魔力過多症
アーデル達はブラッドが寄って欲しいと伝えてきた町へと向かっている。
移動はパペットが御者をしている馬車。特に問題なく進んでいるのだが、問題がないとは言えない。その原因はサリファ教の神官見習いオフィーリアだ。
クリムドアは未来のことを語った。それはこの国が数年後に滅ぶという内容だ。
滅ぶとは言っても、国の名前がなくなるだけでその国の住人が大変なことになるという話ではない。もちろん一部の住人は大変な目に合うだろうが、全体としては僅かだ。
そしてクリムドアが言った未来では、この国が分割され周辺国に吸収されるという結果になる。
「元気出しなよ。大体、フィーはどっちが勝ってもいいとか言ってたじゃないか」
「それはそうなんですけど――クリムさん、この国は結局どんな状況になるんです?」
未来のことを知りすぎるのは良くないが、知ってしまった以上は隠しても仕方ないことでもある。なのでクリムドアはもう少しだけ詳しい未来を説明することにした。
「俺からすると二千年前の話なので情報が完璧ではないことを踏まえてくれ。さっきも軽く言ったと思うが、この国の王族や貴族の一部が責任を取る形になる。そして国は消滅。住人はそのままで周辺国に吸収される。ここまではいいな?」
それは昼食前に聞いた内容だった。
オフィーリアはそこまでは問題ないと頷く。
「ただ、当然ながら色々と混乱が起きる。はい、そうですかという話でもないからな。完全に落ち着くまではさらに数年が掛かった。それまでは生き残っていた王族や貴族が庶民を巻き込んで抵抗していたらしい」
「まあ、そうですよね……」
「エルフやドワーフ、それに魔族は住んでいる場所が遠いこともあって関りはなかったらしいが、獣人達は傭兵として戦いに駆り出さられていたようで、それがきっかけで獣人の地位が向上したとも言われている」
「そんなことがあったんですか――いえ、これからあるってことですね? でも、それは悪いことではないですよね?」
「どうだろうな。そのおかげで獣人達は自分達の国を作ることができた。だが、今度はそれが人間達の目には脅威に映り、標的になったという話もある。あくまでも学者が言っていたことだが」
この時代の獣人達は国を持たず、森や山に少数で住んでいる。そもそも獣人という一括りにしているが、その獣人でも種族が分かれており、相容れない種族もいるからだ。
ただ、この戦争で英雄になった獣人の一人が建国して獣人を集めた。それがこの国のどこかの領地だったらしい。
それが間違いの元だった可能性は高い。人間達はその獣人達を脅威とみなして戦いを始めた。その戦いは百年近い戦いとなり、お互いが疲弊したという。
「未来を知っていると、何がいい事で何が悪い事なのかが全く分からん。その時は良くとも、時代が変わると悪い事のきっかけになっていることもある。それを考えると、全てが悪い事だとも言えてしまうからな」
「でも、それじゃ何もできなくなっちゃいますね……」
「別にどうなろうといいじゃないか。私達は神様じゃないんだ。未来の事なんて未来に生きている奴がなんとかすればいんだよ」
アーデルが呆れたように言った。
「それはそうなんですけどぉ」
「こういう時に女神様が言うような言葉はないのかい? かなり前向きな神様なんだからなんかあるだろう?」
「なにかあったかな……ああ、そういえば、何もできない事で悩むのは時間の無駄って言ってますね」
「……聞いておいてなんだけど、サリファってのは本当に女神なのかい? 間違いじゃないんだろうけどさ」
「まあ、待ってください。続きがあります――悩むのは時間の無駄、だけどやれることがあるなら全力でやれって言ってます」
「いい事をいうじゃないか」
「女神様ですからね!」
「ちょっとは元気がでたようだね。なら、フィーはどうしたいんだい?」
