魔女と同じ服
アーデル達は町の仕立て屋にやって来た。
ブラッドの父親が経営している店で服は扱っていないが、懇意にしている仕立て屋があるということでやって来たのだ。
「さあさあ、アーデルさんも覚悟を決めて服を採寸しますよ! 大丈夫! 痛くないですから!」
「痛くてたまるもんかい。というか、なんで本人よりもテンションが高いんだい?」
オフィーリアはこの数日でも最も高いテンションになっていた。
それとは逆にアーデルのテンションは下がりまくっている。
クリムドアとパペットに助けて欲しいという視線を送るが、二人ともそれには全く気付いていない。むしろオフィーリアの後押しをするほどだ。
「アーデルくらいの年齢なら服に気を使うものだぞ? いいのを選んでもらったらどうだ?」
「服は人形にとっても大事です。妥協せずに選びましょう」
こいつら使えない。それがアーデルの感想だが、少なくとも嫌がらせの意図はないのは分かっている。しぶしぶではあるが、店へと足を踏み入れた。
こぢんまりとした店ではあるが、展示されている服が丁寧に作られているのは素人でも分かる。派手なものはないし、落ち着いた雰囲気の服が多い。
アーデルは少しだけホッとした。
町で見かける若い女性が着るような派手な服はさすがに嫌だと思っていたのだが、やや地味な感じの服なら大歓迎だ。
「いらっしゃいませ」
品の良い老婆が頭を下げて挨拶をしてきた。
アーデルの容姿は老人達にとって少々刺激が強い。普通ならオフィーリアのいた村の村長達のような態度が当然だろう。そんな対応を覚悟していたが、普通に接してくれる老婆にアーデルは不思議に思いつつも好感を覚えた。
その老婆はアーデルの不思議そうな視線に気づいたのか、色々と説明を始める。
アーデルのことについては事前にブラッドの父親から連絡を貰っていたということだった。そして先代のアーデルに何か思うことがあるなら仕立てを引き受けなくともいいと連絡を受けている。
もちろん、先代のアーデルに対して思うところはない。むしろ世界を救った英雄の一人で感謝してるとのことだった。
さらには最近の若い人はしっかり仕立てた服よりも既製品を選ぶ傾向が高いので久々の大仕事だと張り切っていると言い出した。
そこまで言われるとアーデルも嫌な顔をするわけにはいかない。
老婆がニコニコしながらアーデルに問いかけていた。
「どのようような服がお好みですかねぇ」
「今着てるローブみたいなのがいいね。色は黒で地味な感じの方が――」
「却下」
オフィーリアのダメ出しが入る。
アーデルとしてはなぜ自分が着る服をオフィーリアがダメ出しするのか不明だが、ここで引いたら危険だと自分の主張を通す。
「魔法使いっていうのは派手じゃ駄目なんだよ。地味で行くべきだろう?」
派手な魔法使いもいるだろうが、そんな目立つ魔法使いなんて襲ってくれと言っているようなものだ。むしろ相手に気付かれる前に遠くから魔法を叩き込むのが正しい。
「あんな派手な魔法を使っていて何を言ってるんですか。禍々しい魔法を使うわけでもなく、綺麗な白い光線の魔法がアーデルさんの得意技なんですから、むしろ白でヒラヒラがいっぱいの服を作りましょう!」
「その服での最初の犠牲者はフィーだからね? たとえ地味でも仕立てが良ければ恰好良くみえるもんさ。展示している服を見れば分かるだろう?」
「それはそうなんですけどー、おめかしさせたいじゃないですかー。私なんかこういう神官見習いの服しか着れないから、アーデルさんを着飾りたいんですよー。ぶっちゃけ、町で自慢したい!」
「ぶっちゃけるんじゃないよ。大体、なんでフィーが自慢するんだい……そうだ、そういうのはパペットにしてやればいいじゃないか。なんでも着てくれると思うけどね」
オフィーリアの着飾りたい欲求を止めることは難しい。ならば、その欲求はパペットにぶつけてもらおう。アーデルはそう思ってパペットを生贄にした。
当のパペットは展示している服をクリムドアと見ていたが、名前を呼ばれてアーデルの方を見た。
「何か言いました?」
「フィーの奴がパペットを着飾りたいんだとさ」
「私の服を選んでくれるわけですか。分かりました。どんときてください」
「んー、パペットちゃんは背が高いから男装がいいですね。むしろそれしかない」
