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宮廷魔術師

 

 アーデル達の前に偉そうな女性が現れた。


 年齢はアーデルやオフィーリアと同じくらい。そんな女性が日に当たってキラキラしている金髪を縦ロールにして、派手な赤色のドレスを着た上にアーデル達を庶民と言った。


 貴族のお嬢様であることは間違いないというのが全員の意見だ。


 そしてアーデルは飛行の魔法を使えるが、この世界で飛行の魔法を使えるのは限られた者だけ。目の前にいる女性は魔法使いとしても優秀と言える。


 面倒そうな人が来たという状況ではあるが、それに物怖じするようなアーデルではない。


「なんだい、アンタ?」


「ちょ、アーデルさん! そんな口を聞いちゃだめです! 相手は貴族様ですよ! ちょっとでも変な態度を取ったら不敬罪とか言って、すぐに牢屋に入れちゃうんですから!」


 オフィーリアが慌てながらそう言うと、女性は懐から赤い扇子を取り出した。それを閉じた状態のままでビシッとオフィーリアを指す。


「貴方が一番不敬ですわよ? 一部にはそういう貴族もおりますが、わたくしはそんなことしませんから質問にお答えなさいな」


「答えてやってもいいけど、まずは名乗ったらどうだい? それとも庶民には名乗りたくないってことなのかい?」


 そのアーデルの言葉にもオフィーリアは慌てたが、目の前の女性は頷いた。


「確かにそうですわね。別に名乗りたくないわけではありませんわ。では、しかとお聞きなさい」


 女性は右手に持っていた扇子を広げて上に掲げた。


「わたくしはコンスタンツ! 王国の宮廷魔術師ですわ!」


 目をつぶりながら、明らかにドヤ顔で言っているコンスタンツ。


 とはいえ、アーデル達は宮廷魔術師がどんなものだかよく分かっておらず「たぶん偉い」程度の認識だ。


 それは言わない方がいいだろうが、パペットにそんな遠慮はない。


「宮廷魔術師ってなんでしょう? お城勤めの魔法使いということでしょうか?」


「間違ってはいませんが、もう少し敬意を持って欲しいですわね。この国で一番の魔法使いという意味もありますわ」


「この国で一番の魔法使いだって? アンタが?」


 アーデルの中でその称号を持っているのは先代のアーデルだ。そしてアーデルはその名前を勝手に受け継いだ。


 自分がこの国で最高の魔法使いだと思っていたわけではないが、それなりの強さを持っているとは思っている。そして目の前の女性よりも強いはずだと、アーデルは目を細めてコンスタンツの強さを測ろうとした。


 コンスタンツは扇子を口元に移動させてから、わざとらしい咳をする。そして少しだけ目を逸らした。


「先ほどはちょっと省略しましたが、実は『未来の』宮廷魔術師ですわ。今はただの雑用係と言っても過言ではありませんわね」


 アーデルは呆れた目でコンスタンツを見る。


「そこを省略しちゃダメだろう?」


「若気の至りですわ。大体、宮廷魔術師がこんな田舎まで来るわけありません。でも、私の名前を覚えておくといいですわ。数年後には宮廷魔術師としてブイブイ言わしておりますわ!」


 それを聞いたオフィーリアが「なーんだ、雑用係か」と言い、コンスタンツが「不敬ですわよ!」と言っている。


 なんだかなぁと思いつつ、アーデルは警戒を解いた。


 コンスタンツは面倒そうな相手ではあるが、悪い人物には見えない。横柄な態度もこの程度なら問題ない。さっさと別れるに限るとアーデルは結論付けた。


「確か砦に行きたいんだったね? 今は破壊されているけど、あった場所はもう少し北だよ。馬車で半日くらいだから飛べば二時間くらいじゃないかね」


「あら。ご丁寧にありがとう。これはお礼ですわ」


 コンスタンツはそう言いながら、アーデルに金貨を一枚渡した。


「金貨ってかなり価値があるんじゃないのかい?」


「貴族なのでケチ臭いと思われたくありませんわ。まあ、パーっと使いなさいな。今はどこも大変な状況でしょうから、たまにはこんな幸運を受けるのも悪くないですわよ。でも、わたくしに感謝して、いたるところでいい人だと言っておきなさい」


 女神といい、コンスタンツといい、なぜこんなに打算的なのだろうとアーデルはちょっと悩む。


「ああ、そうそう。ところで貴方達、魔女様の名前を名乗っている女を見ていませんか?」


 全員が黙る中、アーデルが口を開いた。


「その女がどうかしたのかい?」


「砦を破壊したのがその女という話なので捕まえに来たのですわ。とはいえ、まずは実際に砦がどうなっているのかを確認してからですわね。一部の兵士達は錯乱状態で証言の信ぴょう性がいまいちですので……それなら一番暇そうな私に見て来いと……いつか、あのジジイをぶっ倒してやりますわ!」


