魔壊
玉座の間でアーデルは普段は抑えている魔力を解放した。
触るだけで命の危険があるほどの濃厚な魔力は、先に解放していた魔族の比ではない。
この場には全く関係のない者達もいるが、アーデルはお構いなしだ。魔族の魔力で倒れているような者に対して配慮するつもりもない。
とはいえ、殺してしまうのは後々厄介なことになるし、そこまではしたくないと考えを改める。
「アルバッハ、コンスタンツ、倒れている奴らをなんとか守りな」
「これほどのバカげた魔力を放出しておいて何を言ってますの!? ああ、もうやりますからすぐに終わらせなさいな!」
コンスタンツはそう言って倒れている騎士達に結界を張る。アーデルの魔力に驚いていたアルバッハも慌てて結界を張った。
オフィーリアは自分だけでもなんとかなるようで、クリムドアを抱えながら結界を張っていた。
それを確認してからアーデルは魔族を睨む。
「さて、私と戦いたいんだろう? 来なよ、私に喧嘩を売ったんだ。高く買ってやるよ」
「その言い方……まさにアーデルだな。お前が違う人間だというのが信じられん」
「それは褒め言葉だと思っておくよ。来ないならこっちから行くよ?」
アーデルは四つの魔法陣を周囲に展開した。
そこから地水火風の属性を持つ魔法が放たれ、魔族と獣人へ向かった。
「お、おい……!」
魔族は慌てて結界を張った上に人質にした王を盾にするが、アーデルが魔法の発動を止めることはない。
様々な魔法が魔族を襲い、結界は破壊したが、魔族はなんとか耐えているようだった。
「お前、王諸共やる気か……?」
「いや、大怪我はするだろうが私特製の薬で治してやるから問題ないよ。それに獣人の方も耐えたのならもう少し出力を上げていいね」
「させるか!」
次はこちらの番だと言わんばかりに魔族が同じように魔法陣を展開する。その数はアーデルが作った魔法陣の倍はあった。
だが、その魔法陣は魔法を発動する前に全て破壊される。魔法陣が黒い粒子となって消えていった。
「な、なに……?」
「そんな骨とう品並みの魔法陣なら解析するまでもないね。魔族達はばあさんによくやられたのにそれを忘れちまったのかい?」
アーデルの言葉に魔族は目を見開く。
「お、お前、魔壊を使えるのか!?」
魔壊とは構築された魔法陣に魔力が通される前、それとは相反する魔法陣を重ねることで無効化する――という魔法理論だが、実際にできたのは過去に一人だけだ。
「アンタが使ったような古臭い魔法陣にならね。魔族ってのは魔力量にものを言わせて簡単な魔法陣しか作らないから簡単だってばあさんの本に書いてあったよ」
「ふざけるな! あんなのは魔女にしかできない芸当だぞ!」
「練習すれば誰にだってできるさ。さて、それじゃ今度はこっちの番だね」
アーデルがそう言ったところで、今度は獣人が突進してきた。
マントをなびかせながら、魔法剣を両手で持ち、アーデルを突きさすような形で迫る。
「その前にアンタかい。痛いから耐えなよ」
一瞬でアーデルの目の前まで迫った獣人だったが、あと少しというところでアーデルの魔法が完成する。かなり不規則な形で魔法陣が配置されたが、誰かがそれを不思議に思う前に魔法が発動した。
アーデルの足元にできた魔法陣から獣人に対して突き上げるように土の柱が飛び出す。その勢いで獣人は天井近くまで放り出された。
その先にも魔法陣が展開されており、同じように土の柱が出現し、獣人をさらに部屋の奥へ吹き飛ばす。
最後は天井付近にあった巨大な魔法陣が下に向かって土の柱を出現させて獣人を踏み潰した。
床は衝撃でへこみ、獣人はすでに気を失っているのか、うつぶせのまま魔法剣を手放していた。
「さすがは獣人だね。手加減はしたけど、気絶するくらいで済むなんて頑丈さはかなりのもんだ」