なんの迷いもない純粋な瞳。自分のセンスに自信がありすぎるのか、もうすこし疑ったらどうかとアーデルは心の中で思う。
パペットは首を少し傾げてからオフィーリアを見つめた。
「ゴーレムに性別はありませんが、一応女性型です。女性の服を所望します」
「いいですか、パペットちゃん。人の世界にはこういう言葉があるんです。それは――」
オフィーリアはそこで言葉を切る。そしてパペットをジッと見つめて、数秒溜めてから口を開いた。
「男装の麗人」
「……おお。聞いたことがあります」
「ただの男装ではなく、男装の麗人。これは誰もがなれるわけではなく、一部の限られた人だけが手にすることができる称号なんです!」
「おお……でも、私は人じゃなくてゴーレムなのです。年中無休で」
「それは些細なこと。犬と猫くらいの違いしかありません」
全然違うだろうとアーデルは思ったが、矛先がこちらへ向かないように何も言わずに黙って老婆の採寸を受けている。
「それにパペットちゃんは顔つきが中性的なので、かなりイケてる感じになります。今風に言うと映える」
「映える……!」
どのあたりにパペットの琴線があるのかは分からないが、かなり揺らいでいるのはアーデルの目から見ても明らかだった。
パペットは身長がアーデルよりも高い。アーデルが170ほどでパペットは180近くある。男装しても違和感はない。
ブラッドとは別行動が多いようなので普段は女三人と小竜の旅になる。男性に見える仲間がいた方がトラブルは減るかもしれない。
そう思ったアーデルはオフィーリアの味方をした。
「男装も悪くないと思うよ。喧嘩を売られても勝つ自信はあるが、余計な奴らに絡まれたくはないからね。男っぽい奴が一緒にいた方が余計な面倒もないと思うんだが、どうだい?」
パペットは目をつぶって腕を組み、首を左右にゆっくりと動かす。
しばらくそうしていたが、その首がピタリと止まった。
「分かりました。男装でいきます。ちゃんとした理由もあるなら問題ありません。あと映える……!」
「よーし、それなら私が最高の男装を――ちょ! ここで脱いじゃ駄目ですよ!」
「ゴーレムなので平気です」
「中身はゴーレムでも見た目はうら若き乙女なんですから! ゴーレムでも恥じらいは大事!」
ギャーギャーと騒がしいが、老婆は楽しそうにアーデルの採寸を進めていた。
「悪いね、うるさくしちまって」
「いいんですよ、こんなに活気のあるのは久しぶりです。うちの人は、仕立ての腕だけは確かですから、なんでも言ってくださいね。女の子が服装で妥協しちゃだめですよ」
「そういうもんかね。なら、ばあさんが――先代のアーデルが着ていた服って覚えているかい? 私はこんなローブを着ている姿しか知らないが、若い頃はおしゃれをしていたかもしれないからね」
「まあ! それでしたら作れますよ。昔のことですが、女性の魔法使いは魔女様と同じ恰好をすることが流行りでしたから。うちにも何度か注文が来たことがあります」
「なら、頼めるかい? 一応聞くけど、派手な服じゃないんだろう?」
「どちらかと言えば地味な方ですよ。ほとんどが白と黒だけです」
「ほー、いいじゃないか」
「ただ、女性らしいかというとちょっと違うかもしれませんね。乗馬服っぽいと言えば分かりますか? ふともも部分が少し太めの黒いズボンにベルトのついた黒いブーツ。シャツは白の長袖、ズボンに合わせた黒のコルセットをつけ、そして首には細い黒のリボン。そこに黒に近い赤のフード付きマントを羽織っていました。これが若い頃のアーデル様がしていた服装です」
「……ずいぶんと詳しいね」
「何着も作りましたからねぇ。最近はそういう服を着る方はいなくなってしまいましたが、それに致しますか?」
「そうだね、それで作ってくれるかい。ばあさんになりたいわけじゃないが、似たような恰好をしたいんだよ」
「好きな人と同じ服を着たいというのは普通の事ですよ。少々お時間はいただきますが、最高の物を用意しますので楽しみにお待ちくださいね」
「ああ、楽しみにしておくよ……あっちの奴らが言ってるのはそこまで気合入れなくてもいいからね」
「男装の麗人としてどこに出しても恥ずかしくない服を用意いたしますよ……!」
「あんたもそういうノリなのかい?」
アーデルは呆れつつも、出来上がる服にかなり期待しながら、老婆の採寸を受け続けるのだった。