 コンスタンツはそう言ってから、またもわざとらしい咳をする。


「あら、いけない。淑女が使う言葉ではありませんでしたわね……あのおじい様を倒して見せますわ!」


「大して変わっていないけどまあいいんじゃないかい。ちなみに私がそのアーデルだよ」


 アーデルがさらっとそう言った。


 全員が慌てる中、コンスタンツが扇子を口元に当てたまま、アーデルを上から下まで時間を掛けて見た。そして笑い出す。


「庶民は冗談が上手いですわね」


「冗談?」


「わたくしが聞いた話では、野暮ったい黒のローブを着た黒髪の女性だとか。それとサリファ教の神官、それにドラゴンの幼体が一緒だと聞きました」


 まさにアーデル達の事なのだが、コンスタンツはさらに続ける。


「貴方も黒髪ですけど、なかなか良い仕立服を着ていますし、そっちの貴方はサリファ教の信者でも見習いでしょう? それにそこのモンスターは空飛ぶトカゲでドラゴンの幼体なんてとてもとても。それにこちらの方は話に出てもいません――美形ですわね。執事として雇ってあげてもいいですわよ?」


 全員が「残念な人だな」と思い、さらにパペットは「遠慮します」と断った。


「あら、残念。そんなわけで貴方が魔女様の名前を語っている女だとは思えません。この辺にはもういないかもしれませんが、さっき言った者達を見たら気を付けなさいな。意見は分かれておりますけど、一部の兵士達は極悪非道な魔法使いと言っておりますから――あら、いけない。もうこんな時間。では、もう行きますわ。縁があったらまた会いましょう」


 コンスタンツは綺麗な所作でお辞儀をしてから、すぐに飛んで行ってしまった。


 アーデル達は飛んで行った方向をずっと眺めていたが、すぐに見えなくなった。


「この国の貴族ってあんな感じなのかい? ちょっと残念っていうか」


 その言葉オフィーリアは首を横に振る。


「あれは個人の問題だと思いますよ。でも、貴族の人にしては悪い人じゃなさそうな気がしますね」


「それは確かに思ったね――ほら、クリム。精神的なダメージを受けてるんじゃないよ」


 クリムドアは地面に四本の足をつけて、がっくりとしている。


「俺はドラゴンなんだが……そんなにトカゲに見えるのか?」


「見る奴が見ればドラゴンだよ。だいたい、ドラゴンなんて本でしか見たことない奴の方が多いんだ。こんなところにいるとは思わないだろ?」


「そう言われればそうなんだが……早く本当の姿を取り戻したいものだな」


 軽くショックを受けているクリムドアにオフィーリアが近づいた。


「まあまあ、臨時収入もあったので今日はたくさんの食材を使って美味しい料理を食べましょう。いっぱい食べれば早く大きくなれますよ」


「俺の身体が小さいのはそういう理由じゃないんだが。まあいい。魔力を作るには食事が一番だ。最高の料理を作ってくれ」


「よーし、それじゃ腕によりをかけて作りますよ!」


 オフィーリアが愛用の包丁とフライパンを取り出した。アーデルは魔法で火をおこし、パペットは鍋や食器を取り出すなど、皆で料理を作る準備を始める。


 オフィーリアが包丁でキャベツを切りながら口を開いた。


「そういえばコンスタンツさんは未来で宮廷魔術師になっているんですか?」


 単なる雑談だったのだろうが、クリムドアは困ったような顔になった。


「あ、未来のことはあまり知らない方がいいんでしたっけ?」


「まあ……そうだが……うぅむ……」


「なんだい、歯切れが悪いね。念のために聞くけど私と関わりはないだろうね? フィーやパペットみたいに襲ってこられたら困るよ?」


 オフィーリアとパペットは「襲ってないですよう」「襲ってません」とそれぞれ発しながらも料理の準備を進めていた。


「もちろん分かっているよ。別の未来の話さ。で、どうなんだい?」


「ああ、もちろんアーデルとは関係ない。少なくとも俺が知っている歴史ではコンスタンツの名前は出てこない」


「ふぅん? ならなんで困った顔をしてたのさ? コンスタンツじゃない奴が宮廷魔術師だったのかい? それくらいなら知ってても問題はないと思うんだけどね?」


 クリムドアはさらに困った顔をしていたが、観念したように溜息をついた。


「はっきり言えば、この国の宮廷魔術師の情報はない」


「なんだい。それならそう言えばいいじゃないか。それを知ったところで未来は大して変わらないよ」


「それはそうなんだが、コンスタンツが宮廷魔術師になれなかったのは知ってる――いや、分かる」


 アーデル達は首を傾げた。クリムドアが何を言っているのかよく分からなかったのだ。


「情報がないのになれなかったのは分かるってどういう意味だい? 矛盾してるじゃないか」


「一応言っておくべきなんだろうな。だが、他言無用だぞ?」


 クリムドアはそこで全員の顔を見た。アーデル達は顔を見合わせてから頷く。


 それを確認してからクリムドアは口を開いた。


「この国は数年後に滅ぶ。国がないのだから、宮廷魔術師とか言ってる場合じゃないんだ――フィー、キャベツを切りすぎだと思うぞ」


 オフィーリアは顔が固まったまま、キャベツを千切りにしていたが、それが終わったところで驚きの声を上げたのだった。


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