宮廷魔術師と宰相
宮廷魔術師の名前はアルバッハ。
今年で80になる高齢の魔法使いで魔女アーデルとはライバル関係だった、と自称している。それを言えるだけの実力はあるが、アーデルが相手にしていたかは不明。
元々宮廷魔術師はアーデルに内定していたらしいが、本人は「そんなのは御免だね」と言って辞退。代わりにアルバッハが宮廷魔術師になったという経緯がある。
アルバッハはそれが気に入らない。
アーデルにお情けでこの職を渡されたようなものなので、いつか見返してやると思っていたが、アーデルが亡くなったことを聞いたときは相当落ち込んだ。
ただ、それも半信半疑で生きているのではないかと疑っていたという。
ここまでを本人のアルバッハから聞いたのだが、コンスタンツを含めて全員が疲れていた。
「流石だな、アーデル。何かしらの魔法を使って全盛期の力を取り戻したか。いいだろう、ここでどちらが強いか分からせてやる!」
「……その拘束から抜けられるなら相手してやってもいいけどね、それから逃げられないならばあさんの足元にも及ばないよ」
「ぐぬ!」
アルバッハはアーデルが魔法で拘束している。見えないロープで縛られているような状況だ。その状態で椅子に座らせ、魔法の発動も封じている。先ほどからもがいているが、抜け出せそうな気配はなかった。
「それに何度も言っているけどね、私はばあさんじゃない。名前は確かにアーデルだが、これはばあさんが亡くなったときに受け継いたんだよ」
「信じられんな。昔のアーデルにそっくりではないか。若返りの魔法を作ったのでは?」
「そんな魔法があるわけないだろう? 肉体を時間に逆行させるなんてどんな術式を組むんだい」
「なら転生の魔法か!?」
「転生? そっちのほうが無理だよ。私達は魂と言っているが、それが何なのかもよく分かっていないのに術式なんか組めるもんかい」
「むむ……なら、魂移しの魔法か!?」
「魂移し? 別の肉体に魂を移す魔法かい? それもないし、私がばあさんに似ている理由にならないじゃないか。それにアンタくらいなら魔力の形が見えるだろう? 私の魔力はばあさんと同じなのかい?」
魔力の形は魂の形とも言われていて、誰一人として同じ形はない。炎の様に揺らめく形ではあるが、誰にでも見えるわけではない。ただ、高名な魔法使いならその魔力を視ることができる。
「む……」
アルバッハはアーデルに対して目を細める。するとアルバッハから力が抜けた。
「確かにアーデルの魔力とは異なるな……あれはもっと相手を恐怖させるドス黒い魔力だった……」
「その言い方には文句を付けたいが、ようやく分かってくれたかい」
「しかし……いや、そうだな、アーデルはもういない。結局儂は最後まで勝てなかったか……」
アルバッハは寂しそうに呟く。
なにか思うところがあるのだろうが、そんなことはアーデルに関係ない。慰める理由もないのでアーデルは話を進めることにした。
「なら話を戻すよ。砦を破壊したのは近くの村を襲ってこのフィーとクリムをさらったからさ。ばあさんが貸してた魔道具を村から盗んだってのが一番の理由だけどね」
「アーデルの魔道具……? ああ、なるほどな。それは確かに手に入れたくなるだろう。今ではどれほどの価値になるか分からないだろうからな」
「なら私達にはなんのお咎めもないわけだ」
戦争で使うか、金に換えるつもりだったのかは知らないが、先に手を出したのはこの国の兵士達。それをやり返したら罪になるなんてことはない。
世間に疎いアーデルでもそれくらいの法はあるだろうと思っている。
なのだが、アルバッハは首を横に振った。
「それを判断するのは儂ではない。先ほど言いかけたが宰相がお前達と話をしたいらしいので連れて行く。そこでどう判断されるかだな」
「誰が聞いても私達は無実って話だと思うけどね」
「それがそうもいかないのが国というものだ。どんな難癖でも付けられる。面子もあるからな。それに、つまらんことにだけは頭が回る奴というのはどこにでもいてな、なぜかそういうのが権力をもっているのだよ」
