王都到着
アーデル達は王都へ到着した。
アーデルは知らなかったが、この国はアルデガロー王国、そして王都の名前はグラルファという名前だ。
王都の東と南には海が広がり、北東部は大陸から少し突き出た形になっていて、そこにアーデルが住んでいた魔の森がある。
国の北西と南西はそれぞれ他国が隣接している。大陸の最も東にあることからその二国以外から侵攻を受けることはない。
海に面した国なので船を所持しているが、東の海には何もないとされていて、そこへ向かった船乗りは命からがら戻ってくるか二度と戻ってこなかった。
南の海の先にはドワーフや魔族の国があるが、そこへ行こうという者はここ五十年いない状態だ。
その説明をオフィーリアから受けてもアーデルは特に興味がないようで「ふーん」と言っただけだった。
王都の北にある門で入る前に検問を受けたが、コンスタンツのおかげで簡単に中に入ることができた。
コンスタンツは自身を貴族でも下の方だといつも言っているが、それでも貴族であることは間違いない。検問所の兵士達から敬礼されるほどで、アーデル達のこともほとんど調べることなく通ることができた。
町の広場に来てから、さてどうするか、という話になったが、ここでアーデル達はパペットと別行動をとることになった。
アーデルは砦を破壊している。そのためにコンスタンツと共に王都まで来たのだが、当事者としてクリムドアとオフィーリアの証言も必要だろうということになったのだ。
パペットは砦が破壊されたときにいなかったこともあり、余計なトラブルになるかもしれないので先に王都へ来ているブラッドと合流することに決まった。
「分かりました。ブラッドさんの手紙に書いてあった宿に行ってます」
「よろしく頼むよ。私達はコンスタンツに付き合うからさ。終わったら宿に行くよ」
「帰って来れますかねぇ……」
オフィーリアだけはかなり不安そうな顔をしているが、アーデルとクリムドアはいつも通りだ。
「こっちに非がある話じゃないんだ。それでも難癖付けてくるようなら暴れて帰ってくればいいんだよ」
「いいですか、アーデルさん。暴力は最後です。できるだけ穏便に済ませましょう。下手したらこの国にいられなくなりますよ?」
「そりゃ、向こう次第さ。そもそもなんでこっちが下手にでなきゃならないんだい?」
「それはそうなんですけどぉ」
アーデルは少しだけ顔を寄せてオフィーリアに囁いた。
「どうせ滅んじまう国に遠慮なんてする必要ないさ。なんだったら私が滅ぼしてやるよ」
「砂糖たっぷりのクッキーをあげますから落ち着いてください」
アーデルは王都が近くなってからなぜかテンションが高い。オフィーリアはそれを感じているのか、なんとか落ち着かせようとしている。
クッキーを食べ終わったアーデルを見て、コンスタンツが口を開いた。
「では、私の師でもある宮廷魔術師のところへ連れて行きますわ。本来なら司法関係の誰かに会わせるべきなのですが、捕まえることをこちらに依頼してきたので、まずはこちらで対処致しましょう」
「とっとと終わるならどこからでもいいさ」
アーデル達はコンスタンツの後についていき、パペットは指定の宿の方へと歩き出した。
コンスタンツが師と仰ぐ宮廷魔術師は王城にいる。
さすがに王城へ入るにはかなりの時間が掛かったが、コンスタンツという貴族と見習いとはいえサリファ教の神官であるオフィーリアがいたので、事なきを得た。クリムドアあたりは弱そうという不名誉な理由だったが。
その後、アーデル達はゴミ一つない長い廊下を歩く。そこらに兵士やメイドがいて誰もが奇異の目を向けるが特に話しかけてくることはなかった。そんなことに構っていられないという雰囲気を出している。
「さっきの王都もそうだけど、随分と活気がないね」
アーデルは独り言のようにつぶやいた。
王城の廊下に人はいるがほとんど無表情だ。そして王都の広場ではもっとひどいかった。王都という国で一番大きな場所であるにも関わらず外にいる人は少なく、出会う人は悲壮感溢れる顔ばかり。
コンスタンツはチラリとアーデルの顔を見たが、特に何も言わずに歩く。
話をしてはいけないという事ではないだろうが、なんとなく口を開くのもためらわれたのでアーデルもそれ以上は何も言わずに黙ってついていくことにした。
長い廊下を歩き、ようやく目的の場所についたようだった。
王城でもかなり奥の方にある部屋の前でコンスタンツは扉をノックする。
「コンスタンツです。砦を破壊した者を連れてきました」
「入れ」
扉の中から男性の老人であろう声が聞こえた。とはいえ、声ははっきりと聞こえ元気そうなイメージがある。
コンスタンツは両開きの扉を押し開けるように中に入ると、アーデル達もそれに続いた。
部屋の中は広いが、壁は本棚になっていて大量の本が並べられている。奥には執務用の机が置かれているが、その上にも大量の本が積まれており、誰かが座っているのは分かるがこちらを見てはおらず、顔は見えなかった。
コンスタンツは部屋の中央まで歩き、口を開いた。
「ただいま戻りました」
「そうか、お前に捕まえられる程度の相手だったか……つまらんな」
「寝言は寝て言えとだけ言わせていただきますわ」
「目は覚めておる」
「余計に悪いですわ」
コンスタンツの言葉にアーデル達は驚く。師に対する言葉づかいではないと思えたからだ。
とはいえ、その宮廷魔術師の方も態度が悪い。本でも読んでいるようで、顔を合わせることなくつまらないと言ったのだ。むしろ失敗することを期待した形で依頼されればコンスタンツも言い返したくなるだろう。
「それでどうすればよろしいですか?」
そんな状況でも気にしていないのか、コンスタンツは何でもないように問いかけると、ようやく動きがあった。宮廷魔術師が右手で開いた本に視線を落としながらも立ち上がったのだ。
真っ白な長い髪と長い髭。目は透き通るような青で見た目は七十代くらいなのだが、腰が曲がっているわけでもなく姿勢は良い。着ている服も常に手入れがされているのかしわ一つない白いローブで、そのローブには金色の刺繍がされており、高級感が溢れている。
宮廷魔術師は机を避けてコンスタンツの前まで歩く。そこでようやく、本から視線を外した。
「面倒だが宰相に連絡をいれるので、捕まえた者を――」
そこまで言ってアーデル達に視線を向ける。
そこでいつものような面倒が起きた――だけならマシで今回はもっとひどい。
宮廷魔術師は攻撃魔法を使ったのだ。
周囲に構築される十の魔法陣、そこから螺旋状の岩がアーデルに向かって放たれた。
アーデルは呆れた顔をしつつも反撃する。同じように十の魔法陣を構築して、同じ螺旋状の岩で粉砕した。
それを見て宮廷魔術師は歓喜の表情を浮かべる。
「生きておったか! そうだ! 貴様が死ぬわけがない! 死すら超越するその力、やはり貴様こそが我が最大のライバルよ!」
「待ちなよ、私はばあさんじゃ――」
アーデルはそう言いかけたが、その言葉は耳に入っていないようで、新たな魔法陣が構築された。
「このジジイ! 落ち着きなさいな! この本がどうなっても構いませんの!?」
コンスタンツがそう叫ぶ。
手には一冊の本があり、その近くには炎を放出する魔法陣が構築されていた。
「ま、待て! それは貴重な魔術理論が書かれた本で――」
「なら少し落ち着きなさいな! 興奮しすぎるとポックリ逝っちまいますわよ!」
アーデル達は驚きながらも、コンスタンツ達のやり取りをずっと眺めているのだった。