気になる未来
仕立て屋で服を注文してから一週間が過ぎた。
ようやく服が出来上がり、老婆がブラッドの家まで届けてくれたところだ。
本来であればこんなに早く出来ないのだが、老婆曰く「うちの人が頑張りました」と嬉しそうに言った。
アーデルとパペットは早速着替えたのだが、オフィーリアは不満顔だ。
「二人とも白と黒だけじゃないですか!」
アーデルは太もも部分がゆったりした黒いズボンとベルトが三つも付いている黒いブーツ。さらには胴部分にはコルセットを付けており、これも黒。シャツもややゆったりとした長袖で白色だが、黒に近い赤のマントを羽織っており、全体的には黒い。
パペットはそれに似たようなもので、黒いズボンに黒い靴、そして黒いベスト。シャツだけは白で、長袖を肘辺りまでまくっていた。手には茶色の革製グローブをしており、首にはゴーグルをかけていた。
二人はどう見ても白と黒の二色でしか構成されていない。
「別にいいじゃないか。それに私のマントはちょっと赤いよ?」
「ゴーグルのベルト部分が茶色です。グローブと同じ色でここがおしゃれポイント。あと指ぬきグローブなのもおしゃれです。称えていいですよ?」
「アーデルさんは軍人さんみたいだし、パペットちゃんは酒場の用心棒みたいだし、もうちょっと女の子っぽいおしゃれをしましょうよ……」
「パペットの服はフィーが選んだんじゃないか」
「色の指定がちがいますよぅ」
オフィーリアはそう言って仕立て屋の老婆を恨めしそうに見る。
老婆は首を傾げてから、パペットの方を見た。
「ご指定通りだと思いますが……?」
「はい。指定通りです。私がフィーさんに内緒で変更しました」
「な、なんでそんなことを……?」
オフィーリアが震える声でそう聞くと、パペットは首を横に振った。
「シャツを赤にする程度なら許容範囲ですが、ズボンやベストを派手にするとか、言いづらいのですが、センスが壊滅的としか言えません」
「言いづらいと言った割には酷いことを言いすぎ!」
「言い換えるとセンスが残念です」
「言い換えればいいって話じゃないんですけどね……?」
「まあまあ、いいじゃないか。色のセンスはともかく、デザインの指定はフィーなんだろう? パペットの服は悪くないよ。それにぼさぼさの髪も手入れしてやって男装の麗人と言えるじゃないか」
「まあ、櫛で梳かしただけなんですけどね……でも、アーデルさんにいたっては私の意見が何も入っていないような……」
「ばあさんが着ていた服が作れるならそっちの方がいいからね」
アーデルはそう言った後、老婆の方へ顔を向けた。
「それにしても服を作ってくれた人は腕がいいね。何回か仮縫いとやらにも行ったけど、やるたびに動きやすくなって今は最高の状態だよ」
アーデルがそう言いながら、両手を左右に伸ばしたり、腰を捻ったりしているが、動きを阻害するようなことはなく自由に動けている。身を覆えるほどのマントも付けているが動きを阻害することはない。
元々着ていたローブも動きを阻害するほどではないが、やや厚めの生地だったので、重いという感覚があった。それに比べたら今の服やマントは羽のように軽い。
パペットも同じ意見なのか、コクコクと頷いている。
仕立て屋の老婆は嬉しそうな顔で頭を下げた。
「うちの人に言っておきます。仕立て屋にとってその言葉は最高の報酬ですので――もちろんお金の報酬も貰っておりますので安心してくださいね」
服の代金はブラッドの父親が肩代わりをしてくれた。
これにはパペットが影響している。亜空間の魔道具となっていたゴーレムへの命令優先度を、ブラッドの父親が最優先になるように書き換えたのだ。
パペットよりも先に作られていたゴーレムなのでパペットは「先輩」と慕っていたが、後に作られた方が高性能なのは間違いない。パペットは簡単に書き換えたのだ。
パペット曰く「先輩もまだ仕事がしたいって言っています」とのことで、それならばと書き換えたのだが、ブラッドの父親に感謝された。
そのあたりが今回の服代になっている。
ちなみにアーデルにもできるが、パペットほど早くはできないのでかなり感心していた。
そして新しい服を着たらやることは決まっている。
皆で町へ繰り出そうとその準備を始めるのだった。
老婆と別れた後、アーデル達は露天街へとやってきた。
明日にはこの町を離れて王都へ向かう。
