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最後に教わった魔法

 

 アーデル達は急いで撤退を始めた。


 ドラゴンゾンビと外で戦うためだが、このダンジョンには他にも冒険者達がいる。狙いはアーデルだろうが冒険者達を襲わないという確証はない。撤退をしながら冒険者達に声をかけて一緒に外へ逃げるように促すためだ。


 冒険者側としてはそんな頼みを聞く必要はないのだが、先に慌てて逃げた老人を目撃したことや、性格や態度はともかく強いとされている男達がゴーレムに担がれている状態を見て「なにかやばい」と認識したようで、一緒になって撤退を始めた。


 ドラゴンゾンビの足は遅い。それを補うためか、ダンジョンの魔物達が行く手を阻むように襲ってきた。ただ、浅い階層に強い魔物ではないので一緒に逃げている冒険者達が倒している。


 そして冒険者の中でも特に足が速い者達は事態を冒険者ギルドに伝えるために先に向かった。


 そんな中、オフィーリアが走りながら困った顔をしていた。


「クリムさん、私達ってこのダンジョンに閉じ込められたりしないですよね?」


「なんでそう思ったんだ?」


「魔物達が私達を逃がさないようにしているのはダンジョン――亜神の意志みたいなものなんですよね? なら出口を塞いじゃうのが一番手っ取り早いんじゃないかと」


「ああ、なるほど。確かにその通りだが無理だろう。ダンジョンの形を変えるのは亜神だとしても相当な魔力が必要になる。だからこそ時間を掛けてゆっくりと大きくなっていく。そもそも神や亜神達は強い力を持っているからこそ、この世界に直接的な手だしができないという面がある」


「えっと……?」


「詳しいことは後だ。今は外に出てドラゴンゾンビを倒すことだけ考えよう。とはいってもアーデルに頼るしかないが。勝てるよな?」


「誰に言ってんだい。ここで魔法を使うなって言うから逃げてるだけじゃないか。使っていいならすぐに倒してやるよ」


 アーデルはそう言うとニヤリと笑う。味方なら頼もしい表情だが、敵なら命の危険を感じるほどの表情と言えるだろう。


 そんな会話があってから二十分ほどでようやく外に出た。


 ダンジョンの入り口では同じ鎧を身に着けた兵士達が入口を囲むように整列している。


 その隊列を割る様にして冒険者ギルドのギルドマスターが近寄ってきた。


「スタンピードが起きたのか!?」


 アーデルは首を傾げる。


「スタンピード?」


「魔物達の暴走のことだ。遺跡でたまに発生するのだが」


 アーデルは困ったようにクリムドアの方へ視線を向けた。


 クリムドアはギルドマスターに聞こえないように小さな声でアーデルに説明する。


「似たようなものだ。本来は過剰な魔力の放出をするために行われる行為だが、今回は魔力を得るためで全くの反対になる。ただ、今の時代の人間に説明しても分からないだろうから、そうだと頷いておけ」