アルバッハはそこまで言ってから「拘束を解いてくれ」とアーデルに頼んだ。
アーデルはもう大丈夫と判断して、拘束の魔法陣を解除する。
「ううむ、この魔法陣も解析したいところだが、それは後だな。まずは宰相に会わせよう」
「こっちもとっとと終わらせたいんだ。なら、すぐに案内しな」
「ついて来てくれ――そちらの娘と竜の幼体、それにコンスタンツも来るといい」
「わたくしもですか?」
「捕まえてきたのはお前だろう? それに砦の状況説明も必要だ。もしかしたら褒美があるかもしれんぞ?」
「なら行きますわ!」
アーデル達とアルバッハ、そしてコンスタンツは部屋を後にするのだった。
アルバッハに連れられて、アーデル達は王城の中を移動する。
コンスタンツに案内されていたときよりも遥かに好奇の目で見られていたが、それはアーデル達というよりもアルバッハの方に視線が注がれていた。
話を聞くと先ほどの部屋である研究室から滅多に外に出ることがないらしく、外にいるだけで珍しいということだった。
そんなことで宮廷魔術師が務まるのかとアーデル達は思ったが、そもそも何をしている人物なのかもよく分かっていないので、自由に研究できる立場なのだろうと思うことにした。特に興味がないというのもある。
そんな状況でアルバッハの後について行くと、かなり豪華な扉の前で止まった。王城の造りや位置から考えて、玉座の間ではないかとアーデル達は思ったが、アルバッハはなんでもないように扉を開けた。
「ドリスト、いるか?」
アルバッハはそう言って遠慮なく中へと足を踏み入れる。
アーデル達も部屋の中を見たが、予想通り玉座の間だった。
部屋の奥には玉座があり、そこには王冠を頭に乗せた若者――王がいて、そのすぐ横にはモノクルを付けた白髪の老人がいた。広間には何人もの騎士達が並んでおり、玉座のある場所から数段下がった場所で片膝をついた人物がいる。
「今は謁見中だ! すぐに外へ出ろ!」
老人とは思えないほどの大声が王の横にいた人物から発せられる。
「ドリスト、これはお前の依頼だ。そんなものは後にしろ。アーデルを見張っていた砦を破壊した者を連れてきた。早く判決を下せ」
「なんだと……?」
そう言って老人――ドリストはアルバッハの背後の方へ視線を向ける。そしてすぐに驚愕の顔になった。
「アーデル!?」
アーデル達からすれば「またか」としか言えないが、いつものように対応した。
「私はばあさんじゃないよ。名前はアーデルだが、その弟子だから安心しな――ってアンタ……」
「お、王の御前だ、話はあとで聞くからまずは外に――」
「これは手間が省けたね」
アーデルはそう言ってニヤリとする。
「アンタがここで何をしているのかは知らないが、ばあさんの魔道具を返しな。もう期限が切れているんだからね」
その言葉にこの場にいる大半の者が首を傾げたが、ドリストだけはなにかの病気になった様に顔から汗を流していた。
「それにしても面白いね」
「なにが面白いんだ?」
アルバッハが振り向きながら背後にいるアーデルにそう問いかけた。
「良くは知らないが、宰相って国の中でも偉い方なんだろう?」
「そうだな。少なくとも宮廷魔術師よりは偉い」
「人間の国なのに、魔族を宰相にするなんて面白いことをするって思っただけさ。この国で魔族は見なかったし、まだまだ確執があったと思っていたんだけどね」
玉座の間が沈黙する。音を立てたら死ぬ、それほどの静寂。
だが、それに動じない人物もいる。
「アーデルさん、何を言ってるんですか?」
オフィーリアがよく分からないと言った表情でそう問いかける。それは全員の疑問だったようで、アーデルに視線が集まった。
「うん? そこのドリストって奴は魔族だろう? ばあさんの魔道具で姿を変えているのさ……ああ、そうか、もしかしてそうやってこの国に入り込んでいたのかい? ならばらしちまって悪かったね」
悪かったなんて全く思っていないような顔でアーデルはそう言うのだった。