「どうしたい……?」
「どういう結果が一番いいのかは知らないけど、なって欲しい状況があるんだろう?」
「それはそうですけど何かできますかね? アーデルさんならなんでもできそうですけど――つまり、アーデルさんに色々やってもらう……?」
「やだよ、面倒くさい。そういうのはクリムに相談しなよ。未来を知っているならなにか解決方法も知っているんじゃないかい?」
アーデルがそう言うと、クリムドアは少しだけ顔を歪ませた。
「フィーには悪いがあまり未来を変えたくない。大きく変えるほど俺の知っている未来とはかけ離れるからな。この国がなくなるのはアーデルがいた時といなかった時の二つの未来、どちらでも起きたことだ。もし救うとなれば、おそらく時の守護者が来るぞ?」
「そういえばそんなのもいましたね……まあ、それはアーデルさんがやってくれるってことで」
「あのね、私がそんなことでアレと戦うわけが――」
「皆さん、そろそろ着きますよ」
話の途中ではあったが、御者をしていたパペットが馬車の中へそう声をかけた。
「まあ、その話はあとにしようじゃないか――そんな顔するんじゃないよ。なにかあれば知り合いの誼で助けてやるからさ」
アーデルがそう言うとオフィーリアは満面の笑みを浮かべた。
「アーデルさんならそう言ってくれると思ってました! でも、知り合いじゃなくて親友って言ってくれていいんですよ?」
「調子に乗るんじゃないよ。だいたい、いつの間に親友になったんだい?」
「これだけ一緒にいるのにまだ知り合いなんておかしいじゃないですか! それに女神様も言ってます。同じ皿の料理を食べたらもう親友だって! あと一緒にお風呂に入ったら大親友!」
「なんとなくだけど、女神は友達が少なそうだね」
そんな会話をしながらアーデル達は町へと入るのだった。
町はそこそこ大きいが、あまり活気が無い。
ブラッドやパペットが住んでいた町に活気がありすぎるだけで、普通はこんなものだという話をオフィーリアが言っている。
アーデル達は他の町のことは知らないのでそういうものかと思いながら町長がいる屋敷へと向かった。
すでに日は傾いており、周囲からは夕飯の支度中なのか、食事を作る匂いがする。本来なら宿をとることを優先するべきだが、ブラッドの手紙ではアーデル達の宿泊先を町長が用意してくれることになっている。
町の門番もその話は聞いていたようで特に問題なく町へ入ることができた。
門を通ってから五分ほどでその屋敷へ到着した。
ブラッドが住んでいた屋敷よりも小さいが、店ではなく住居なので当然だ。それに広い庭はちゃんと手入れがされており、何やら形容しがたいオブジェが並んでいる。贅の限りを尽くしたようなものではなく、どちらかと言えば質素でありつつも品がある屋敷だ。
オフィーリアが屋敷の門にいる二人の門番に事情を説明すると、一人が屋敷の中へと駆け足で向かう。数分待つと、屋敷から白髪で執事服を着た男性がやってきた。
結構な歳であると思われるが、その姿勢や動きは見た目通りの年齢ではないと思えるほどだ。
そしてアーデルを見ると、一瞬だけ目が大きく開いて止まった。だが、すぐに動き出す。
「アーデル様で間違いないでしょうか?」
「確かに私の名前はアーデルだけど、アンタが知っているアーデルじゃないよ」
その言葉に執事は深々と頭を下げる。
「失礼いたしました。あまりにも若い頃の魔女様にそっくりでしたので思考が止まってしまいました。申し訳ございません」
「気にしちゃいないよ。それで入ってもいいのかい?」
「もちろんでございます。ご案内いたします。こちらへどうぞ」
馬車は預かりますと門番が言ったがパペットが「大丈夫です」と言って馬車と馬ゴーレムごと自分の亜空間へしまった。
執事や門番がかなり驚いていたがアーデル達はそれをフォローすることなく屋敷へと入る。
