薬の完成と今後の予定
コンスタンツがやって来てから三日目、アーデルは魔力過多症を治す薬を作り出した。
それを薬用の瓶に入れ、全部で五回分の薬が出来る。
その一つを執事に渡した。
「薬師ギルドで効能を調べてもらいな。成分が分かってからフロストに飲ませればいい」
執事はそんなことせずとも信用していますと言ったが、薬の特許やらなにやらで実物も必要だろうからそれで登録してくれとアーデルは頼んだ。
誰にでも作れる状況にならなければ特許申請はおりない。ただ、実物があり、レシピもすでに渡してある。あとは材料が揃ったときに薬師ギルドの誰かが作製に成功すれば問題ないと聞いていたのでお願いした形だ。
ただ、申請がおりるまで時間は掛かるが成分の確認はすぐに終わるはず。それが分かってからでも遅くはないと考えながらアーデルはフロストの部屋へと向かった。
「フロストさんは賢いですわね。そうそう、魔法を使うときはそういうポーズで発動するとエレガントです」
「……何やってんだい?」
魔法の勉強をしていると思ったら、なにか変なポーズをしているフロストとコンスタンツがいた。
メイドもかなり困った顔をしているが、貴族であるコンスタンツには注意しづらいのだろう。何かを言いたそうにしているが、それに耐えている感じだ。
アーデルに呆れた目で見られたコンスタンツはまったくひるむことなく言い切る。
「恰好いいポーズの練習ですわ」
「フロストに変なことを教えるんじゃないよ。そんな派手な動きのポーズを取ってたら狙ってくれと言っているようなもんじゃないか。だいたい、コンスタンツは赤いドレスからして派手すぎるんだよ」
「魔法使いが目立たなくてどうするんですの?」
「むしろ目立つ理由を聞きたいよ。いいかい、フロスト。魔法使いは目立たないようにした方がいい。特に魔物と戦闘をするなら地味な服を着てあまり動かない方がいいんだ。魔物はヒラヒラしたものや動く奴に突進してくるからね」
フロストは腕を組んで「うーん」と考えると、何かを思いつたような顔になる。
「猫ちゃんに猫じゃらしを使うと猫パンチして来るみたいな? ご本で読んだことがあるよ」
「それはなんの本だい? まあ、そのたとえはどうかと思うがそういうことだよ。狩猟本能というのかね、動いているものを襲うのは動物でも魔物でも一緒だからね」
魔法は思った瞬間に発動するようなものではない。魔法陣を構築し、それを魔力で顕現化、さらに魔力を込めてようやく発動というプロセスがある。複雑な魔法ほど完全な発動まで時間が掛かるので、できるだけ狙われないようにするのが普通だ。
それを説明するとフロストは首を傾げる。
「でも、アーデルお姉ちゃんはすぐに魔法を使えなかった? よく見てなかったけど、すぐに結界を張れたような?」
「ああいうのは事前に魔法陣を構築しておいて即時発動できるようにしておくんだよ。魔道具を補助に使うこともあるけど、私の場合はだいたいそうしておくね」
フロストが「おー」と驚きの声を上げていると、そばにいたコンスタンツがクワッと目を見開いてアーデルに掴みかかろうとする。
アーデルはそれを結界で防いだ。
「痛いですわね! でも、アーデルさんは素晴らしいですわ!」
「アンタはちょっと落ち着きな。素晴らしいって何の話だい?」
「魔法陣を先に構築しておくって話ですわ! なるほどなるほど、そうすることでプロセスの一部を先行的にやっておくのですね? あ! もしかすると師匠はそのおかげであのような高速発動が可能に……?」
コンスタンツは表情をコロコロ変えながらブツブツと独り言を言っている。
「コンスタンツお姉ちゃんはどうしたのかな?」
「さあね、いつものことだから気にしないでいいんじゃないかい。さて、それじゃここからは私が教えてあげるよ。それじゃ光の球を作る魔法を――そんな動きはいらないから普通にやりな」
アーデルはコンスタンツに習ったと思われる動きをしたフロストを止めてからいつもの魔法訓練を実施するのだった。
夜、アーデル達は食堂で食事を済ませた後、全員でフロストを見つめていた。
フロストの前にはアーデルが作った薬がある。これを今から飲むことになっている。
執事が自ら薬師ギルドまで行き、薬の成分を確認してもらった。二時間程度だったが、薬師ギルドからはお墨付きをもらう。魔力過多症という症状だったことすら初耳だが、肉体が魔力によって崩壊するという状態を防ぐならまず間違いないとのことだった。
むしろ昔から知られている魔力循環障害という症状にも効果があるようで、体内の魔力循環を正常化する成分が良く知られている薬よりも効果が高いと薬師ギルドの職員は興奮気味に言っていた。材料が高価であるという以外は画期的な薬だと絶賛だ。
そんな薬の見た目は青い色の水。粘り気やとろみがあるわけではなく、青い色の普通の水と同じだ。
「これを飲めば体が痛くなくなるの?」
「そうだね、熊ゴーレムで魔力を吸い取っているから今も痛くないだろうが、その薬を飲めば体内の魔力循環を一年くらいは正常にしてくれるから、なにもしなくても痛みはなくなるよ」
「薬師ギルドで確認してもらいましたので間違いありません」
執事が嬉しそうにそう言った。
フロストはジッとその薬を見つめていたが、執事とアーデルの顔を見てニッコリと笑う。
「うん。それじゃいただきます」
フロストは何の疑いもなくアーデルが作った薬を飲む。
ゴクンと喉が鳴るほどの音がしてフロストは薬を飲んだ。
