宮廷魔術師の弟子
夜、アーデル達は町長の屋敷で夕食を食べながら情報共有をしていた。
当然、冒険者ギルドから金貨百枚の報奨金が出たこと、そして全部を渡してしまったことを言ったら不評を買った。
「金貨百枚をなんでポンと使っちゃうんですか! あ――いえ、敷地の修繕にお金を使うのは問題ないですよ、はい」
興奮気味なオフィーリアだったが、執事が困った顔をしているのでフォローした。執事の方も本心では返したいのだろうが、一度渡されたものを返すのは無礼になるので困った顔をするしかないのだ。
そんな状況ではあるが、パペットはそのあたりの空気を読まない。
「アーデルさんは私に金貨三百枚と銀貨三枚の借金があることを忘れないでください」
パペットが自分のメンテナンスをしながらそんなことを言う。工房やそこにあったゴーレムを全壊してしまったのはアーデルのせいではないが、借金という形でアーデルが背負っている。銀貨三枚はフロストに渡した熊ゴーレムの代金だ。
アーデルはそんな不評は全く気にせずに一切れのステーキにフォークを刺してからそれを口に運んでよく噛む。口の中に広がる甘辛いタレの味を楽しんでから、オフィーリア、パペットと順番に視線を向けた。
「まあ、いいじゃないか。そもそもあのドラゴンゾンビが出てきた理由を作ったのも私なんだ。迷惑をかけた分を何かの形で返したかったんだよ。そこにちょうどお金があったから渡しちまったのさ」
「でも半分――いえ、金貨二十枚くらいは残してほしかった……!」
「私なんてドラゴンゾンビの素材も貰えませんでした。パワーアップしたかったのに」
「王都の方でブラッドが金を稼いでいるだろうからそれで我慢しておくれよ。それにフィーもパペットも今日はお金を稼げたんじゃないのかい?」
そう言われたオフィーリアはパーッと顔を明るくした。
「がっぽりとは言えませんがそこそこ稼げましたよ! 今日一日で銀貨十枚!」
パペットの表情は変わらないが、両手を上げると指先からパンパンと音が鳴り、紙吹雪が舞った。それを見たフロストは喜び、メイド達は笑顔でありつつも、何も言わずに掃除を始める。
「一応ダンジョンの最下層まで行ってきました。ドラゴンゾンビはいませんでしたが、ワイバーンは倒して、さらにミノタウロスという牛も倒してきましたので素材が結構売れました。金貨三枚と銀貨二十五枚です。あと、少量ですがミスリルを手に入れました。今日は自分をパワーアップさせます。パンチが飛ぶとかどうでしょう?」
「好きにしたらいいんじゃないかい? それはともかく、二人ともお金は稼げたんだからいいじゃないか」
オフィーリアは「それはそうなんですけどー」となかなか未練がましい。とはいえ、一度あげた物を返してくれなんてアーデルは言えない。貸したものは回収するが、あげた物を返してもらうのは恥ずかしいのだ。
これ以上ブツブツ言われるのも嫌なので話題を変えようと、宮廷魔術師の弟子について話をすることにした。
「話は変わるけど、あの金髪の縦ロールに老人の魔法使いを捕まえるように依頼したらしいよ」
オフィーリアは眉をひそめたが、「ああ」と言って頷いた。
「金髪の縦ロールと言えばコンスタンツさんですね」
「そうそう、そんな名前だったね」
「依頼したってことは昨日のうちにこの町へ来たってことですか? 結構早かったですね?」
「空を飛べるならすぐだろうさ。砦の跡地までそんなに遠くないし」
「そうかもしれませんね――でも、問題はそこじゃなさそうですけど」
「確かに面倒なことになりそうだけど、少なくともこっちに非があることじゃないから堂々としているさ。それにパペットがワイバーンの肝を持って来てくれたからね、さっそく薬を調合しないと」
その言葉を聞いたパペットは「えっへん」と胸を逸らす。そして横にいるフロストは目を輝かせた。
「そのお薬があればもう大丈夫なの?」
「成人するまで一年に一回は飲むことになるけどそれで大丈夫だろうね。そうだ、薬の調合に関しては渡した物を確認してもらったかい?」
そう聞かれた執事は笑顔で頷いた。
「材料や調合比率を薬師ギルドへ持ち込みまして確認させていただきました。現物がないので分からないところもあるそうでしたが、少なくとも毒になることはないと言っておりましたね。それにこんな調合があるのかと驚いておりました」
どこにもない薬をいきなり飲むのは嫌だろうとアーデルは執事に頼んで調合の内容を書いた紙を執事に渡して調べてもらった。
薬の調合比率はそれだけでお金に替えられない程の価値がある。
最初、執事はその紙を受け取れませんと断ったが、アーデルは「私がいないときは他の薬師に作ってもらう必要があるだろう?」と言って、強引に渡されたのだ。
「実際の薬を持ち込んではいませんので調合の登録はできませんでしたが、アーデル様のお名前で仮登録しておきましたのでご安心ください」
「良く知らないけど登録者にお金が入る仕組みだったかい? そんなものはいらないんだけどね。そもそもばあさんが調べた調合だし」
アーデルがそう言うとオフィーリアが大きく息を吐きだした。