執事の話ではすぐに町長の娘がいる部屋へ連れて行くとのことだった。
「来たばかりなのに申し訳ありません。ですが、お嬢様の体調が良くなる可能性があるならすぐにでも診てもらいたいと思っております」
「あんまり期待はするんじゃないよ。それに治すまで滞在してくれと言うのもなしだ」
「もちろんでございます――こちらです」
執事は大きな部屋の扉をノックすると、扉を開けてメイド服を着た女性が顔を出した。
執事と少し話すとアーデル達を中へと招き入れる。
部屋はかなり大きく、ぬいぐるみや人形で埋まっている。そして中央には天蓋付きのベッドで横になっている少女がいた。
年は十にも満たないだろうが、顔はやや青ざめており、一目で病気を患っているのが分かる。
その少女がアーデル達に気付くと笑顔になって上半身を起こそうとする。すぐにメイドが駆け寄って、補助するように上半身を支えた。
少女はアーデル達を見て笑顔のまま口を開く。
「貴方が魔女様?」
「魔女はばあさんのことで私は違うよ。でも、名前はアーデルだよ」
少女は首を横に振る。そしてさらにニッコリと笑った。
「私を元気にする薬を作ってくれるんでしょ? なら魔女様だよ!」
めずらしくアーデルが困った顔をしている。
「作れるかどうかは分からないけどね、まあ、頑張るからアンタも協力しなよ?」
「うん。あ、私はフロスト。よろしくね、アーデルお姉ちゃん」
アーデルはさらに困ったような顔をしたが、周囲のクリムドア達はほっこりした感じで二人を見ている。
「それじゃ診てやるか――と思ったけど、単なる魔力過多症じゃないか。これ以外になにか病気を患っているってことなのかい?」
アーデルの言葉にこの場にいる全員が首をかしげた。
そんな状況でオフィーリアが口を開く。
「あのー、アーデルさん、魔力過多症ってなんです?」
「ああ、こっちではそう言わないのかい? 体の大きさや強度が魔力の生成量と合っていない症状のことだよ。この場合は魔力の生成量が大きすぎるわけだね。そういう病気――ではないんだけど、そういう症状があるだろ?」
全員が首を横に振った。
その行動にアーデルは訝しがる。
「なんで知らないんだい?」
「というか、なんでアーデルさんは知ってるんです?」
「ばあさんがそういう研究をしていたからさ。魔力というのは魂の強さで決まると言われているだろう? だが、その魔力を保持するのは器、つまり身体だ。フロストは魔力の生成量に対して身体の強度が低い。だから身体が崩壊しかかっているんだよ」
「ほ、崩壊!?」
「ああ、言い方が悪かったね。身体が魔力に耐えられないって言えばいいかい?」
あまり変わらないが言わんとすることは分かった。
そして原因が分かっているなら対処方法も知っている可能性が高い。
「えっと、なら対処法も知ってます?」
「対処法も何も身体に魔力をため込まなければいいんだよ。フロストは魔法が使えるかい?」
「ううん。まだ教わってないから使えない」
「今から教えても時間が掛かるね――パペット、何か小型のゴーレムを持ってないかい? 魔法が付与されていない物で」
「ハチミツを採取するゴーレムだけですね。作成中なのでまだ動きませんが」
「悪いけどそれをくれないか?」
パペットは少し考えた後に亜空間からそのゴーレムを取り出した。二十センチメートルほどの小さな熊型のゴーレムだ。デフォルメされており愛嬌がある。
「銀貨三枚です」
「借金に上乗せしな。それじゃ貰うよ」
アーデルはパペットから熊ゴーレムを受け取ると、一度フロストの方を見てから魔力を込め始めた。
待つこと数秒。アーデルは熊ゴーレムに魔法を付与した。
「ちゃんとした薬ができるまではこれを抱えているといいよ。フロストの魔力を半分くらいまで吸い取ってくれるから」
