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過去への帰還

 

 長い浮遊感の後、急に重力が戻ったのが分かった。そして真っ白な視界に色のついた風景が戻ってくる。


 そこは最初に時戻りの魔法を受けた魔の森。ご丁寧に転移までしてくれたようで、炎のブレスで森の一部が燃えた中心だった。


 アーデルにとっては一ヵ月ぶりの懐かしい空気。焦げ臭いのが玉に瑕だが、ちゃんと戻ってきたのだと実感した。


「お、お前……! なぜ……!」


 背後から声が聞こえたので後ろを振り向く。


「未来から帰って来たんだよ――って、なんだい、その姿は?」


 自分を未来に送り、そして未来から過去に送ったトカゲ。それがいると思って振り向いたら、なにやら可愛らしいサイズになっていた。


 姿形は変わらないが、サイズ的には全長で五十センチもない。魔力もほとんど感じずその辺にいるモンスターに捕食される感じだ。


 そんな状況にも関わらずアーデルに対してはいまだに敵対的な視線を送っている。


 アーデルは敵対する意思はないと言わんばかりに両手を軽く上げた。


「まずは落ち着きな。未来のアンタから預かってきた物がある。記憶の受け渡しができるとか言っていたんだが、出してもいいかい?」


「なんだと……?」


「聞いた話でしかないが、私を未来に送ったら滅亡が早まったそうだよ。だから戻したわけだ。信じるかどうかは任せるが、どうすんだい? もう一度未来に送るかい?」


「……渡されたのは記憶の宝珠だろう。それは未来の俺を殺して奪えるようなものじゃない。それをお前に託しているなら信じよう」


 アーデルは頷くと亜空間から記憶の宝珠を取り出して、目の前のトカゲ――クリムドアに渡した。


 クリムドアはアーデルを警戒しながらも小さな前足でそれを受け取る。そしてぶつぶつと何かを言うと、記憶の宝珠が輝きだした。


 光が収まるとクリムドアは驚きの表情になる。


「お、お前が魔道具を作り出したアーデルではないのか……!」


「そこからかい。まあ、そういうことだよ。作ったのはばあさんだ。もう三十年くらい前に戻るべきだったね」


 そう言った直後、アーデルは眉間にしわを寄せてからクリムドアを睨んだ。


「言っておくが、これからばあさんを殺しに過去へ行くっていうならこの場でアンタを殺すよ?」


「……安心しろ。今の俺に時渡りの魔法は使えない」


「なんだって?」


「魔力が足らない。俺があの魔法を使うためには相当な魔力を溜めなくてはならないんだ。今の俺を見ろ。身体も縮んで魔力もほとんど感じないだろう?」


 クリムドアは自虐的に笑い、そして溜息をついた。


「おそらくだが、あと百年くらいは魔力を溜めないと使えないだろうな」


「私にそんなことを言っていいのかい? 結構重要なことだろう?」


 アーデルの疑問にクリムドアは少しだけ笑った。


「友達なんだろ?」


「その記憶も受け継いだのかい?」


「ああ、あの神殿でのやり取りも全て受け継いだ。そしてその時の感情もな……なら、俺とお前は友達だ。そうだろ?」


「そうかい。なら呼び方はクリムでいいんだね?」


「もちろんだ。お前のことはアーちゃんと呼べばいいか――何をする!」


 アーデルは真顔でクリムに炎の魔法を放ったが、クリムドアはそれを素早い動きでかわした。


「そういう恥ずかしい呼び方はするんじゃないよ。アーデルって言いな」


「照れ隠しならもっと穏便にやれ――待て、俺が悪かった。謝るから魔法陣を消せ。殺す気か」


 アーデルの周辺に大量の魔法陣が作られたが、クリムドアの謝罪によってその魔法陣は消えた。


「それでクリムはどうするんだい?」


 クリムドアは魔力がほとんどない。今では話ができて空を飛べるトカゲでしかないのだ。それでも十分に珍しいが、凶暴な魔物がいる魔の森では危険だろう。


「魔道具の回収を手伝うつもりだ。これから旅に出るんだろう? それについて行く」


「魔力がないなら足手まといなんだがね?」


「お前ほどの強さを持っているなら足手まといがいても平気だろうに。それに俺には未来の情報がある。魔道具を回収できなかった理由が分かるかもしれないぞ?」


「知識で助けてくれるってわけかい……」


 アーデルは腕を組んで考える。


 どんな事情があったのかは不明だが、クリムドアがいた未来では魔道具の回収に失敗した。


 世界がどうなっても構わないが、自分がなぜ失敗したのかは興味がある。未来のクリムドアが言っていたように、未来の情報があるなら事情が分かる可能性が高い。


 それに自分の世界は住んでいる家とこの魔の森だけ。生きていた時代は違うが、クリムドアは人の世の常識を自分よりは知っているだろう。


 色々なことを考慮し、アーデルは頷いた。


「分かった。それなら連れて行ってやってもいいよ」