「薬の調合比率ってそれだけで一生食べるのに困らない位のお金が入るんですよ? それをいらないって」
「さっきも言ったけど、私が調べたわけじゃなくてばあさんの手柄だからね」
「こういうのは子供や弟子に受け継がれるもんなんですよ。魔女様の手柄を受け継いだってことでいいじゃないですか」
「そういうもんかね」
「アーデルさんがいなかったら失われていたわけですし、後世に残せたのも立派な手柄ですよ。それでもいらないなら私にください」
「目が本気じゃないか」
「本気で言ってますから! お金はいくらあっても困らないんですよ! 女神サリファ様も言ってます! お金があればなんでもできる! 額に汗して稼ぎまくれと!」
「額に汗してとか、いい事を言っているとは思うんだけど、微妙に評価が下がっていくね、アンタんところの女神様は」
その後もオフィーリアはお金がいかに大事かを熱く語るのだった。
翌日、オフィーリアは治癒魔法を使うため冒険者ギルドへ、そしてパペットは昨日稼いだお金で買い物に行くと言って屋敷を出て行った。
アーデルはフロストのために薬を作る予定だが、その前にクリムドアが寝ている部屋へと向かった。
ベッドの上で丸くなっているクリムドアはアーデルが部屋に入って来たのを確認すると首だけを動かして顔を向ける。
「おはよう、アーデル」
「おはよう、体の調子はどうだい?」
「ああ、随分と良くなった。先ほどの執事殿が朝食を運んでくれてな、しっかり食べたから、もう半日もすれば平気だろう」
「そいつは良かったよ」
クリムドアは一昨日から「怠い」と言って部屋で休んでいた。
本人が言うには亜神の魔力に当てられて魔力酔いという状況になったとのことだった。
「今の俺は魔力がほとんどないからな、周囲の魔力の影響を受けやすいんだろう。あのダンジョンを構築している魔力は俺に合わないみたいだな」
「よく分からないけど、魔力に色々な質があることは知ってるよ。相性があるのは知らなかったけど」
「アーデルの魔力は綺麗で心地いいんだがな」
「照れ臭いことを言うんじゃないよ。まあ、それくらいの軽口が叩けるなら大丈夫だろうね。それじゃ私はフロストの薬を作らないといけないから別の部屋にいるよ」
「分かった。俺はもう少しここで休んでいるが、もう心配しなくて大丈夫だぞ」
「別に心配はしてなかったけどね」
「そこはしてくれ――いや、照れ隠しか? でも、アーデルならあり得るか……?」
悩んでいるクリムドアを放っておいてアーデルは部屋を出た。そして執事が用意してくれた部屋へと向かった。
調合は比率が分かっていたとしても、全部を鍋に入れてかき混ぜればいいというわけではない。ものによっては一年近く乾燥させた草が必要だったり、魔力を込めながらやったりしなくてはいけないこともある。
それは偶然判明した物もあれば、キチンと計算されて判明された物もあるが、どちらにせよ先人の知恵というものだろう。
アーデルはそれらの知識がまとめられた本を何度も読んで頭に叩き込んである。当然、本自体も亜空間にしまってあり、今回は間違えないようにと本を確認しながら調合の準備をしていた。
(こっちの根は……あと一日は乾燥させないとダメだね。こっちの花は塩水にあと一時間ってところか。肝はそろそろ毒素が抜けたかね……?)
アーデルは形見でもある丸いレンズのメガネをかけて、テキパキと調合の準備をしている。他の人から見れば面倒なことこの上ない作業だが、アーデルはこれが趣味と言えるほど好きなので全く苦ではない。
それにここは環境が良く、薬の調合がかなり捗る。
微妙な調整が必要となる調合は野外でできない。風もあれば土埃もあり、雨が降ることもあるだろう。水一滴、砂一粒でも入ったらどんな影響があるか分からない。そういった偶然で生まれる薬もあるが、基本は完全に締め切った部屋で寸分違わない分量の調合をする。それを言えばこの部屋は完ぺきだった。
そのはずなのに、なぜか部屋の外が騒がしくなってきた。執事が「困ります!」「お待ちください!」とかなり慌てた声を上げているのだ。
騒がしいくらいなら別に問題はないのだが、それが徐々に近づいてきて扉を開けようものなら話は異なる。
「ここにいるのは分かっておりますのよ! 開けなさい、魔女アーデル!」
部屋の外から砦の場所を聞いた金髪の縦ロール、コンスタンツの声が聞こえた。
だが、今は相手をしている暇はない。部屋の扉を開けて風でも入ってきたら調合が台無しだ。
「部屋を開けたらぶっ飛ばすよ! あとちょっとで調合が落ち着くから茶でも飲んで待ってな!」
アーデルはすぐさま部屋の入口に魔法で鍵をかける。少し待ったが、ドアノブが動いて無理に入ってくるようなことはなかった。
「そういう事なら待ちますわ! なら紅茶をくださいな!」
紅茶に関してはアーデルに言ったわけではなく、近くまで一緒に来た執事に言ったのだろう。そして執事が「ではこちらへ」と案内する声が聞こえると、それに合わせて足音が離れていった。
(テンションが高いというか、勢いがありすぎるというか、話は通じるみたいだけどなんか疲れるね)
アーデルは息を吐きだしてから、調合の準備を再開させるのだった。