魔族
玉座の間は誰もが思考を一時的に止めていた。
国の運営に関わっている宰相が魔族だとアーデルが暴露したからだ。当のアーデルは何でもないようにそれを言ったが、人間の国でそれは重大な話になる。
魔族の王が世界を支配しようとした。魔族はそれに逆らうことができずにその争いに加担することになったが、魔族の王がアーデルに倒されると、魔族達は争いを止めて国へ帰ったのだ。
当然、それだけで許されるわけはないが、魔族は多大な賠償金や資源を国がギリギリ保てる状態まで他国に提供した。あれから五十年近く経っているが、いまだにその日の生活にも困っているほどの貧困を強いられている。
とはいえ、それは魔族側の主張だ。
魔族の領地である島「ビルフド」、ここへは船で何日もかけて行くしかない。行くだけでも危険、さらには戦闘力が高い魔族が多くいる島へ確認しにいこうという人間はおらず、魔族の言葉を信用するしかないという事情がある。
魔族の王が倒された後、魔族達はその島からほとんど出てくることはなく、来たとしても資源の売買程度で人間やエルフ、ドワーフ達の国で見かけることはほとんどない。
その魔族が人間の国にいる。それだけではなく、かなりの地位にいる。
思考は停止したが、ある程度落ち着くとそれが嘘や冗談の類だと思い始めた。
なのだが、そんなことを考えない人物もいる。
「ドリストをどうした!」
宮廷魔術師のアルバッハはそう叫ぶとすぐさま魔法陣を展開。玉座の間という場所にも関わらず魔法を行使した。
アーデルに放った時のように、らせん状の土がドリストへと向かった。
だが、その魔法はドリストの手前で結界に遮られる。その直後にドリストから魔力があふれ出し、近くにいた王や騎士が苦しそうにもがき始めた。王を含め、一部の騎士は意識を失う程だ。
「うっ……!」
アーデルやオフィーリア、そしてコンスタンツやアルバッハ達は自分達の魔力でそれを中和しているが、クリムドアだけは苦しそうにしてうめき声を発した。
「大丈夫かい?」
アーデルはクリムドアの方をちらりとだけ見てから尋ねた。
「あ、ああ、大丈夫だ……」
「私の魔力なら何とか大丈夫ですよね? しっかり抱えてますので安心ですよ!」
オフィーリアがクリムドアを抱えて魔力の中和を始めた。クリムドアはまだ苦しそうではあるが、少しだけ落ち着いたようだ。
それを見たアーデルはクリムドア達を庇うように前に出てから魔族の方へ視線を向けた。
「まさかこんな形で露見するはな……」
ドリストから見た目に反して若い声が発せられた。
そして徐々に姿が変わり、若者の姿になる。とはいえ、魔族は一定の年齢になると見た目が変わらないそうなので実際に若いかどうかは不明だ。
年齢不詳ではあるが、男性で黒い髪を後ろで一つに束ねており、魔族の特徴である赤い目がアーデルを睨んでいた。
アーデルはその視線を全く気にすることなく、男性の右手にはめられた指輪を見ている。
「ああ、それだ、その指輪。それはばあさんが貸した物だ。貸出期間は切れているんだから返しなよ」
「もうちょっと空気読みましょうよぉ」
オフィーリアがクリムドアを抱えながら小声でアーデルにそう伝える。
だが、アーデルは眉をひそめた。
「空気を読むのは向こうだよ。なんで私がここの都合に合わせなきゃいけないんだい。勝手にやっていればいいんだよ」
アーデルはそう言ってから、魔族の男を睨んだ。
「それに私は魔族が嫌いなんだ。アンタらが魔族の王をしっかり諫めておけば、ばあさんがあんな目に合うこともなかったんだ。まったくなにが戦闘力が高い種族だい、たった一人の魔族に逆らえないなんてさ」
魔族の男はその言葉に思うところがあったのか、睨む目がさらにきつくなった。
「ばあさん……つまりお前はアーデルの孫か?」
「違うよ、私はただの弟子さ」
「弟子……? しかし、アーデルには……いや、墓があった時点で誰かがいたことは間違いないか……?」
魔族の男はぶつぶつと何かを呟いている。
「いいからその魔道具を返しな。それ以外のことは私には関係ないからね」