ブラッドが効率的に魔道具を回収できるルートを調べてくれたのだが、それがいちいち的を射る内容だったのでそれに従った結果だ。
アーデルは元々王都へ行く予定だったが、戦争地帯を避けるとか、どのルートで行くかは決めていなかったのでブラッドの情報を重宝している。
一人だけなら飛んでいけるが今はそうではない。安全なルートを通るのは当然だろう。
そのルートを決めたブラッドはすでに王都の方へと向かっており、準備をしておくとのことだ。
当然無料ではない。あくまでもアーデルとブラッドはビジネスパートナーだ。
報酬はアーデルが作り出した傷薬。
効果が高い塗り薬だと評判で結構な高値で売れたとブラッドが言っていた。
最初、薬などを管理している薬師ギルドから「そんな安い値段で売られたらこっちが困る」と怒られた経緯もあるが、そのあたりはブラッドが商人としてはまだまだという証だろう。
アーデルは時間の限り傷薬を作ってブラッドに持たせた。それを王都で売っておくとブラッドは嬉しそうに言って向かった。それが後にアーデル達の宿代やブラッドの情報調査代になるのだから文句はない。
文句があるとすれば、塗ると激しい痛みがある傷薬をブラッドが真顔で「いらない」と言ったことくらいだろう。
仕上がりを待っていた服も出来た。今日は服のデビュー戦という意味もあるが、旅に必要な物を買い足しておこうと露天街まで来たのだ。
「ところで何を買うんだ? ブラッドの店で揃えたんじゃないのか?」
アーデルの横をパタパタと翼を動かして浮いているクリムドアがそう問いかける。
「紅茶だよ、紅茶。メイディーが売ってる場所を教えてくれただろう?」
「ああ、そういえば……そんなに気に入ったのか?」
「味が気に入ったのもあるけどね、よく思い出すとばあさんはいつも決まった時間に紅茶を飲んでいたんだよ。メイディーほど紅茶にこだわるつもりはないが、ばあさんの真似をしたくなってね」
「服といい紅茶といい、アーデルは本当に先代が好きだな」
「ばあさんはカッコ良かったんだよ。だから真似したいだけさ。もちろん好きってのもあるけどね」
「分かります。私もメイディー様みたいになりたいと思ってますからね!」
オフィーリアがそう言いながら割り込んでくる。
「それはいいけど、笑顔で『死んで来なさい』みたいなことは言わないでおくれよ? メイディーがそう言いだしたときは耳を疑ったからね」
「やだな、あれは冗談みたいなものですよ――シュギョウデスカラ」
途中から死んだような目になって感情のない声でそういうオフィーリア。
アーデルからすると、あれを修行と言っていいのか疑問に思う程だ。
クリムドアもそう思たのか、オフィーリアに同情的な目を向けた。
「それに耐えきるフィーも大概だと思うけどな。未来で聖女になったというのも頷けるぞ」
「そう、それ! それですよ! 私、未来で聖女って言われてたんですか? もうちょっと情報をくださいよ! 男性達に囲まれるくらいモテましたかね!?」
「やめとけ。未来の情報を知りすぎるのは良くないぞ。どうなるか分からないから人は努力したり考えたりするものだ」
「モテたかどうかって情報だけですから!」
「なら一つだけアドバイスをしておく」
オフィーリアはごくりとつばを飲み込んでクリムドアを見つめた。
「頑張れ」
「……何を?」
クリムドアはそれ以上なにも言わなかったが、その目はとても憐れんでいるように見える。
そこへ割り込むようにパペットが手をあげた。
「私は未来でどんな感じですか? 人形師って言われていたみたいですけど、超ゴーレムとは言われていませんでしたか? パーフェクトゴーレムでも可です」
「だからやめとけ。というか、パペットの方は元々情報が少ない。街中でも暴れる迷惑な奴だったという情報くらいだ」
「がーん」
「ほらほら、そんな話はどうでもいいからとっとと買い物に行くよ。帰りはあの焼き鳥屋にも行くんだからさ」
アーデルがそう言うと、オフィーリアは半眼になる。
「あのお店のおじさん、ここ数日で半年分の稼ぎがあるって言ってましたけど、どれだけ食べてるんですか……」
「美味いんだからいいじゃないか。そうだ、香辛料も買って行かないとね。ほらさっさと行くよ、しばらくは戻らないんだから買いだめしておかないとね」
「あー、待ってくださいよー」
アーデル達はそんな会話をしながら露天街を歩くのだった。