「ちょっと甘い?」
「柑橘系の果物も材料として入っているからね。さて、効いているのかどうかは分からないだろうから、今日は熊ゴーレムを抱えずに寝るといい。明日の朝まで痛みがなければ問題ないよ」
「うん。ちょっと寂しいけど今日は熊さんゴーレムを抱えずにおやすみする」
「そうしな。さて、それじゃ説明だ。フロストも一応聞いておきなよ」
「なんの説明?」
「薬の説明――というか在庫の説明かね?」
アーデルはそう言って薬の瓶を三つ取り出す。
「今回作れた薬は五回分だね。一つは今飲んで、一つは薬師ギルドに渡してある。残りの三つだが、これは一年ごとに一つだけ飲むといいよ。飲みすぎたところでどうにかなるわけじゃないが材料が貴重だから大事に保管しておきな。それとこの薬は成人する十八までは飲んでいたほうがいい。そのうち薬師ギルドでも取り扱うだろうから、なくなったらそこから買うといいよ。それじゃ渡しておくよ。日光に当てなきゃ劣化するのを防げるはずさ」
アーデルはそう言いながら薬を三つ、執事に渡す。
その執事は頷きながらそれを大事そうに受け取ると、豪華な装飾がついた箱に入れた。それと引き換えと言わんばかりに袋をアーデルの前に置く。
「こちらは薬の代金でございます。旦那様とブラッド様が決めた金額が入っておりますのでお納めください」
「値段は知らないが、袋が大きすぎないかい?」
「いえ、これでも少ないくらいだと思います」
「そうかい、でもそれは後にしな。明日、フロストが大丈夫かどうか確認してからだ。大丈夫だとは思うが念のため明日一日くらいは様子をみたいからね」
執事は複雑そうな顔をしたが「承知致しました」と頷く。
その後、今日はフロストを早めに休ませようということになり、メイドに連れられて部屋に戻っていった。
残ったアーデル達は食堂で今後の話をすることになった。そこそこ滞在していたがこの町でやることがなくなったからだ。
次の目的地は王都。
そこにも魔女アーデルが貸し出した魔道具があるのでその回収をするために向かう。
砦を破壊したということでコンスタンツの連行に付き合うというのもあるが、それはついでだ。拘束するような真似をしてきたら暴れて王都を脱出するとアーデルは笑いながら言っている。
そしてアーデルにとって重要な用事がもう一つある。
四英雄の一人、ウォルスだ。
「殺しはしないがぶん殴るよ。そのために練習してるからね」
アーデルはそう言ってパンチを繰り出す。メイディーに教わった右ストレートだ。
それをオフィーリアは苦笑いで見つめる。
「やっぱりやるんですか?」
「やるもなにも、そもそもフィーの提案じゃないか。メイディーから紹介状も貰ったし、住んでいる屋敷に行ってぶん殴ってくるよ。まあ、約束通りちゃんと話も聞いてやるけどね」
「ウォルスとはもしかして四英雄のウォルス様のことかしら?」
コンスタンツが紅茶を飲みながらそう尋ねると、アーデルは「四英雄ねぇ」と不満げに言いながらも頷いた。
そしてアーデルはオフィーリアが作ったクッキーを片手で持てるだけ掴み、口に放り込んでバリバリと食べる。そして紅茶で流し込んだ。
その様子を見てオフィーリアはまたクッキーを補充する。ウォルスの話をするときはいつものことだ。
ようやく落ち着いたアーデルは長めに息を吐きだすとコンスタンツを見た。
「ばあさんはアイツに裏切られたようなもんだからね。婚約までしていたくせにばあさんを一人で魔の森へ追いやった。正直会いたくはないが、ぶん殴ってやらないと気が済まないのさ」
「ウォルス様とアーデル様が婚約?」
「ああ、アンタくらいの歳じゃ知らないとかメイディーは言ってたね。フィーも知らなかったようだし」
「確かにその話は初めて聞きましたわね。ですが、ウォルス様ですか……」
「もしかしてウォルスの奴を知ってんのかい?」
「仕事で何度か会ったことはありますわ。寡黙で頑固そうなご老人ですが、紳士だという印象でしたわね」
「へぇ、まあどうでもいいさ。どんな野郎だろうとぶん殴るだけだからね」
「ですが、そのウォルス様は戦場にいるので王都の屋敷にはおりませんわよ?」
「なんだって?」
「あれ? 聖騎士団を引退したんじゃ?」
オフィーリアがそう言うと、コンスタンツは首を横に振った。
「それは間違いありませんが、最近になって戦場に送られたのですわ。以前ほどの強さはなくともその場にいるだけで兵士の士気を上げることはできると王城にいる人達は言っておりましたわね」
「なんだい、王都にはいないのか。まあいいさ、会ったら話を聞いてぶん殴る、それだけの話だからね――どうしたんだい、さっきから変な顔をして。言いたいことがあるなら言いなよ」
コンスタンツにしては珍しく複雑そうな顔をしている。普段は遠慮など知らず、悩みや考え事なんてないという顔をしているが、今は複雑そうな顔をしているのがアーデルにも分かるほどだ。
「ウォルス様と会えるかどうか微妙でしたのでどうしたものかと思っていたのですわ」
「会えるかどうか微妙? なんでだい?」
コンスタンツは少し考え込んでいたが、しばらくすると真面目な顔でアーデルを見つめた。
「ウォルス様は昔に受けた傷のために目が見えません。ですが、王からの依頼で迷わず戦場に向かった。その戦場を死に場所にしたのではないかと皆が言っておりましたわ」
アーデルはぽかんとしていたが、すぐさま不満げな顔になりオフィーリアのクッキーをバリボリと食べ始めた。