アーデルはそう言いながら、魔族の方へ歩き出した。
「さて、後はアンタだけだ。どうするんだい?」
魔族は王を抱えたまま、首元にナイフを突き付ける。
「それ以上近寄ればコイツの命がないぞ」
「好きにすればいいさ。私自身は殺しをしたくないが、アンタがする分には別に問題ないよ」
「……ハッタリだ」
「それが正しいかどうかは刺してみればわかるよ。でもね、私の魔法と刺す時間、どっちが早いと思ってんだい?」
直後にアーデルが小さく作っておいた魔法陣が発動する。風の魔法を極限まで圧縮した不可視の魔法。それが魔族の持っていたナイフに当たり、手から離れた。
魔族は回転しながら宙を舞うナイフを目で追うが、その隙にアーデルが飛行の魔法で魔族に近寄る。
魔族は結界を張ろうと魔法陣を構築したが、アーデルはもっと早い攻撃をした。
メイディーから教わった右ストレート。いつも起きた直後や寝る前に練習していたパンチ。当然、飛行の魔法で加速されたパンチは普通のパンチではない。
勢いのついたパンチを顔面に受けた魔族は王を離すほどの勢いで壁際まで吹き飛ばされた。
そしてアーデルは眉間にしわを寄せて右手を押さえながら前かがみになった。
「痛いじゃないか!」
ぽかんとしていたオフィーリアだったが、すぐさまアーデルに駆け寄った。
「なんで素手で殴るんですか! 痛いに決まってるじゃないですか! すぐに痛みを和らげますからちょっと待って! というか、魔力を抑えて! こっちも痛い!」
そう言われてアーデルは魔力の放出を止めて右手をオフィーリアの方へ差し出す。
オフィーリアが治癒の魔法を使うと、アーデルの痛みは徐々に引いていく。
「はー、なんだい、素手で殴っちゃいけないのかい?」
「それはそうですよ。しかもあんなに勢いをつけて相手の顔を殴るなんて、指の骨が折れちゃいますよ……」
「でも、メイディーは素手で大木を粉砕してなかったかい?」
「メイディー様は例外です。というか、あれは身体強化の魔法を使ってるんですよ。普通に殴ったら痛いに決まってます」
「……そっちも教えて欲しかったね。でもそうか、身体強化の魔法か、なるほどね」
治療が終わったアーデルは右手を振りながら倒れた王を見た。
どうでもいいとは思いつつも助けた方がいいかと思い、体を揺らして目を覚まさせようとした。
「起きなよ。まったく、面倒くさい――」
アーデルが王の方に触った瞬間、ピシリとなにかにヒビが入る大きな音が聞こえた。
「……まさか、ここでかい?」
アーデルが嫌そうな顔をすると、オフィーリアも気付き、クリムドアを揺さぶった。
「ク、クリムさん! 起きてください! ヤバいです!」
直後に玉座の間に倒れている騎士達の鎧が全て分解される。そして玉座の間の中心に集まり始めた。
「これは……?」
「な、なんですの……?」
騎士達へ結界を張っていたアルバッハとコンスタンツは驚きながらその状況を見つめる。結界が簡単に解除された上になんらかの魔力が部屋の中央に集まっているからだ。
分解された鎧が集まり、一つの巨大な鎧となった。三メートル近い鎧の手には騎士達が持っていた剣も集まり、より大きい剣になる。そこには獣人が持っていた魔法剣もあった。
兜の隙間からは青白い炎が見えており、それがアーデルを確認するとさらに燃え上がった。
「お前が何をしようとも歴史は戻らない。滅亡に向かうことが正しい歴史なのだ」
男とも女とも区別がつかない声色で鎧が言葉を発した。
それを聞いたアーデルが口角を上げた。
「話せるとは驚きだね。でも、そんなことは私の知ったことじゃない。アンタが神だろうと時の守護者だろうと、私の邪魔をするならただの敵さ。今回も勝たせてもらうよ」
アーデルは一度抑えた魔力をもう一度解放して複雑な魔法陣をいくつも作り上げた。