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魔女殺しの聖女

 

 翌日、魔女のアーデルと竜のクリムドアは魔道具を回収する旅にでることになった。


 ここまで早く旅に出るつもりはなかったアーデルだが、クリムドアがせかすのでそれに乗った形だ。


 家には家具と本、それに乾燥させていた薬草や薬品などが所狭しと置いてあるが、それらを亜空間の中に放り込んだだけで準備は整うので特に手間はない。墓に添える花を探す方に手間が掛かったほどだ。


 墓を満足のいく状態にしてから長めの弔いをして、アーデルとクリムドアは出発した。


 目指すは人間の国。


 魔の森を西に抜けたすぐ近くに村があり、そこに先代アーデルが作り出した魔道具があるからだ。


 貸した魔道具は魔力を込めると水が湧き出る水晶玉。五年ほど前にその村の村長に貸した経緯がある。


 その魔道具は貸し出す期限を決めていた。その期限は過ぎているが返す気がないのか、村長が持ってくる気配はない。ならばとアーデルは自ら出向いて魔道具を回収することにしたのだ。


 その話を聞いたクリムドアは顔をしかめる。


「水の出る魔道具か。それはまた随分と危ない物だな。だが、なぜそれが村に必要なんだ?」


「村の水源だった湖に魔物が住み着いて近くの川がほとんど使えなくなっちまったそうだよ。代わりの水源として使いたいって話だったね」


 水がなければ生きていけない。川が使えなくなってしまったのならどこかに移るということを考えることはできるだろうが、小さな村だとしてもそこを放棄してどこかに移り住むのは相当な決断がいる。


 それを選択するのはもうどうしようもなくなったときの最後の手段。その村の選択は魔女の力を借りるということだっただろうとクリムドアは思う。


「魔物なら倒してしまえばいいんじゃないのか?」


 色々な選択肢がある中でその解決方法が一番いい。ただ、それができるなら魔道具を借りにくるなんてことはないだろう。


 魔の森は危険な魔物が多く、アーデルの家に着くまでに魔物に倒される可能性が高い。それでもそれを選んだということは魔の森にいる魔物よりも危険な魔物が湖に住み着いたということ。


「村にいる奴らじゃ倒せないってことだろ。ばあさんのところへ来たときも数人の傭兵だか冒険者だかに護衛してもらっていたようだからね。その護衛達は見た限り強そうだったが、そんな奴らでも倒せないほどなんだろうさ。もしくは討伐のお金を払えないってところだね。よくは知らないが人は何をするにも金が必要なんだろう?」


「なるほど。護衛と討伐では料金が雲泥の差だろうからな」


 討伐を傭兵や冒険者に頼むとなればそれなりのお金が掛かる。とくに強い魔物を討伐するとなれば、複数の人に頼むことになりかなりの額になる。


 魔の森という危険な場所の近くにある村。どういう事情でそこに村を作ったのかは不明だが、考えられる理由は防波堤だ。魔の森から来る魔物をその村で食い止める。


 とはいっても、それならまだマシな方でその村は単なる壁ということも考えられる。その村が襲われている間に別の場所で防衛の準備をする時間稼ぎのために存在しているということも考えられる。


 可能性でしかないが、そんな村が裕福であるとは思えない。湖の魔物を倒せる者がいたとしても十分な褒賞を出せないのだろうとクリムドアは判断した。


「どうするつもりなんだ?」


「どうするって?」


「魔道具を回収するためにはその湖に住み着いたという魔物を倒さないとダメなんじゃないか? それをアーデルがやると思ったんだが」


 アーデルは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。


「なんで?」


「なんでって。何もせずに魔道具を返してくれと言うつもりか?」


「そのつもりだよ。そもそもその魔道具はばあさんの物だし貸出の期限が切れているんだ。無理やりにでも返してもらうよ」


「だが、それでは村が――」


「村の事情を考慮しろってことかい? そんな義理も恩もないね。村のことは村に住んでいる奴らが解決すればいいんだよ。だいたい、貸出の延期をして欲しいなら向こうから言いに来るもんだろう? 何も言わずに勝手に使っている奴らに何を考慮しろっていうのさ?」


「それはそうなんだが……」


「未来の記憶があるなら分かっているだろう? 私のやることにケチをつけるんじゃないよ。それに未来を救うって話もなしだ。私はばあさんの魔道具を回収したいだけなんだからね」


「……そうだな。だが、友達として意見を言うくらいは認めてくれ」


「それくらないなら構わないさ。ほら、さっさと行くよ。まったく、翼があるのに速く飛べないってどういうことだい。飛べばすぐに着くのにアンタの飛行速度に合わせて徒歩なんだからね?」


