せるわけがない。
「私を使って何かをしようとするなら、私がこの国を滅ぼすから気を付けるん――」
「それは困るぞ」
言葉を遮る様に扉が開いてアルバッハがやってきた。
アーデルは椅子に座ったまま、扉の方へ顔を向ける。
かなり疲弊した感じのアルバッハが立っているが、アーデルとしてはどうでも良かった。問題は連れている老人だ。
「アーデル、こちらは――」
「紹介なんかいらないよ」
どう見ても高級な仕立ての服を着た老人だ。そしてアルバッハ程の人物が敬意を払う行動をしている。さらにはコンスタンツが椅子から立ち上がり、片膝をついた。
なら答えは一つ。アーデルにとって許せない人物の一人だ。
老人がゆっくりと口を開く。
「そう言わず、自己紹介くらいさせてくれぬか」
「……好きにしなよ」
「先々代の王をやっていたディグレスという。魔女アーデルを魔の森へ追放した者だ」
「斬新な自己紹介だね。それは私に殺してくれって言ってるのかい?」
アーデルはそう言ってディグレスを睨んだ。