 アーデルはギルドマスターの方に顔を向けてから頷いた。


「そうだね。そのスタンピードってやつだよ。これからドラゴンゾンビが出てくるからここで迎え撃つ。悪いけど避難してくれないかね。近くにいると巻き添えを食らうよ」


「何かの冗談かと思ったが本当にドラゴンゾンビか」


「足が遅いからもう少し掛かるだろうけど、出てきたら魔法で倒すから近くにいると危険だよ」


「なにを言っている! ゾンビだとしてもドラゴンだぞ! いや、むしろ耐久力は普通のドラゴンよりも上だ! 魔法だけで倒せるわけがないだろう!」


「そういうもんなのかい? 私はそうは思わないけどね。いいから並んでいる奴らをどかしな。逆に変に手を出されたほうが迷惑だ」


「そういうわけにはいかん。それにこちらも高ランクの冒険者達やサリファ教の信者達に討伐依頼を出した。お前達の方こそ離れろ」


「いいから私に任せな。変に刺激して暴れられた方が――」


 面倒。そう言ったのだが、ダンジョンの入口の方から大きな叫び声が聞こえ、アーデルの声はかき消される。


 その叫び声は聞いただけで不快、そして恐怖を振りまいた。そこまで入口の近くに陣取っていたわけではないのだが、一部の冒険者や兵士達はその場で膝をつくほどだった。


 アーデルは魔法陣を構築しようとしたが途中で止める。周囲の人を巻き込みそうだからだ。


「お前達は早く逃げろ!」


 ギルドマスターがそう言うと、腰に差していた剣を掲げた。


「ドラゴンゾンビにとどめを刺した奴には金貨百枚を支払うぞ!」


 冒険者らしい鼓舞に周囲から歓声が上がる。そしてドラゴンゾンビに向かって魔法や矢が放たれ、そのほかにも様々な攻撃が行われた。


 そしてギルドマスターもドラゴンゾンビに突撃していく。


「話を聞いて欲しいもんだね」


 アーデルの言葉にオフィーリアは苦笑いをする。


「仕方ないですよ。アーデルさんが強いと思っていても、ドラゴンゾンビを個人で倒せるなんて思うわけないですし」


「でも、これじゃ余計な怪我人が出るんじゃないかい? 下手したら死人だって出るかもしれないよ?」


「サリファ教の人達もいますし、なんとかなると思いますよ。それにほら、徐々にですがドラゴンゾンビを押してますから」


 オフィーリアと似たような恰好をした人達が、兵士達の後方から傷を治す魔法を放っている。他にも解呪の魔法を使ってドラゴンゾンビにダメージを与えていた。


 それ以外にもアーデルから見てもかなり強そうな冒険者達がいた。


 剣に強力な魔法を纏わせていたり、植物を操る魔法を使っていたりと、その戦い方は多種多様だが確実にドラゴンゾンビを追い詰めている。


 これは大丈夫かと思った矢先、ドラゴンゾンビは再び咆哮した。


 今度の咆哮はかなりの音量で耳が痛くなるほど。


 近くで戦っていた者達も耳を塞いだり、離れようとしたり、一時的に攻撃が止む。


 その瞬間にドラゴンゾンビは後ろ足に力を溜めた。


 そして一気に空へ跳躍して、腐りかけの翼を広げる。


「あんな翼で飛べるのかい……?」


 アーデルの疑問にクリムドアが頷く。


「ドラゴンは翼で飛ぶというよりも魔力で飛ぶ。あんな翼でも問題はないのだが……どこへ行くつもりだ?」


 ドラゴンゾンビの目的は間違いなくアーデル。アーデルが持っている魔力だ。だが、アーデルの方をちらりと見ただけで、ドラゴンゾンビは別の方角に首を向けた。そして猛スピードで飛んでいく。


「まさか逃げたのかい?」


 アーデルの言葉にクリムドアの目が見開く。


「まずい! アイツの目的はフロストだ! アーデル以外の強い魔力を取り込むつもりだ!」


 アーデルは一瞬だけ眉をしかめたが、すぐに真剣な目になって飛んだ。


 軽い衝撃波が起きるほどの勢いで飛び立ったアーデルはすぐさまドラゴンゾンビを追う。


 クリムドアが言ったとおり、ドラゴンゾンビは町長の屋敷を目指していた。


 アーデルは上空から屋敷の方を見ると、熊ゴーレムを持って庭で遊んでいるフロスト、そして執事やメイドが見えた。


「早く逃げな!」


 アーデルは叫んだが、その言葉が届くほどの距離ではない。


 ただ、執事の方はドラゴンゾンビに気付いた。太陽がドラゴンゾンビの巨体に隠れ、地上に影が落ちたのだ。


 それでも逃げるには時間が足りない。


 執事とメイドはフロストに覆い被る。


 その数秒後、急降下したドラゴンゾンビはフロスト達を押しつぶす。


 衝撃で地面が震えるほどだったが、その巨体がフロスト達に届くことはなかった。


「こ、これは……? アーデル様!」


 執事が驚きの声を上げる。


 そばに大きく息を吐いているアーデルが立っていた。


「どうやら間に合ったようだね。自己最速で飛んじまったよ」


 半球体の結界がアーデルとフロスト達を囲んでおり、ドラゴンゾンビの攻撃を完全に防いでいた。


 その後もドラゴンゾンビは噛みついたり、前足の爪で切り裂こうとしたり、色々やっているが結界にはまったく傷がつかない。


 アーデルは結界が大丈夫であることを確認した後、フロストの方を見た。


「大丈夫かい?」


 メイドに抱きしめられているフロストは放心状態だったが、アーデルを見るとぎこちなくも笑顔になった。


「う、うん、大丈夫。アーデルお姉ちゃんが守ってくれたんでしょ?」


「どうだろうね。そもそもこいつがここに来たのは私のせいとも言えるから……お詫びと言っちゃなんだけど魔法の神髄を見せてやるよ」


 神髄という言葉が難しかったのか、フロストは首を傾げる。


「私がばあさんから最後に教わった魔法――魔族の王を倒した魔法さ」


 結界の中でアーデルは両手を開いてドラゴンゾンビへ向ける。


 空間が歪むほどの魔力がドラゴンゾンビの周囲を覆う。本能的に恐怖を感じ取ったのか、ゾンビであるにもかかわらず上空へと逃げようとした。


 だが、見えない壁があるように逃げることはできなかった。


 そして宙に浮いたドラゴンゾンビの周囲には多くの魔法陣が作られる。それは何百も作られて球体のようにドラゴンゾンビを囲んでいた。


「消えな」


 アーデルがそう言うと、一つの魔法陣から中心にいるドラゴンゾンビに向かって小さな白い光線が放たれた。


 それはドラゴンゾンビの体を貫くが、光線が対角線上にある別の魔法陣に届くと、少し角度を変えて反射した。だが、同じ光線ではなく先ほどよりも太く、そして速くなっている。


 光線はドラゴンゾンビを貫きつつ、何度も魔法陣に当たる。光線を反射するたびに太く、目で追えないほどの速さになっていく。


 大量の魔法陣で作られた球体の中を一本の光線が超高速で動き回り、その残像が残るのか球体は光の玉の様に輝きだした。


 それが極限まで明るくなったと思うと、パンッと小気味よい音を立てて、中心にいたはずのドラゴンゾンビと共に消えた。


 その後、アーデル達の上に雪のような白い小さな光が舞い落ちる。


「きれい……」


 結界の中にいる執事とメイドは開いた口がふさがらないといった感じだが、フロストは目をキラキラさせてそう言った。


「魔力の結晶だよ。すぐ消えちまうが綺麗なもんだろう? あれほど大きくは作れないだろうが、フロストは魔力が多いから、いつか同じことができるんじゃないかね」


「本当!?」


「本当さ。でも、まずは体を魔力に負けないようにしないと――しまったね、ワイバーンはいたらしいけど倒してないよ。私は行けないからパペットに行ってもらうしかないか……あ、ドラゴンの骨まで消しちまった。パペットに怒られるね、こりゃ」


 アーデルは右手で後頭部を掻きながらなんて言い訳しようかと考えるのだった。


次回の投稿は5/14(土)になります。よろしくお願いします。

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