「そうこなくてはな。これから頼むぞ、アーデル」


「連れて行ってはやるが、私のやることに口出しするんじゃないよ? さて、家に招待してやるからついてきな。上等な肉を振舞ってやろうじゃないか」


「言っておくが俺はグルメだぞ?」


「生意気言ってるよ」


 アーデルはそう言って笑いながら歩き出し、その後をクリムは羽をパタつかせながらついて行くのだった。




 歩くこと十分。アーデルが住んでいる家へと到着した。


 魔の森の中心部に巨大な木がある。


 その木をくり抜いて家のようにした場所がアーデルの住んでいるところだった。もともとは先代のアーデルが作った場所でずっとここに住んでいる。


 木には入口となるドアが一つと窓が二つある。周辺は手入れがされていて、少し離れた場所は菜園の様になっていた。


 そして生い茂った森のなかでそれなりに光が当たる場所には十字架が突き刺さっており墓のようになっていた。ここも手入れがされていて、雑草などはまったくない。


 アーデルは足を止めて、その十字架の前で両手の指を交互に搦めてから目をつぶり跪いた。一分ほどそうしてから、立ち上がってクリムドアを見た。


「ばあさんの墓だよ。詳しくは知らないが死者を弔うのはこんな感じなんだろう?」


 クリムドアは理解した。


 アーデルはここに先代のアーデルと二人だけで住んでいた。アーデルの持っている知識はすべて先代からのもの、もしくは本などから得た知識しかないのだ。


「概ね正しいが、花を添えてやった方が華やかになる。その方が先代のアーデルも喜ぶんじゃないか?」


「ほー、いいじゃないか。なるほど、花ね。なら何か添えてやるか。しばらくは戻らないし、派手にしてやったほうがばあさんも喜ぶだろうからね」


「そうしてやれ。俺も弔っていいか?」


 クリムドアの言葉にアーデルは笑顔になるが、すぐに顔をしかめた。


「よく考えたらクリムはばあさんを殺しに来たんだろう?」


 クリムドアは未来の世界からやって来た。それは世界の滅亡を止めるため。そのためにアーデルを未来に飛ばした。人違いではあったが明確な殺意を持って襲ってきたと言っていい。それは本来、先代のアーデルに向けられる殺意だ。


「よく考えたらそうだな。確かに未来で世界を滅亡に追い込んだ魔道具を作り出した張本人だ」


 クリムドアはそう言ったが、それでも墓の前で小さな前足を合わせて先ほどのアーデルのようなポーズを取った。


「だが、今はまだ何も起きていない。確定していない未来のことで死者に鞭を打つような真似はしないでおこう」


「……そうかい」


「それに魔道具をすべて回収すれば未来でも何も起きない。まあ、先代のアーデルが悪者になるかどうかは、お前次第ということだな」


「なるほどね。でも、ちょっといいかい?」


「なんだ?」


「人違いはするし、私を未来に飛ばして滅亡を早めるし、やることなすこと間違ってるアンタにお前次第なんて上から目線で言われたくないんだがね?」


「い、いや、それを言われるとその通りなんだが……」


 慌てたクリムドアを見てアーデルは笑う。


「なかなかいい表情をするじゃないか。冗談だから気にしないでいいよ。アンタのその間違いでばあさんは長生きできた。悪い事ばかりじゃないさ」


「……俺が憎くないのか?」


「いきなり何を言ってんだい?」


「先代のアーデルを殺そうとしていたのは確かだし、お前を未来へ送った。時の守護者から守ったかもしれんがあんなものは恩とは言えないだろう。それにも関わらずお前は普通に接してくれている。はっきり言って不思議だ」


「つまんないこと聞くんじゃないよ。ばあさんの命を狙っていたのは許せないが、弔ってくれたじゃないか。それでチャラさ」


「だが――」


「もしばあさんを罵倒するようなものならトカゲの丸焼きにして食っていたけどね。友達でも許せないことはあるから気を付けな」


 クリムドアの顔が引きつった。保身のためにやった行為ではなく本当に弔いたいという気持ちでやったことなのだが、アーデルなら間違いなく自分を殺していただろうと思ったからだ。


「これからはなにかあるなら事前に言ってくれ。いきなり丸焼きにされたら困る」


「普通にしていれば何も問題はないさ」


「その普通が分からないんだよ。ところで俺のことをずっとトカゲだと言っているが竜だからな? 本気で間違えていそうだから言っておくが」


「……驚いた。言葉を話すトカゲじゃなくて竜だったのかい。本でしか見たことないよ」


「本気でトカゲだと思っていたのか……」


「……すごく赤いし珍しいトカゲだとは思っていたよ?」


「そんなことを言われても俺は嬉しくないからな?」


 そんな会話をしながら、アーデルとクリムドアは家の中に入るのだった。


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