「俺を抱えて飛んでくれても良かったんだぞ?」


「やだよ、トカゲを抱えて飛ぶなんて。大体アンタ、昨日もベッドで寝たいとか贅沢言いやがって。床で十分だよ、床で」


「だから床で寝ただろう? それに竜だって言ってるだろうが。時代が時代なら竜を抱えるなんて名誉なことなんだぞ?」


「なら竜をチヤホヤしてくれる時代に行きなよ」


「時渡りの魔法はあと百年ほど使えないと言ったろ?」


「もちろん知ってて言ったんだよ」


 アーデルはそう言って、ケラケラと笑い出した。


「……性格悪いぞ」


 そう言うとアーデルはさらに楽しそうに笑い出した。


 クリムドアはやれやれと思いながら、アーデルと並んで村へと向かうのだった。




 魔の森で三日が過ぎた。予定通りなら今日の夜に村へ着く。


 飛べば数時間で着くような場所へアーデル達は時間を掛けて移動していた。途中で出てくる魔物は瞬殺して、野宿は朝まで持つ結界を張り危険は全くない。


 危険な魔の森であるにもかかわらず、ほぼ散歩と変わらないので会話も緊張感がなかった。


「なあ、アーデル。もしかして料理ができないのか?」


「肉を焼いてやったろ? 立派な料理じゃないか」


「あれは焼くなんてレベルじゃなくて燃やしてるんだぞ?」


「何か違うのかい?」


 そんな会話をしながら歩いていたのだが、急にアーデルが立ち止まった。そして村の方向とは別の方へ顔を向ける。


 クリムドアも釣られてそちらを見たが、特に何もなかった。


「どうかしたのか?」


「悲鳴だね。あれは人間の女の声だと思うが」


「俺には聞こえなかったが本当か?」


「間違いないよ」


 そう言ったアーデルだが、すぐに視線を元へ戻して村の方へ歩き出した。


「お、おい、まさか放っておくのか?」


「助ける理由はないだろう? アンタが行くなら別に止めやしないよ。視線の先、七百メートルほどだね。狼五体くらいに追われているから注意しな」


「待ってくれ。今の俺では狼を一体でも倒せるのか怪しいんだ」


「それは私にやれって言ってんのかい?」


「やれとは言っていない。ただ、やって欲しいとは思っている」


「なんだいそりゃ……ああ、もう分かったよ。だからそんな目で見るのは止めな。先に行くからクリムは後から来なよ」


 アーデルはそう言うと、少しだけ宙に浮き、かなりのスピードで木の間を抜けて飛んで行った。


 クリムドアも慌てて移動するがすでにアーデルの姿は見えなかった。




 クリムドアが到着したころにはすべてが終わっていたようで、周囲には狼達の死体があった。


 襲われていたらしい女性は神官風の服を着ている十七、八くらいの少女。木に寄りかかってぐったりしているが意識はあるようだった。


 今は腰のあたりまである茶色の髪がボサボサの状態で怪我もしており、それなりに危険な状況であったのだろう。ただ、怪我に関しては自分自身に治癒の魔法を使っているようで、少しずつではあるが傷が治り始めていた。


 その少女はクリムドアを見て目を見開いた。


「ま、また魔物!? どうなってるの!?」


 新たな魔物が現れたと思ったのか、その少女は警戒するように持っていた杖を構える。


「私の友達だから安心しなよ。まずは怪我をちゃんと治しな」


 アーデルがそう言うと、少女は複雑そうな顔をしながらも襲ってこないクリムドアに安心したのか治癒の魔法を再開させた。


 アーデルとクリムドアは少女が落ち着くまで待ち、ゆっくりと事情を話した。事情とは言っても村に向かっている途中に悲鳴が聞こえたから助けに来たという程度の話だ。


 狼を瞬殺したアーデル、そして竜ではあるが冷静に話すクリムドア。少女の方も時間が経つほどに警戒を解いて冷静になった。


 そして少女の方からも話を聞けた。


 この少女はアーデル達が向かっていた村に住んでいる神官見習いで薬草を採りに魔の森へ入ったとのことだった。そして狼に襲われて逃げながら戦っていたという。


 アーデルの話では助けなくても自力でなんとかできただろうとのことだ。そもそも狼の二体はこの少女が倒したものだった。


「この辺りに魔物は出ないはずなんですが、魔の森の奥でなにかあったのかこっちの方までやって来たみたいなんですよね」


 少女がそう言うと、アーデルが笑い出した。


「そりゃ、クリムのせいだね。あんな魔力を持ったトカゲ――竜が現れたら魔物だって逃げるさ」


「む……確かにその通りかもしれんが……それは申し訳ないことをした。謝罪しよう。ところで名前は?」


「私はオフィーリアです。あと、謝罪は不要です。お二方とも助けてくださってありがとうございます。えっと……?」


「私の名前はアーデル。世界最高の魔女の名前だからちゃんと覚えておきな。それとこっちはクリムドアだね。トカゲじゃなくて竜だよ」


「アーデルさんにクリムドアさんですか。もしかしてアーデルさんは魔の森に住んでいる魔女さん……?」


「それはばあさんのことで私は名前を受け継いだだけだよ。ばあさんは亡くなっちまったからね」


 オフィーリアは申し訳なさそうに頭を下げた。


「それはすみません、無神経なことを……でも、そうだったんですか。ならお弟子さんですか?」


「ばあさんの知識は可能なかぎり受け継いだから弟子だといえるだろうね。そんなことよりもこれから村へ戻るのかい? 私達もそこへ向かっていたんだが」


「それでしたら案内します。お礼もしたいですし、今日はぜひ教会に泊まってください」


「私は神なんか信仰してないよ?」


「構いませんよ、神は寛大ですから」


「ふぅん。まあいいさ、なら行こうか――クリムはどうしたんだい? さっきから難しい顔をしているみたいだが」


 クリムドアはオフィーリアの名前を聞いたときから何かを考え込むようになっており、会話に参加していなかった。


 アーデルに言われてハッとなったが、オフィーリアに気付かれない程の小声で事情を伝える。


「たぶんだが、オフィーリアは『魔女殺しの聖女』だ」


「なんだいそりゃ? というか、滅亡の魔女といい、未来では変な二つ名をつけるのが流行ってんのかい?」


「俺がつけたわけじゃない。そんなことよりも、オフィーリアという名前は俺のいた未来でそう言われていた聖女だ。お前を殺したとも言われているから魔女殺しという二つ名なんだよ」


「……なら今のうちにやっちまったほうがいいのかい?」


「やめろ。人違いかもしれないし、あくまでも未来での話だ。色々と思い出すからちょっと待ってくれ。それにこれがきっかけで歴史が変わったかもしれないぞ?」


 アーデルは複雑そうな顔をしながら、ニコニコと笑顔を絶やさないオフィーリアを見つめるのだった。


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