「……見逃すと?」
「見逃すもなにも、アンタが何をやっているのかすら知らないからね。好きにしたらいいんじゃないかい?」
「……いいだろう。バレてしまってはもう意味がない」
魔族の男は指輪を外す。そしてチラリと跪いている相手に視線を送った。その相手も魔族の魔力の影響を受けてるはずだがまったく苦しそうではなく、いまだに跪いている。
それを見逃すアーデルではないが、とくに何かをするつもりはない。
男は結界を解いて指輪をアーデルの方へと放り投げた。
アーデルはそれを受取ろうとするが、それに合わせて跪いていた相手が剣を抜いてアーデルに向かった。
アーデルは結界でその攻撃を防ぐ――つもりだったが、振るわれた剣から魔力を感じ、何か嫌な予感がして前方に結界を張った状態で後ろに飛び退いた。
剣を抜いた相手はその結界を何もないように切り裂く。
(魔法を無効化する剣……? それに相手は獣人かい)
アーデルは一瞬でそこまで考え、近づかせないように風の障壁を作りだした。たとえ魔力を無効化で風の障壁を切ったとしても風が収まるまでの風圧で多少はこちらに近寄る時間を稼ぐことができる。そうすれば魔法攻撃をぶち当てるつもりだ。
そしてアーデルは念動の魔法で床に転がった指輪を回収した。アーデルは笑顔になるとすぐに亜空間にしまう。
その間に魔族の男が倒れていた王を人質にしていた。獣人もその近くに退避している。
「これで形勢逆転だな」
「何を言ってんだい?」
「王の命が惜しければ言うとおりにしろ」
「嫌に決まってんだろう」
「……俺が殺さないと思っているのか?」
「いや。別にどうでもいいと思っているからだね。ところで砦を破壊した罪とやらはもう免除でいいんだね?」
「なに……?」
「アンタが砦を破壊した人間――つまり私を裁く予定だったんだろう? でも、魔族だったアンタに私を裁ける権力はもうないわけだ。それじゃ、ばあさんの魔道具も回収したし、ここにいる理由はないからもう帰るよ。後は勝手にやっとくれ」
アーデルはそう言ってすぐに背中を向けて出口の方へと向かった。
全員が狐につままれるような表情であったが、コンスタンツがアーデルの前に躍り出て変えることを妨げる。
「ちょっと待ちなさい! 王が危険なんですから助けてくださいまし!」
「やだよ、面倒くさい。なんで私がばあさんをあんな目に合わせた国の王を助けないといけないんだい。ほら、フィー、クリム、もう帰るよ」
「えーと……? いいんですかね?」
オフィーリアはオロオロしながらもクリムドアを抱えながらアーデルの後に続いて出ようとしている。
「待て!」
今度は魔族の男がアーデルを止める。
アーデルは溜息をつきながらも振り返って男を見た。
「今度はなんだい。邪魔しないから続けなよ」
「そ、その、竜の幼体は、なんだ……?」
クリムドアは魔族の魔力に弱いのか、いつの間にかオフィーリアに抱えられたまま眠る様な感じになっている。
「なんだって言われてもね、竜の幼体としか言えないよ。まさか置いていけとは言わないだろうね」
「……いや、置いていけ」
それを聞いたアーデルは、今度はただ睨むだけではなく、殺意がこもった目で魔族の男を睨んだ。
「さっきからなんでアンタは私に命令しているんだい? 私がそれを聞かなきゃいけない理由があるんだろうね?」
「王の命と引き換えだ。それならいいだろう?」
「始めて会った奴の命より友達の方が大事だろうに。その人質は好きにしなよ。私にとっては何の価値もないからね」
アーデルはそう言ってから部屋の外へ出ようとする。
その直前で扉が閉まり、外へ出れなくなった。
「悪いが逃がすわけにはいかん。その竜は置いて行ってもらうぞ」
アーデルは大きく溜息をついてから振り向いて魔族の男を見た。
「魔族っていうのはいちいち人を怒らせるね……なら相手をしてやろうじゃないか。アンタらも一度はぶん殴ってやりたいと思っていたらからね」
そう言うとアーデルから魔族の男からとは比較にならないほどの強大な魔力が放出された。