よく分かっていないフロストは言われた通り熊のゴーレムを両手で抱える。
するとフロストの顔色がみるみる良くなった。
「魔女様のお薬を飲んだときみたいに身体が痛くない……」
執事とメイドが泣きそうな顔で「お嬢様!」と言っている。
「フロストは魔力の自然放出量も少ないみたいだから、強制的に魔力を消費するようにしたよ。その熊ゴーレムがフロストの魔力を吸収してるのさ。暫定対処だからしばらくは不自由をさせるけど、ちゃんとした薬を作るまでは辛抱しなよ?」
アーデルがそう言うと、フロストは満面の笑みで頷いた。
「全然不自由じゃないよ。それにこの熊さんもかわいい」
「えっへん」
熊ゴーレムを褒められて嬉しいのかパペットが胸を逸らしている。
「もしかしてベッドから出ても大丈夫……?」
フロストが恐る恐る聞くと、アーデルはなんでもないように頷いた。
「身体が痛くないなら大丈夫だよ。そもそも病気じゃないんだ。でも、二時間以上はその熊を離すんじゃないよ。たとえ寝ててもだ。また身体が痛くなっちまうからね」
「うん、分かった。この熊さんとはずっといる」
「それも薬ができるまでの辛抱だ。そっちは二、三日かかると思うからもうちょい待ちな――さて、それじゃ私達も一度ゆっくりしたいんだけどいいかい? それに腹が減ったよ」
アーデルが執事に向かってそういうと、執事は慌てた感じで姿勢を正し、深く頭を下げた。
「お嬢様のこと、ありがとうございます。こんなに早く解決するとは思っておりませんでしたので――」
「暫定対処って言ったろ。ちゃんと治すには薬が必要なんだから礼は早いよ」
「それでもでございます。では、アーデル様、それに皆様。どうぞこちらへ。これから最上級の食材を使って料理を作らせますので」
「ほー、そいつは期待できそうだね」
「私も一緒に食べる!」
フロストがそう言ってベッドから勢いよく飛び降りた。軽く悲鳴を上げたのはメイドだ。
だが、なんの問題もないのか、フロストはパジャマ姿で熊を抱えたまま仁王立ちをしていた。
「そうかい。まあ、起き上がっても問題ないなら一緒に食べるか。もともとフロストの家だしね。ところで――」
アーデルはそこまで言いかけて、フロストを頭からつま先までゆっくりと視線を動かした。
「フロストはずいぶんと小さいね? ドワーフなのかい?」
この場にいる全員が首をかしげる。
どう見てもフロストはドワーフではなく人間の子供だ。確かにドワーフなら成人してもフロストと同じ程度の身長しかないが、それでもドワーフと人間の区別はつく。ドワーフはもっと浅黒い肌で筋肉質だ。
「それはアーデルさんの冗談ですか? 笑うところです?」
オフィーリアがそう尋ねると、アーデルは不思議そうな顔をした。
「うん? いや、真面目に言ったんだが? フロストはいくつなんだい?」
「最近、八歳になったよ。もう立派なレディって言われた」
「八歳……? それじゃ逆だ。ずいぶん大きいじゃないか」
またも全員が首をかしげる。どう見ても大きく見えない。
「私、お父さんとお母さんから同い年の子達よりも小さいって言われてるよ?」
「そう……なの、かい?」
アーデルは不思議にフロストを見てるが、なぜそんな表情をしているのか誰も分からない。ただ、このままではいつまでも食事にありつけないと思ったのか、クリムドアが口を開いた。
「とりあえず、食事か部屋を用意してもらえないだろうか?」
「これは失礼しました。ではまずは料理を用意いたします。皆様、こちらへ」
執事はそう言うと、アーデル達を外へ出るように促した。
「アーデルお姉ちゃんも早くいこう。この部屋以外で食事するのは始めてだから楽しみ」
「……そうかい。それじゃ豪華な食事ってやつを食べさせてもらおうかね」
やや納得いかない顔をしつつもアーデル達はフロストと一緒に部屋を出るのだった。